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短編集・散文集

食べたいものは?

作者: Berthe

琴音ことね、彼

 ねえ、あれは? と、メニューが書かれた立看板を指さしながら彼を覗きこむと、ああ、パスタ、と気のない返事をしたまま足もとを緩めないので、指さす瞬間から自分の口はもうカルボナーラと決まってその気で待ち構えていたのに、こうもあっさり、ああ、パスタ、などと返されてはたまったもんじゃなく、それに期待したお口の中がかわいそうなのだけれど、でも自分ばっかり食べたいのを食べて、彼にいやいや食べて欲しくはないし、それにそういう女に見られたくないという思惑がないわけではないことも、自分ながら気づいてもいる琴音は、それ以上彼に詰め寄りはせず、パスタを強いることをすっかり諦めるまま歩いていると、今度はラーメン屋の看板がちょっとさきに見えたので、あそこは? と言いかけて口をつぐみ、べつに女だからといってラーメン屋に入らないわけじゃなく、というより一人でもラーメン屋の戸をガラガラ開けて券売機をぽちっと押しカウンターにちょこんと腰かけ、時には調子に乗って替え玉もいただいちゃうくらいだし、チャーシューをトッピングでプラスしたりもするのだし、友達同士お店をおすすめしあったりするくらいで、彼もそれを知っているし、ひょっとして知らないのかもしれないけれど、でもなんとなく今この場で自分から食べたいと言い出すのは憚られて、それは可愛くみせたいとかそういうんじゃなく、けれどこういう時になるとやっぱりどうしても言えなくなっちゃうのか、と、なんだか急に真理に突き当たったようで感心しているうち案の定ラーメン屋は徐々に近づいたのち過ぎ去り、琴音はとぼとぼ歩みながら名残の一瞥をふり向きざまじっと送って顔をもどすと、隣にいるはずの彼が、見当たらず、消えていて、え、と焦って、あたりを人がぼちぼち過ぎゆくなか首を左右に振ってもぜんぜん見当たらず、不安と寂しさが急激に募るままなおもきょろきょろ目を配っていると、琴音、と馴染みの響きで呼ばれて、思わず、はい、と背筋をぴんと伸ばして返事をしながらその方を向くと、歩いてきた道をすこし戻ってしまう向かい側の店先で、ほかの通行人になかば隠れた彼が立ちどまって手招きしている。見ると、外観からあきらかにパン屋とわかったので、え、と間抜けな顔をしてしまったのを自分ながらすぐに気づいて顔をにっこりさせると、カップルやら家族連れやらで人混みとまではいえないあいだを縫ってゆく矢先、にわかに目の前に現れた、センター分け長めの黒髪ボブカットに涼しげできれいな目元がちょうど真っ白な小顔の中央に位置している同世代らしき女性に、琴音はたちまち目を惹かれつつ、しかし足の流れるまま巧みにからだをかわして早足で彼のもとへ向かううち、舌の求めが早くもパンへ移ったのか、口の中が唾液でいっぱいになってきたので、それをごくっと飲み込んだそばから、食パン、菓子パン、バゲット、クロワッサンその他、名前は忘れたものの、映像として浮かぶかぎりのパンが一挙に脳裏をめまぐるしく駆けるなかふたたび口内がつばに満たされたところで、彼のそばへ着いた。やっぱりどっかで食べるんじゃなくて、適当に買って帰ろうよ、と、ちょっぴり申し訳なさそうにいう彼の言葉をききながら琴音は静かにつばを飲み込み、一度くすりと笑うと、小さくうなずきながら、うん、わたしもパン食べたい、と元気に彼を見つめた。

読んでいただきありがとうございました。

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