12話 悪い子のクレハ
「わたしが……悪い子だからです」
クレハは寂しそうに微笑んだ。
俺が見る限り、クレハは善良そのもので、周りに対して無警戒すぎるぐらいだ。悪い子、とは思えない。
それに本当の悪人は自分のことを悪人だなんて言わない気がする。
ただ、俺はクレハのことを何も知らないから、本当のところどうなのかはわからない。
俺はこの女神兼女子高生が何者なのか、できれば知っておきたいところではある。
「聞いても、俺がクレハのことを嫌いになるとは限らないと思うけど」
「言わないと……ダメ、ですか?」
「いや、もちろんクレハが嫌なら、無理強いはしないよ」
「本当に?」
「本当に」
「ロッカクさんは優しいですね」
「俺が? どこが?」
「わたしの周りの大人は……みんな、わたしが嫌がるかどうかなんて……気にしませんでしたから」
俺はクレハの言葉に驚き、まじまじと彼女を見つめた。
クレハは顔を赤くして、首をぶんぶんと横に振った。
「今のは忘れてください」
「わかったよ。でも、もしクレハが俺を優しいと思うなら、それはたぶん、俺が優しいんじゃなくて、クレハの周りが優しくなかったんだよ」
「そう……でしょうか」
「きっとね。だから、俺をあまり過大評価しないほうがいい」
「でも、わたしはロッカクさんが優しい方だって知っているんです」
「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどね」
俺は困って、曖昧な微笑を浮かべた。
どうしても、クレハとどこで会ったか思い出せない。
こんな目立つ美少女と知り合いになったら、忘れるはずはないと思うのだけれど。
俺は一つだけ、聞いてみることにした。
「これも嫌だったら答えなくていいんだけれど……その髪と瞳の色は生まれつき?」
クレハは日本人のはずだが、瞳は青で、髪は銀色だ。
クレハは少し恥ずかしそうに、うつむいた。
「日本でのわたしと、女神のわたしは、見た目に違いはありません。ただ一つ、髪の色と瞳の色だけが違うんです」
「ということは、日本では黒髪黒目?」
クレハはこくっとうなずいた。
つまり、異世界で女神化した影響で、銀髪碧眼という容姿になっているということらしい。
それなら、俺が日本で出会ったとき、クレハは黒髪黒目の美少女だったということになる。
思い出そうとするあまり、つい、俺はクレハを見つめてしまった。
クレハは俺を見つめ返すと、顔を赤くした。
「変……ですよね。銀色の髪に、青い目なんて……」
俺は慌てた。否定するつもりで言ったわけではない。
「いや、綺麗だと思うよ。女神らしいし」
「本当……ですか? 綺麗だと思いますか?」
「もちろん」
俺は言い切ってから、失言したのではないかと不安になった。
下心があって言ったわけではない。だが、俺のようなだいぶ年上の男に綺麗だなんて言われて、気持ち悪いと思わないだろうか。
けれど、クレハはとても嬉しそうに頬を緩めた。
まるで俺に褒められたことを喜ぶかのように。
「ありがとうございます。ロッカクさん。あの……寝る場所のことなんですけど」
「それなら、クレハがベッドだ。それで、俺は床に毛布を敷いて寝るっていう約束だよ」
「やっぱり同じベッドというのはダメですか? 二人分、寝れる広さがあると思うのですけれど」
まあ、ダブルベッドだから、広いのは当然だ。
けど、そういう問題ではない。
さっきもアリスさんを交えて話し合ったはずなのだけれど。
気は進まないが、一度、クレハには忠告しておいたほうが良さそうだ。
「クレハさ……男と同じベッドで寝ようなんて、提案するのはやめたほうがいいよ。それは『誘ってる』と思われても仕方ない」
クレハはきょとんとした表情になり、それから顔を真赤にした。
俺の言いたいことがわからない、ということはなかったらしい。
クレハはぶんぶんと首を横に振った。
「ち、違います……! わたし、そういうつもりじゃなくて、ロッカクさんが床で寝るなんて、そんなことさせられないと思って……」
「クレハにそういうつもりがなくても、俺がそういうつもりになったらどうする? それとも、クレハはそういうことに慣れているのかな」
俺の言い方は、少し意地悪だったかもしれない。もし状況が違えば、セクハラと言われてもやむなしだ。
ただ、クレハに危機感を持ってもらうためには必要なことだ。
クレハは恥ずかしそうに青色の瞳を伏せた。
「慣れてなんか……いません。わたし、彼氏もいたことないし、キスもしたことないですし……処女です……」
最後のほうは、どうにか聞き取れるかどうか、というぐらい小さかった。
そんなことを言わせるつもりはなかったので、俺は慌てた。
「ごめん。ともかく、俺は床で寝るから」
宿で別々の部屋をとるだけの金が手に入るのは、いつのことになるだろう?
それまではクレハと二人きりで寝起きすることになる。
ちらりとクレハを見ると、まだ頬を赤くしていた。
顔立ちもアイドル並みに整っているし、高校生としてはかなりスタイルもいい。
こんな娘だったら、彼氏の一人や二人いたことがあってもおかしくないと思うのだが。
そして、クレハの制服を見て、俺は思い出した。
この制服は、市内の名門女子校のものだ。周りに男子生徒なんていないから、男慣れしていないのかもしれない。
もし自分が高校生だったら。
こんな美人で、そして優しそうな少女が身近にいたら、それだけで好きになってしまうかもしれない。
もっとも、今の俺は25歳の大人だった。
しばらくしてから俺は寝床を整えて転がった。そうすると、板張りの粗末な天井が目に入る。
そのすぐ後に、俺の視界の中を銀色の綺麗な髪が揺れた。
クレハが俺を上から覗き込んでいたのだ。
しかも、手も膝もぺたんと床についていて、その小さな唇は俺の至近距離にあった。
青い瞳に見つめられ、俺はうろたえた。
クレハはそんな俺の内心を知ってか知らずか、小さな声で言う。
「あの……ロッカクさん」
「なに?」
「おやすみなさい。明日からも……よろしくお願いしますね?」
「ああ、こちらこそよろしく」
クレハは微笑み、俺はぎこちなくうなずいた。




