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金かすみの井戸 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーらくんは、金貨を持っているかな?

 今の日本の通貨だと、1円玉がアルミニウム。5円玉が黄銅。10円玉が青銅。50円玉と100円玉が白銅で、500円玉がニッケル黄銅でできている。なかなか手にできないだろう。

 もっとも手に入れやすいものなら、記念硬貨かな。天皇陛下御在位10年記念などで、入手の機会がある。先生の持っているものは、当時の1万円で発売されていたかな。


 ――ん? そんなものにお金を出してまで、手に入れようとする感覚が理解できない?


 ふふ、若くていいな。こーらくんは。いや、嫌みじゃなく本気でうらやましく思うよ。

 歳をとってくるとダメなんだ。若いころのように動けなくなってさ、自分の限界を感じてしまう。

「ひょっとしたら、自分だけは元気なままで、ずっと生き続けられるんじゃないか」って思い込みが崩れ去るんだ。

 なら、やりたいことをやっておきたい。そう思うと、ときどきの記念に目が行くようになり、手を出すようにもなっちゃったんだ。

 限られたものの中でも、トップクラスの知名度と影響力を持つもの、金。

 その影響力は、おかしな事件をいくつも起こすほどだ。

 こーらくんも、この手の話は好きだったろ? ひとつ耳に入れてみないか、記念にさ。



 むかしむかし。あるところで、年端もいかない子供が店にあるブツを持ち込んできたんだ。

 純金のウグイス像。手のひらに乗っかるほどのサイズではあるが、羽の一枚一枚まで作り込んである精緻さは、立派な芸術の域だった。

 どこでこのようなものを手に入れたのか、店主は問わない。盗品「かもしれない」ものを証なく追及し、もしシロだったりすれば信用を失墜すると思ったんだ。規定通りに、ブツを引き取って銭に換えてやる。

 ところが、その日から彼は黄金の像を、ひんぱんに持ち込んできた。像は小鳥のものばかり。ウグイス以外にはスズメが多く、しかもほぼ実寸大ときている。


 なにか良からぬたくらみが、広がっているのではないか。

 そう判断した店主は、店の手伝いをしている使い走りの少年に、事態の調査を命じて、しばらくの暇を出したんだ。

 そこまで大仰なものじゃない。像を売りにきた者の誰かの後をつけて、どのような方法でブツを確保してくるのか。その記録をまとめるように言いつけたんだ。

 首尾よく、その日に像を売りに来た者は、使い走りの顔見知りだったらしい。まだ店の中で顔を合わせたことはなく、勤めていることは知られていないと見られた。

 翌日。懐に記録用の帳面と黒炭を忍ばせて彼の家を訪ねた少年は、いかにも他の知り合いから聞いたという体で、金の小鳥像について探りを入れる。警戒されるかと思ったが、かえって彼は気をよくし、「君も欲しいかい?」などと誘ってくる始末。

 渡りに船とばかりに、少年は了承する。すると彼は家の裏手から、林の中へ続く小道を歩き出し、ついてくるよう促してきたんだ。


 道を進むにつれ、にわかに鳥たちのさえずりが増していく。それもそのはずで、道の途中にある木々の枝には、鳥かごの姿がちらほらと見られるようになったからだ。

 いずれも手のひらにおさまるほどの種類ばかり。彼らが通りかかると、かごを揺らさんばかりの勢いで、格子に飛びついてくるものもいた。あたかも、ここから逃げ出したいと、叫んでいるかのよう。

 

 もう少年の頭には、いやな想像が浮かんでいた。

 それをおくびにも出さず、大人しくついていくと、やがて簡素な柵に覆われたひとつの井戸が見えてくる。その口は、両手両足をぴんと伸ばしさえすれば、少年でも突っ張れるほどの大きさしかない。

 更に、柵をぐるりと囲むようにして置かれる鳥かごたち。いずれにも一羽ずつ鳥たちが入れられ、せわしなく動いてさえずるものもいれば、じっとかごの隅にとどまって動かないものまでいた。

 そのうちのひとつを無造作に取り上げ、彼は話す。「この井戸に鳥を放り込めば、金となって戻ってくる」と。


 論より証拠とばかりに、彼は柵を越えてかごの蓋を開くや、そのまま井戸の中めがけて叩きつけ、鳥を落としたんだ。

 不意を突かれて、中の小鳥は井戸の底へ落ちていく。せめてもの抵抗と、羽を必死にばたつかせるが、その姿もじきに見えなくなってしまう。水音は聞こえてこなかった。


「他の生き物でも試したけど、小鳥が一番安定して戻ってくるみたいなんだよ」


 にこやかに告げながら、井戸の中を見つめて待ち受ける彼。その言葉に応えるように、やがて井戸の中から羽ばたきの音が、また響き出す。


 顔を引っ込めた彼の前を通り過ぎたのは、あの落とした小鳥だった。だが彼の言葉通り、その身体は首の部分を除いて、金色と化していたんだ。

 羽ばたきに疲れたか、鳥は井桁いげたに足をつけて羽を閉じる。だがそれが、最後の動きとなる。

 休んだとたん、身体の大半を覆っていた金が、あっという間に残りの部位へ広がっていったのさ。ほどなく小鳥は、店に何度も持ち込まれたものと同じ、金の像と化す。

 まばたきも発声もしなくなったそれを、彼はこともなげに手へ乗せ、彼に見せびらかしてきた。「どうだい、簡単だろう?」といわんばかりに。

 

