17話 白川紅羽
俺はたしかに通り魔から女の子をかばい……そして死んだ。
でも、その時助けたのが、クレハだった?
クレハは銀髪碧眼の美少女だ。けれど、俺が助けたのは黒髪黒目の女の子だった。
そこまで考えて思い出す。
クレハは異世界でこそ、銀色の髪と青い瞳の印象的な少女だが、日本では黒髪に黒目だったと言っていた。
死ぬ瞬間、俺にすがりつき、「死んじゃ……ダメです」と泣いていた少女。
すでに意識が薄れていた俺は、その顔はぼんやりしか思い出せない。
だが……たしかにクレハだったのかもしれない。
ゴブリンに捕らえられたクレハが叫ぶ。
「わたしが……ロッカクさんを死なせたんです! だから、ロッカクさんを生き返らせるために、異世界に転移させました。それが……わたしにできる、たった一つの償いだったからです」
クレハが俺のことを知っていたのも、どうしてあきらかにステータスの低い俺を異世界に勇者候補として呼んだのかも、すべて説明がついた。
「クレハは罪滅ぼしのつもりで俺を異世界に転移させたのか」
だが、クレハは首を横に振った。
「わたしがロッカクさんを異世界に転移させたのは……わたしがロッカクさんと一緒にいたかったから。それだけです。わたしはロッカクさんのことを、もっと昔から知っているんです」
「なら、それも教えてほしいな」
けれど、このままではその機会は永遠に失われる。
クレハはゴブリンに辱められ、俺は死ぬ。
ゴブリンはいたぶるように、さらにクレハの下着を剥ぎ取ろうとした。
「いやっ……」
クレハはじたばたと暴れたが、ゴブリンに体を押さえつけられる。
諦めたように、クレハは弱々しく微笑んだ。
「ロッカクさん……逃げてください……」
そう言われて、逃げられるほど、俺は薄情ではない。
相手が俺の命を救ってくれた女神様なら、なおさらだ。
「クレハは……助かりたくない?」
「助かりたいですけど、わたしのせいでロッカクさんが危険な目にあうのは……」
「クレハがどうしたいか、だ」
「……こんなところで死ぬなんて嫌です! わたしは……ロッカクさんと一緒にいたい!」
その瞬間、俺の体になにか熱いものが流れ込んでくるのを感じた。
これは……魔力、だろうか。
俺の転生特典は女神クレハだ。そして、クレハは膨大な魔力を有しているという。
クレハは俺のものであり、そうであるならば、クレハの魔力も俺のものなのではないか?
俺はなにかに取り憑かれるように、右手を前にかざした。
その瞬間、あふれるばかりの光にあたりが包まれ、ゴブリンを吹き飛ばした。
クレハが青い瞳を大きく見開いている。
彼女を拘束していたゴブリンは、壁に叩きつけられていた。
俺はもう一度手を振るう。
すると、今度は奔流のような焔がゴブリンを覆った。
絶叫とともに、ゴブリンが黒焦げになる。
魔法の使い方なんて俺は知らないはずだ。
なのに、なぜか当たり前のように、もとから本能的に知っていることかのように、俺は魔法を行使できた。
俺は捨てた斬鉄剣を拾い、前方へと振りかざした。
暗雲があたりに垂れこめ、逃げ出そうとするゴブリンの群を追う。
そして、稲妻と光がゴブリンを切り刻んだ。
あとに残ったのは、ゴブリンの死体のみだった。
俺はゴブリンの群れを全滅させたのだ。
ぺたんとクレハがその場に座り込む。
慌てて、俺はクレハに駆け寄り、そして、その青い瞳を覗き込んだ。
クレハの瞳から、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
そして、俺にすがりつく。
「く、クレハ……!?」
「怖かった、とても怖かったんです……」
クレハの制服はボロ布のようになっていて、ブラジャーも外れかけている。
そんなクレハに抱きつかれると、その……いろいろと困る。
クレハもそのことに気づいたのか、急に顔を赤くして、俺を上目遣いに見た。
その瞳は涙に濡れていたけれど、クレハは俺にしがみつくのをやめなかった。
俺は迷い、それからそっとクレハを抱きしめた。
「ありがとうございました……ロッカクさん。また助けられてしまいました」
「今度は自分が死ぬなんて、ヘマもしなかったよ」
俺が微笑むと、クレハはうつむいた。
