11話 すごく……固いです
さて、腹ごしらえが必要だ。
幸い、少ないとはいえ、金はある。
ギルドは宿だけでなく、酒場も併設している。だから、そこで出される料理を食べることもできる。
「どうしてそうしなかったんですか?」
クレハは首をかしげて、手元の黒パンを眺めていた。
俺たちはすでに宿の部屋に入って、テーブルの上に買った食料を並べていた。
そう言いながら、俺は宿の部屋を眺めた。
さすが最安値の部屋だけあって、ぼろい。
二階の部屋なのだが、床板が少し腐食していて心配になる。
肝心のダブルベッドもノミがわいているかもしれない。
たしかにこんな部屋で黒パンを食べるよりも、酒場のほうが気分良く食事ができただろう。
だけど……。
「金がないので。それに、未成年を酒場に連れて行くわけにはいかないよ」
「この世界の慣習では……十六歳からお酒が飲めます」
「だけど、俺もクレハも日本人だ」
「でも、いま、わたしたちがいるのは異世界です」
「まあ、そうだけどね。それに、地球でも、国によってはたしかに十六歳から飲酒を認めている」
「そうなんですか?」
「十八歳からってところが多いけど。フランスやイタリア、あとインドネシアとかは十六歳からアルコールを買えるよ」
「へえ……ロッカクさんって博識ですね」
「そうかな。まあ、ともかく、どちらにしてもクレハがお酒を飲むのは……体に良くないだろうし。それに酒場だとトラブルに巻き込まれるかもしれない」
クレハほどの美少女だと、酒場でもかなり目立つ。そこにいるのは、おそらく荒くれ者の冒険者達ばかりだ。
いくらクレハに女神の力があるといっても、一見すれば非力な少女にしか見えない。
ヤクザな奴らに絡まれる可能性は低くない。
「心配……してくれているんですか?」
「まあ、うん。自分自身の心配でもあるけどね」
「わたしのそばにいるのは、ロッカクさんですものね。トラブルにあったら巻き込まれちゃいますね」
くすっとクレハは笑った。
そのとおり。
クレハが非力なのもそうだが、俺も大した力はない。
女神としてのクレハの力を借りて、俺が戦うことはできるが……今のところ、できるのは日本刀みたいな武器を使うことだけだ。
面倒に巻き込まれるのは極力避けたほうがいい。それがクレハのためでもある。
俺たちは干し肉を黒パンの上に置いて、かじろうとしたが……。
「すごく……固いです……」
「たしかに……」
俺もクレハも渋い顔で食料をかじった。
どう考えても、おいしくない。
クレハが急にびくっと震えた。
「く、蜘蛛……」
テーブルの上を、一匹の蜘蛛が這って行く。
クレハは悲しそうに首を横に振った。
どうやら虫が苦手らしい。
俺は蜘蛛を指でつまむと、ひょいと部屋の隅へと移動させた。
そこには蜘蛛の巣が張られていた。
「窓から捨てたり……しないんですか?」
「蜘蛛は益虫だから。ただ、まあ、蜘蛛の巣が張っている宿っていうのは、快適とは言い難いね」
「……こんな生活をずっと続けるのは嫌です」
クレハは日本では女子高生、異世界では天上の女神だったわけで、いきなり生活レベルが落ちたら耐えられないだろう。
俺も日本人としては、この生活はできれば避けたい。
ちなみにこの世界は思ったよりも近代的で、水道も整備されていて、魔力を用いたシャワーなんかもあったりするらしい。
が、このぼろい部屋にはあいにくシャワーはなかった。
「冒険者として稼げるようになれば、状況は変えられるかな」
「はい。宿屋暮らしじゃなくて、二人で一緒に暮らせる家とか買いましょう!」
二人で一緒に、という部分に妙な力が入っていた。
「よく知りもしない男と一緒に暮らすなんて、本当にいいの?」
「……わたしはロッカクさんのことを、とても良く知っているんです」
「日本のどこかで俺とクレハは会ったことがあるんだよね。そのときのことは教えてくれない?」
異世界に転移する前、俺が死んだ直後も、クレハは俺を知っているようなことを言っていた。
けれど、クレハは「秘密です」と言って教えてくれなかった。
目の前のクレハは迷った様子だったけれど、やがて首を小さく横に振った。
銀色の髪がふわりと揺れる。
そして、青色の瞳で俺を上目遣いに見つめた。
「日本でのわたしを知ったら……ロッカクさんはわたしのことを嫌いになります」
「どうして?」
「わたしが……悪い子だからです」
クレハは寂しそうに微笑んだ




