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コールドプレイ『Moon Music』(2024年)

●この真っ当な優美さはブレていない


世界で最も商業的に成功しているバンドの一つであるColdplayによる新譜『Moon Music』のレビュー。


<収録内容>

01.MOON MUSiC

02.feelslikeimfallinginlove

03.WE PRAY - By Coldplay, Little Simz, Burna Boy, Elyanna & TINI

04.JUPiTER

05.GOOD FEELiNGS - By Coldplay x Ayra Starr

06.虹(絵文字)

07.iAAM

08.AETERNA

09.ALL MY LOVE

10.ONE WORLD


初期や『Viva la Vida or Death and All His Friends』('08)はよく聴いていたが、2010年代以降の彼らの作品はほとんど聴いていない。海外のトップバンドが今の時代にどのようや音楽を届けようとするのか気になり、本作を聴いた。(ちなみに、ご存知の方も多いかもしれないが、『Viva la Vida or Death and All His Friends』収録の「Viva La Vida」はヒューマニズム薫る洋楽ロック屈指の名曲である。)


過去のサマソニで一番印象に残っているのは、スタジアムで観たヘッドライナーのコールドプレイだ(2008年だったかな?)。曲中でクリスがステージから走り降りてきて祈りを捧げるようなポーズを取り、その姿が本当に美しかった。人間の尊厳の美しさを見た気がした。


ところで、世界に目を向ければ、終わらないロシアとウクライナの戦争や中東での紛争。いつ感染症にかかるか分からない恐怖。日本国内でも格差社会のせいもあって多くの方が厳しい生活苦のもとで過ごし(6人に1人が貧困)、SNS上ではディスり合いや炎上が止まないし、デマが猛スピードで駆け巡る。そんな情勢下で皆が不安を抱える中、この作品『Moon Music』は確かなことは愛であることを教えてくれる。


そう、憎しみを浄化するような愛がこのアルバムにはある。


憎しみといえば、日本のX上で話題になっている「クルド人」のトレンド。酷いクルド人もいるし、叩きたくなる気持ちも分かる。だけど、実写版ワンピースでルフィが「良い海賊と悪い海賊がいる」と言った言葉に尽きる。クルド人も良いクルド人と悪いクルド人がいる、それだけだ。「クルド人」で一括りにしたら、善良に生きるクルド人が可哀想だ。


本作はそんな民族間や属性間の憎しみの連鎖を自己と他者への寛容で乗り越えていこうとする意思を感じさせる。そう、密度、開放性、思慮深さをあわせ持つ音楽性による鷹揚とした寛容性を音から最も受け取るのだ。


ヒューマニズムが基盤にあるメッセージと音楽性が、真っ当すぎることに辟易する方もいるかもしれない。だが、この真っ当さこそ、コールドプレイの肝である。そして、理想へ捷径で行くような真っ当さであっても、徹底して上質で上品な音楽だから、ダサくはならないし、陳腐からは程遠い。


政治的(党派的)ではないが、政治的ではないからこそアクチュアルなヒューマニズムが鳴っている。ヒューマニズムとは、普遍性のことだったのである。(そして、普遍性と大衆性は違う射程の言葉である。)


同じように理想を真っ当に追求するバンドとしてU2がいるが、美メロで繊細さを身近に感じるゴールドプレイの方が好きだ。なんというか、弱みをさらけ出した上で理想を掲げている気がする。(美メロの他、特にピアノの旋律やファルセットにそれを想う。)


音楽面でも魅力的で、複数曲においてストリングスによって音の隙間がみっちし美しく埋められているのが好きだ。まさにウェルメイドの極致。『Viva la Vida or Death and All His Friends』もそうだけど、ストリングスの使い方が絶妙だ。


また、打ち込みなどのデジタルと、実際の楽器演奏のアナログのバランスが絶妙。バンド音楽であると同時にクラブ音楽である。電子のスネアに意思を感じ、鍵盤のアタック音に優しさを感じ、アコギのサステインに温かみを感じるのだ。日本のトップバンドでいうとセカオワに通じるだろうか。


前述した名盤『Viva la Vida or Death and All His Friends』のように、曲の最後と次の曲がシームレスに繋がる感じも良い。「MOON(月)」をテーマにしたアルバムでもあり、本作はアルバム一枚を通しての作品性も感じられる、AOR(アルバム・オリエンテッド・ロック)でもあるのだ。



では、全曲をみていこう。


アルバム全体の導入部である#1「MOON MUSiC」で本作はおごそかに幕開けする。


#2「feelslikeimfallinginlove」で高揚感を伴って視界が開けていく。この打ち込みのキック音には前へ前へと進む推進力がある。


#3「WE PRAY」は客演のラッパーやシンガーが華を添えるというか、主演を食う勢いだ。ロックだけの自家中毒におちいらず、外からの音楽の風も取り入れているのは、コールドプレイのみならず世界的な傾向だろう。というか、ロックはそもそもがそういう音楽なのである。


#4「JUPiTER」。曲名「ジュピター」は日本語で「木星」を意味している。宇宙にまで想像力をたくましくすることで、音楽の背後にスケールの大きな神秘性を獲得する好例の曲。(日本のバンドだと、天体をモチーフにした作品が多いバンプオブチキンだろうか。)


#5「GOOD FEELiNGS」。生々しさから離れた電子音だからこその清涼なサウンドから漂うグッドバイブス。ナイジェリアの歌手アイラ・スターを客演に迎えるあたり、「WE PRAY」と同じく多様性ゆえの豊かさが充溢している。


#6「虹(絵文字)」。絵文字がタイトルの曲はおそらく初めて聴いた。歌詞もあるが、絶景のアンビエント・ミュージックな感じ。いま、僕らの周囲は虹色に満たされる…。


#7「iAAM」。二枚目(≒王道)の曲も多い本作において、とりわけ二枚目の曲。


#8「AETERNA」 。曲名の「AETERNA」はラテン語であり、「永遠の」という意味。まぶしいくらい輝く電子音楽のあと、最後に拍手とコーラスが鳴り響く、こんな全人類肯定ソングは時を超えて響いてほしいと思う。


#9「ALL MY LOVE」往年の洋楽ポップスのように名曲で、モダンな響きもする本作のハイライト。歌メロはビリー・ジョエルが歌っていてもおかしくない。


と、ざっと見てきたが、本作の核心は、最後の曲#10「ONE WORLD」でボーカルと楽器隊が伝えようとしていることに尽きると思う。10曲にわたる壮大で親密な音楽の旅は、すべてこのシンプルな歌詞の曲へと繋がっている。


「Oh, one world

(中略)

In the end, it’s just love」

(Coldplay「ONE WORLD」)


宇多田ヒカルの名曲「桜流し」の歌詞じゃないけれど、時代も社会も人類史も恋愛関係も家族関係も国際関係も最後に愛があってほしいよね。


「どんなに怖くたって目を逸らさないよ

全ての終わりに愛があるなら」

(宇多田ヒカル「桜流し」)


この二曲のサウンドの大きな違いは、宇多田ヒカルが悲観的であり、コールドプレイが楽観的であることだ。どちらのスタンスでも、最後に愛があってほしい。そのように、私たちは祈る(WE PRAY)。


Score 9.4/10.0

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