 

 少年が店に持ち帰ったこの情報は、店主をうならせた。

 金策に悩む者にとって、その井戸は大きな助けとなるだろう。だがそれ以上に、生き物を投じて富を得るそのやり方に、末恐ろしさも感じた。

 危険なく手に入るものには、必ず裏が存在する。商いを続けてきて、学んだことのひとつだ。正体がつかめないうちは安易には動けない。

 店主は追加の小遣いを渡し、少年に引き続きの調査を依頼する。かの井戸の実態について調べてきてほしいと。



 結果として、少年は井戸の情報を持ち帰ることができた。だが、己の足で店に戻ってくることはできなかったんだ。

 彼を運んできたのは、話に出てきた友人とその仲間。横に寝かされ、五人に支えられて店に入ってきた彼は、黄金の像となっていた。後から着せたかのように、服は無事で身体だけが金となっていた。


 驚くべきはそれだけじゃない。彼の背中には、本来、あらざるべき翼が生えていたんだ。たたまれたその一対の翼は、背中をすっぽり覆うほどの大きさだったとか。

 彼らは、自分たちが井戸に来たとき、すでにこのような状態だったと店主に弁明する。

 その慌てようといえば不自然なほどだったが、あえて店主は追及しない。さっさと店から追い出すと、彼の像を店奥の居間に運ぶ。そのうえで手を合わせて、心の中で自分の指示に殉じてしまった彼へ、深く詫びた。

 

 店主は彼の懐を探る。そこには服と同じく、金と化さなかった帳面が入っていた。

 開くと、彼が命綱を着けた上であの井戸を降りていったところから、書き記されていたそうだ。そこから先は、奇妙なことがつづられている。

 

 およそ二十尺(6メートル)ほど降りたところで、急に綱で支えられる感覚が消えた。身体は落ちゆくが、冷たい風を裂いて肌が凍えたのは、ほんのわずかな間だけだった。

 井戸の中だというのに、あたりにまばゆいばかりの光が走る。それが収まると、自分は空の上を飛んでいた。いや、厳密には落ちていたんだ。

 髪や服が情報へたなびき、眼下には雲やかすみの代わりに金の粒が舞っている。それを何度も突き抜けて、自分は地面へ降り立った。高所から落ちた際に感じるはずの、痛みなどはなかったそうだ。

 

 金のかすみが漂う中、自分の周りには黄金の像たちが転がっている。

 店で見た小鳥のものばかりでなく、トカゲ、ウサギ、イタチなどの小さい動物たちだ。そしていずれも、背中から図体相応の翼を生やしていたんだ。

 そうこうしているうちに、自分の背中がかゆくなってくる。特に肩甲骨あたりにかゆみは集中していき、服の中に手を入れてみると、どんどん骨が外へ飛び出てくるのを感じた。

 恐ろしい速さで変化を続けるそれは、やがてやなぎがしだれるように背中を下る形状に。同時に力を込めると、バサッと音を立てて左右へわずかに広がった。

 自分の背中には、翼が生えていたのだと。


 心なしか、手足の指の先がどんどん重たく感じ出す。おそらくはこのままじっとしていると、ここの像の仲間入りを果たすのだろう。

 自分が落ちてきた方を見やると、金かすみに半ば埋もれて、真っ黒い穴がぽつんと浮かんでいた。

 あそこへたどり着かねばいけないと直感する。階段などはなく、飛んでいくしか考えられなかったという。

 

 翼を動かすには苦労した。息を止めながら肩甲骨に力を入れると翼が広がり、息を抜くとわずかにはためく。それを素早く、無数に重ねることで羽ばたきとなし、地から浮くことができたが、50回目あたりから骨に痛みが走り出すんだ。当然、続ければ痛苦は増していく。

 少年は穴の真下までいくと、一気に羽ばたき始める。40回目あたりで足が地面を離れたが、その上昇はもどかしいほどに遅い。

 100を超え、200を超えてまだ届かず、背中は今にも割れそうなくらいに痛んでいる。

 しかも登っていくにつれ、金のかすみが身体を下へ引っ張ってくるんだ。その力は強く、乱暴ささえ覚えるが、痛みに苦しんでいる間は違う。

 

「もうおやめ。戻っておいで」


 そうささやく、おふくろの声のような安らぎさえ覚えた。


 涙が自然とあふれた。それさえ振り払い、どうにか穴へ取り付くも、その狭さに愕然とする。

 羽を広げた状態では、引っかかってしまい通り抜けることができないんだ。その穴のずっと向こうには、外のものと思しき白い光が漏れてきているというのに。

 

 もう力は残っていない。少年はいったん休むために地上へ戻り、この文をしたためている旨を告げてきた。

 全力を込めてあの穴の中へ向かい、勢いをつけて翼を畳みながら突っ込む。そして下へ引っ張る力へ掴まる前に、両腕両足を突っ張り、井戸を登っていく。それしか外に出る道はないだろうと、帳面はしめられていた。


 かの井戸は店主の手によって、厳重に封が成され、何人も中をのぞくことはできなくなったとのことだよ。

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