出会いは突然やってくる
「俺は、千。
今、ここの長姫を探してるんだが……。
お前、どこにいるか知らないか?
ちょっと逃げられてしまってな、困ってるんだ」
「…………え?」
茜は、ごく自然に告げられた千の言葉に、ゆっくりと顔を上げた。
そして、千だと言った男を下から見上げるようにしながら小さく首を傾げたのと同時に、頭から被っていた布団が茜から滑り落ちる。 それすら構わず、今までの恐怖など忘れてしまったかのように、茜はじっと男を見つめた。
「もしかして……。
あ、あなたが……千様……ですか……?」
「何でそんなに驚くんだよ。
自分が統治する里にいて悪い……の、か……」
むっと少し機嫌を損ねた千の言葉が徐々に消えていく。
完全にその言葉が途切れた頃、茜と千は互いに目を大きく開いて見つめ合っていた。
どのくらいそうして見つめ合っていただろうか、はっと、茜よりも先に我に返った千が口を開いた。
「ちょっと待て。
若干着崩れて、みっともない装いになってはいるが……その香蓮によく似た綺麗な容姿……。
もしかして……お前が長姫か?」
「は、はい……」
千は驚きを隠せず、少し失礼な言葉を混じらせて問いかけたが、茜も失礼なそれに気づかないまま、こくりと素直に頷いていた。
「急にいなくなったって、香蓮がめちゃくちゃ心配してたぞ?」
「あ……兄様が……」
どうして、急にいなくなったんだ?
千はそう言いながら真剣な眼差しで、茜にぐいっ、と顔を近づける。
そして、そのまま目の前でゆっくりと首を傾げた。
「あの……、その………」
どうしよう。
初めて会うあなたが、どんな方かわからなくて怖かったからです、なんて言えるわけない。 思わず怖くなって逃げ出したけど、これから顔合わせをするはずの、千にまで迷惑かけて探させてしまって……。
もしかしたら香蓮に頼まれたのかもしれないけど、それでもちゃんと、顔も知らない茜を探してくれていた。
それなのに、逃げられたと嫌な思いをさせてしまったかもしれない。
謝らないといけないことは、わかっているけれど。
一度硬直してしまった喉は自由に動いてくれなくて、茜はただ、千をじっと見つめていることしか出来なかった。
「……あのな、別に俺は怒っちゃいないんだからな?
泣くなよ、茜。
絶対泣くんじゃないぞ?」
今にも泣き出しそうな茜の顔を見ていた千は、突然焦ったように問いかける。
けれど、それでも茜を止められないとわかったのか、茜に顔をぐっと近くに寄せた。
「お前今、絶対に泣く気だろう?
顔を見りゃわかるんだからな?
俺は泣かせたり怖がらせるのは得意だが、慰めるのはこの世で一番苦手なんだから、泣かれたら困るんだ」
「ぅ……」
「だから~。
もうお願いだから、泣くなってぇ……。
泣くなら、慰め方を教えてから泣いてくれよ」
困ったな、俺はどうしたらいい?
少しだけ横暴な要求と共に、千は涙を浮かべる茜へさらに必死な面持ちで問いかける。
この千の様子では、どうやら本気で慰めるのが苦手らしい。
「迷惑をかけて、ごめんなさい……」
けれど、一度溢れ出した涙は茜自身もどうすることも出来なくて、次々と溢れる涙を手で拭いながら、小さく千にそう呟いた。
『あーあ、千が姫を泣かしたー。
香蓮に言い付けてやるー』
「俺のせいかよ!?
いや、だって俺の顔を見た瞬間に泣き出しただけだろ!?」
今までじっとしていたハクが、千に向かってゆらりと可愛らしい尻尾を振りながら楽しげに告げる。
まるでからかうようなハクのその言い方が勘に触ったのだろうか、千は理不尽だと吠えるように叫んでいた。
その声に驚いた茜がびくりと肩を飛び上がらせるのを視界の端に見た千は慌てて顔を向ける。
そして、いつの間にか俯いていた茜の顔を、そっと覗き込むように見た。
「あー、わかった。
もう、俺が悪いことにしていいから。
それでいいから泣かないでくれよ、ホントに頼むから……」
それでも泣き止まない茜の耳に、少しだけ間を置いた後、困ったような千の声が届いてくる。
それと同時に、ふわりと、涙に濡れた頬が温かく柔らかな何かで包まれた。
そろりと涙で重くなった瞼を開いてみると、鼻と鼻がぶつかるくらいに近い距離に、千の顔が寄せられている。
茜の頬を包んでいたのは、千の一回りも二回りも大きな手のひらだった。