軍議
小島が点在する入り江の沖に、巨大な船が一隻停泊している。
舳先に立つ一人の女性は、異国の衣を身に纏い、獣の耳と五本の尻尾を持っていた。
傳く男たちにも獣の耳と尻尾が見て取れる。
対峙するのは獅子頭、狛犬のような渋い顔がさらに渋くなっている。
「御前ほどの妖にも出来ないことが有ろうとは」
美しい顔に困ったような皺が刻まれる。
その表情に魅入られながらも、獅子頭は冷や汗を流しビクビクしている。
「私に何をしろと?」
「能なしではあるまい?」傳く男の一人が獅子頭に迫る。
「なにを!」怒鳴ってはみるものの返す言葉が無く、黙り込んでしまう。
「ほほほっ、よいよい。成ればなる」
女は、大きな鉄の扇を軽々と操り涼を得る。
獅子頭の目の端で水柱が上がる。
「大猿さえ居なくなれば、どうとでもやりようがある」
脇に控えた男がつぶやく。
「取り巻きに手を焼いておるのではなかったか?」
帆柱の辺りで控えている男から声があがる。
「トツクニの戦をナカへ持ち込めばどうなるか?」
別の男が問う。
「ナカでもこの東の地は波風が立っておらぬ」
また、別の男が言う。
「主の野心は風の種になろうぞ」
獅子頭の後ろに立つ男が言う。
「種は育つか? 刈り取れるか?」
目の前に立つ男が問う。
「儂に何を刈れと言うのか」
獅子頭は困惑する。気がつけば、男たちに取り囲まれていた。
「ほう…マオはまだ現れておらぬのか」
最後の男が独り言の様につぶやく。
聞き慣れぬ言葉に、獅子頭は怪訝な顔をする。
空中に布が舞い、落ちる。
女の目の前の甲板に人が倒れている。
薄衣に薄紫の打ち掛け、朱い袴と艶やかな黒髪が映える。
ゆっくりと体を起こす。
透けるような白い肌、黒曜石の大きな瞳、紅梅の小さな唇の少女が居た。
少女は周りを見渡し、女を見る。
黒曜石の瞳からホロホロと涙が落ちる。
少女は女に手を伸ばし、女は恐れるように後ずさる。
「センリャ…」
「黙りゃ!」
少女の言葉が終わらぬうちに、女の檄が飛ぶ。
畏まる男たち。一息船が大きく揺れる。
船の左舷に大きな水柱が上がる。
「胡嬢、如何しました?」
女の様子に戸惑う男たち。
〈今の…此奴等は気づいておらぬのか?〉
「構うな。虫を一匹叩いただけじゃ」
「この地は虫が多うござりまするな」
「波風を立てぬための虫である。気にされるな」
「波風を立てねばならぬ。気を回されよ」
「ええいっ。喧しい! 何奴も此奴も同じ顔をしおって! 頭をすげ替えねばこの国が危ういというので、話を聞いておるのだ。我が野心など如何様のものぞ!」
獅子頭、キレる。
「ふんっ、世迷い言では民は守れまい。我はゼツ」
「我はホン。毛玉に気をつけよ」
「金色の猿は災いの元。我はショウ」
「時は少ない。我はエツ」
「我はユキ。道具を授けよう」
「この道具、お前たちに触ることは出来ぬ。我はチョウ」
「我はトウ。式を授ける」
「我はキョウ。時が来れば自ずから動く」
胡嬢と呼ばれた女と男たちは船共々消失する。
後には、小舟に揺られている獅子頭が残された。
先に水面に叩きつけられた稲荷面の女子衆は、船に向かい水中を移動していた。
目の前に大きなモノが落ちてくる。
着物、黒髪を認める。
〈!〉
力強く水を蹴り、近づく。
「ひっ…ガボッ」
少女は女子衆を見ると、人差し指を口に当て、声もなく口を動かす。
『だいじょうぶ』
女子衆が少女にふれてと思った瞬間、少女の姿が消えていた。