「わたしのせいで……日本のロッカクさんは死にました。わたしには……ロッカクさんのそばにいる資格なんてないんです」
「そんなこと、俺は思わないよ。俺が自分からクレハを助けに言ったんだし、悪いのは通り魔の男だ」
「知られたら……嫌われると思って黙ってたんです。でも、ロッカクさんは……」
「俺はクレハのことを嫌ったりしないよ」
そう言うと、クレハは涙をぬぐい、そして、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「けど、もっと昔から俺のことを知っているって、どういうこと? そっちは教えてほしいな」
「それは……」
「無理に、とは言わないけれど」
クレハはこくっとうなずき、そして小さな声で話し始めた。
「わたし……市内の中高一貫の女子校に通ってました。だから、中学受験もしましたし、塾にも通っていました。そのとき……わたしはロッカクさんに出会ったんです」
「あ……もしかして……」
俺はたしかに大学生のころ、中学受験向けの塾で講師のアルバイトをしていた。
五年ぐらいまえなら、たしかにそういう塾で俺がクレハと出会っていてもおかしくないのかもしれない。
「白川紅羽って聞いて、思い出せませんか?」
俺は数秒沈黙し、そして、「ああっ」と叫んだ。
「もしかして……俺にバレンタインチョコをくれた子」
クレハは恥ずかしそうに、こくっとうなずいた。
そんなこともあった。
その子は小学六年生にしても、とても小柄で可愛らしい子だった。
なぜか俺はその子に懐かれ、そして、バレンタインのチョコまでもらってしまった。
だからといって、相手は小学生だし、塾の講師という立場もあった。印象的な出来事だったけれど、それだけのことだった。
でも、クレハにとっては、違ったのかもしれない。
「わたしは……ロッカクさんに助けられたとき、運命だって思いました。今のわたしは子どもじゃないですし、ロッカクさんと再会して……いろいろとお話することも、いろんなことができたはずなんです」
なのに、俺はクレハを助けた直後に、死んでしまった。
「だから、女神のわたしはロッカクさんを生き返らせ、異世界に送り込みました。そして、わたし自身を特典にしたんです。わたしが……ロッカクさんのそばにいられるように」
そこまで話すと、クレハは不安そうに俺を見つめた。
「なるほどね。そういうことだったのか……」
「その……まだ、こんなわたしと一緒にいてくれますか?」
「こんな俺で良ければ、ね。クレハは俺の特典ということみたいだし。クレハこそ本当にいいの?」
「……はい! だって……わたし、小学生のときから、ずっとロッカクさんのことが好きだったんですから」
「それは……」
「告白……です。恥ずかしいですけれど……あの……ロッカクさん」
「ええと……」
「わたし、可愛いと思うんです」
たしかにクレハは魅力的だ。
顔立ちも整っているし、スタイルも抜群で、ちょっと気弱そうな雰囲気も、逆に庇護欲をそそられる。
完璧な美少女で、そんなクレハの制服姿に……下着姿に心動かされないといえば嘘になる。
でも……俺は大人で、クレハは女子高生で。
本当は、俺なんかがクレハのそばにいていいとは思えない。
だけど、クレハは俺の耳に口を近づけ、そっとささやいた。
「異世界では……女子高生との恋愛も合法なんですよ? ううん、あんなことやこんなことをしたって……大丈夫なんです」
「いや、でも、俺たちは日本人で……」
「同じ部屋に住んでいるんですから、一緒のベッドで寝たいです。お風呂に一緒に入って、体だって洗ってあげます。それに……」
クレハは急に俺に小さな赤い唇を近づけ、俺の唇を奪った。
抵抗する間もなかった。
クレハはすぐにキスを終えると、顔を真赤にしながら、けれど微笑んだ。
「ロッカクさんの好きなように、わたしをしていいんです。だって……ここは異世界で……わたしはロッカクさんのものなんですから」
☆あとがき☆
気が向いたら続きを書くかもですが、これでいったん完結です!
ちょっぴりでもいいな、面白かったな、クレハが可愛かったなと思っていただけましたら、
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