1話 女神を名乗る女子高生
「ロッカクさん……起きてください。朝、ですよ?」
優しい声がする。
俺が目を開けると、すぐそばに銀色の髪の美しい少女がいた。
青い瞳でじっと俺を見つめ、そして微笑んでいる。
寝間着の白いシャツは、胸元のボタンが外れていて、柔らかな膨らみの谷間を見せつけていた。
ここは異世界の宿屋で、そして、俺とこの少女――クレハは同じベッドに寝ていた。
断じてやましいことがあるわけじゃない。クレハは17歳で、俺は25歳。俺は彼女の保護者みたいなものだ。
二つベッドのある部屋がとれないから、こうして俺たちは並んで寝ていた。
くすっとクレハは笑う。
「わたしに見とれていました?」
「女子高生に見とれたりしないよ」
「わたしは、目が覚めたらロッカクさんが隣にいて、幸せですよ」
クレハはそう言って、本当に幸せそうに笑った。
俺は自分の頬が熱くなるのを感じ、なんと言えばよいかわからなくなった。
どうして異世界で、こんな状況になったのか。
話は少し前にさかのぼる。
☆
25歳の冬。
俺、すなわち六角進には二つの転機が訪れた。
といっても、大金を手に入れたわけでもないし、結婚したというわけでもない(彼女もいない)。
一つの転機は、大学卒業以来、三年働いた仕事を辞めたこと。
もともとブラックな職場で、勤務時間も長く、日付が変わるまで働くことも、土日も働くことも多かった。
何より体育会気質で、上司に理不尽に怒鳴られることも日常茶飯事だ。
そして、俺は落ちこぼれだった。
ある日、上司に罵倒された挙げ句、「君はここに必要ないから」と言われ、俺は逃げ出した。
無職になった俺に、もう一つの転機が訪れる。
男の一人暮らしにも関わらず、俺は部屋もきちんと整理しているし、自炊だってちゃんとする。
それは俺の数少ない長所の一つだった。
というわけで、冬のある日、夕飯の材料を買おうと思い、近所の商店街に出かけた。
人通りのなか、一人の少女の後ろ姿が目に入った。
十代後半だろうか。
冬だというのに、丈の短いスカートを履いていた。
「きゃあああああっ!」
突然、少し離れた場所から悲鳴がした。
見ると、路上に血まみれの女性が横たわっている。そして、男がナイフを持って、それを見下ろしていた。
「通り魔だっ!」
周囲が騒然とするなか、男はゆっくりと少女へと近づいていく。
次の獲物ということだろう。
少女は恐怖のあまりか、立ちすくんでいた。
男は刃物を振りかざし……そして俺はとっさに飛び出した。
俺は命を賭けて誰かを助けるなんて、そんな柄じゃない。
きっと仕事を辞めて、少しおかしくなっていたのかもしれない。
俺は男からナイフをとりあげることに成功したが、その直前に揉み合いになり、はずみで胸を深く刺されてしまった。
地面に崩れ、自分の体から流れる大量の血を見つめる。
「死んじゃ……ダメです」
助けた少女が黒い瞳から涙をこぼして、なにかをささやいているのは聞こえたが、その顔はぼやけてよく見えなかった。
やがて意識が暗転する。
こうして俺は命を落とし……。
☆
目が覚めると、空のような、ひたすらに水色の空間にいた。
どうもふわふわとする、と思って足元を見ると、実際に浮いている。
「あの……気がつきましたか?」
透明感のある声がする。
顔を上げると、そこには美しい少女が立っていた。
銀色に輝く髪をまっすぐに伸ばしていて、顔立ちは少しあどけないが、人形のように整っている。
すらりとした長身の体は驚くほど美しく、大きな青い瞳は綺麗に澄んでいた。
ただ、その表情はやけに気弱そうだった。
「え、ええと、わたし、一応女神なんです。六角進さん。残念ながら……貴方の命は失われました。そして、これから日本とは別の世界へ旅立つことになります」
女神、という言葉は非現実的に響くが、まったく信じられない話でもなかった。
俺が死んだのは確かだろうし、この謎の青い空間も超常現象だとしか思えない。
なにより、目の前の少女の背中からは白い翼が生え、神々しいオーラを放っていた。
しかし。
その服装が問題だった。
白いブラウスに赤のネクタイをつけていて、そのうえに淡い灰色のカーディガンを羽織っている。
スカートは綺麗な水色で、丈は短めだった。黒のニーハイをつけている。
どう見ても……女子高生の制服だ。
たしか市内の名門校ではなかったろうか?
「えっと……どうされましたか?」
自称女神の女子高生が、ちょこんと首をかしげる。
「あの……高校生ですよね?」
「高校生ではなくて……女神です」
「でも……」
「信じてくれないんですか?」
自称女神は困ったような表情になり、身をかがめて俺に顔を近づけた。
ふわりと美しい銀髪が揺れ、かすかに甘い匂いがした。
思わずどきりとする
それに、動いた弾みに大きな胸がかすかに揺れ、ついそちらを目で追ってしまった。
少女は恥ずかしそうに、手で胸を覆った。
「あ、あの……あまり見ないでください」
「す、すみません」
「……六角さんだから、許してあげます」
そういえば、さっきから少女は俺の名前を呼んでいる。
どこで俺の名前を知ったのだろうか?
少なくとも、こんな美少女の知り合いはいない。
まあ女神だというから、何らかの超常的な手段で知っていてもおかしくはないのだが……。
「あと……六角さんが律儀なのは知っていますけど、年下の女子高生相手に敬語なんて使わなくていいですよ」
女子高生だと自分で認めたじゃないか。
いや、そんなことはいい。
やはりこの少女とは……初対面じゃないのかもしれない。
「君は俺のことを知っているんだね」
「それは秘密です」
「言えない?」
こくっと少女はうなずいた。
「……わたしのことはクレハと呼んでください」
「それはどうも。それで、君は何者なのかな」
「異世界では女神で……日本では高校に通ってます」
「女子高生が女神様というのも妙な気がするね」
「えっと、アニメとかによくあると思うんです。年頃の女子中学生や高校生がある日突然、神様になるって。あれと同じ……ことだと思います」
自信なさそうにクレハが言う。
俺もアニメや漫画は嫌いなほうじゃないので、言いたいことはわかるが……。
「なら、君は何の神様?」
「わたしは異世界の銀月の女神です。いちおう、あちらの世界の宗教では崇拝対象なんですよ?」
「ふうん。ということは、実は千年とか一万年とか生きてる?」
神様とかそういう存在は大昔から存在すると相場が決まっている。
神道でも仏教でもキリスト教でもそこは変わらないし、なら、異世界の神様だって同じだろう。
けれど、クレハは顔を真赤にした。
「わたしは17歳です! 千年も生きてなんかいません……。わたしは五代目の女神で、なりたてなんです」
「へえ」
ということは一定年数が経つと、神が交代するということか。
どうして日本の女子高生が、ある日突然、異世界の神に選ばれるのかは気になるが……それより重要なのは自分のことだ。
「それで、その異世界のアルカナってっとこに、俺を転移させるってこと?」
クレハは小さくうなずいた。
「六角さんがそれを望むのであれば」
☆あとがき☆
女子高生と、異世界でのんびりイチャイチャするだけの話です。本日夜にもう1話投稿します。
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