13話 はじめてのクエスト
さて、日本でのことはともかく、この世界では俺たちは冒険者だ。
冒険者ギルドは、魔物討伐のクエストを紹介している。
そのクエストを請け負って、魔物を倒す。そして、報酬を手にする。
そうしなければ、当面の生活が成り立たない。
魔王討伐というのが究極の目標であるにせよ、そこに至るまでの道のりは長い。
というより、俺の平凡以下の能力では、とても魔王討伐なんて無理だと思う。もっとも、クレハは不思議なことにその俺を選んで、ともに異世界に旅立ったわけだけど。
俺とクレハは冒険者ギルドの一階で壁紙をじっと眺めていた。
そこに各種のクエストが張ってある。
ゴブリンの群れ退治、ジャイアントモンキー捕獲、はては赤竜討伐なんていものまであった。
とはいえ、強い魔物は、俺たちには荷が重い。
「まずは一番難易度の低いものにしよう」
「簡単なもの、ですよね」
うーん、とクレハが考え込む。
今日も彼女は制服姿だ。灰色のカーディガンに白いブラウス、水色のスカート。
そんな格好では目立つのでは、と思ったけれど、近代的なこの世界では、それほど不思議には見られないらしい。
というのも、この世界には学校もあるんだそうで、そうした学校ではブレザーのような制服を着ているらしい。
もちろん、クレハの着ているものとはかなり違うし、服の品質はこちらの世界のほうが落ちる。それでも、クレハの服装はこの世界の女学生の服装として通るようだ。
一方の俺は、さすがにジーンズにTシャツというのでは目立つし不便なので、売り払った。その金で、薄茶色の安物の冒険者風の服に着替えた。
「どれを選べばいいか、難しいですね……」
クレハが困ったように言う。
いちおう各クエストには、目安の難易度やかかる時間、報酬等も書かれている。
とはいえ、駆け出し冒険者の俺たちには、そういった情報だけでは判断できなかった。 簡単、と書かれていてもどれほど簡単なクエストなのか想像ができない。それにそういうクエストはたいてい報酬がかなり安い。
ギルドマスターのアリスさんに聞いてみるのも手か。
そう思った時、後ろから声をかけられた。
「景気はいかが?」
振り返ると、すらりとした少女が立っていた。
年齢は……クレハと同じぐらいだろう。
彼女は金色の長い髪をかき上げ、そして、穏やかそうな微笑を浮かべていた。
金色の瞳が俺たちをじっと見つめる。
身なりはごく質素なもので、平凡な女性用の冒険者の服装だった。
ただ、着飾っていなくても、その少女はかなりの美しさを誇っていた。
クレハもかなり目立つ可憐な容姿をしているが、儚げでお淑やかな感じだ。
対して、スレンダーなこの少女は、かなり意志の強そうな、アグレッシブな感じがする。
「あたしはこのギルドのDランク冒険者のエリカ。あんたたちは新入り?」
「ああ、まあ」
俺は曖昧にうなずく。
クレハはびくっと震え、さっと俺の後ろに隠れた。
おまけに俺の袖をぎゅっと握っている。
クレハはやっぱり、かなりの人見知りだ。でも、頼られて悪い気はしない。
「なにか俺たちに用事かな」
「クエストに迷っているなら、あたしがおすすめを教えてあげようと思ってね。このフェアリーラビット討伐なんかが、新米にはちょうどいいわ」
「へえ」
エリカは手で小さな円を作ってみせた。
「フェアリーラビットはこのぐらいの小ささなの。一体一体はとても弱い。群れになっているのが厄介だけど、命を落とす危険は無いと思う。時間さえかければ倒せるから」
「なるほど。それは良さそうだな。報酬の効率は良くなさそうだが」
「数を倒せばいいの。それに、最初から楽して儲ける方法を見つけるのは難しいわ」
エリカの言うとおりだと思う。
それに、この討伐は数さえこなせば、一日の宿代と食事代ぐらいは稼げそうだ。
「ありがとう。このクエストにするよ。助かった」
「いいわ。新人に教えるのは先輩冒険者の務めだもの」
ひらひらと手を振り、エリカは機嫌良さそうに笑った。
だが、一瞬、その目が鋭く光った気がした。俺と……クレハを見つめている?
とはいえ、すぐにその妙な気配は消え、「じゃあね」と言って、笑いながらエリカは立ち去った。
あの視線の意味は何だったんだろう?
しかし、考えても仕方ない
さて、早速この討伐に向かうとしよう。
クエスト請負の手続を早速行う。
昨日と同じく、受付ではアリスさんが俺に紙と羽ペンを差し出してくれた。
クレハは少し離れた場所で待っている。
俺は声をひそめた。
「アリスさん、エリカって人ですが」
「ああ、エリカさんならいい人ですよ。まだ若いですが、才能も豊かですし、着実にクエストをこなす冒険者です」
綺麗な笑顔でアリスさんが言う。
ギルドマスターの太鼓判があるなら、エリカの人柄も信用できるのだろう。
加えて、アリスさんに確認したところ、たしかにフェアリーラビットの討伐は、俺たちでも楽にできる難易度だという。
俺は手続を終えて、振り返った。
そして、クレハと目が合う。
クレハはととっと俺のほうに駆け寄ってきた。
「手続は……終わりましたか?」
「ああ、無事にね。早速出発しよう」
「これで……わたしたちの冒険者生活が始まるんですね」
「そうだね。女神と凡人の異世界ライフってわけだ」
俺のつぶやきに、クレハは嬉しそうに微笑んだ。




