序
先の見えない状態で、はじめてます。
とりあえずの目標は週一アップで3か月…続くのか(・・?
血を流したような夕焼けに、瓦葺きの屋敷の影が浮かび上がる。
薄ヶ原の穂を揺らす風が、不吉なものの到来を告げるようであった。
日もとっぷりと暮れた頃、屋敷の一際太い梁のある屋根裏で、音もなくうごめく影がある。影たちは、梁の下の板の間の様子を窺っている。
板の間には、座が五枚ほど並べられている。
上座である床の間には、鎧に身を包んだ巨大な猿が胡座をかいている。
大猿と対峙するように、白塗りののっぺらぼうが直垂姿で控えている。
大猿とのっぺらぼうは、酒を酌み交わしつつ小さな膳を囲んで、何やら談義の最中である。
大猿が勢いよく杯を空ける。
「社守、主には殿を任せるが、よくよく手配いたせよ」
「大殿、手配をしておる暇なぞござらぬよ…」
社守の言葉が終わらぬうちに、天井から黒い塊が二つ落ちてくる。
「ほぅ、何者ぞ」
落ちてきた塊の上に虎縞の毛玉がフワリと乗っている。
虎縞の毛玉は、蝙蝠のような小さな羽が一対と団子のような尻尾、胡麻のような目鼻が付いていた。
「ビョウゥゥ」
虎縞の毛玉は勝ち誇ったように声を上げる。
「おおっ、猫よ。こっちゃ来」
猫と呼ばれた虎縞の毛玉は、ドングリのような小さな足でトコトコと社守の元へと走り寄る。
「猫よ、儂の下で働かんか」
「大殿、こ奴は姫の守りゆえ、姫が首を縦には振りますまい」
「ふんっ、そうか。では、社守後は任せた」
「はっ」
社守の返事と共に大猿は跡形もなく消える。
落ちてきた黒い塊に目をやるも、跡形もなく消えていた。
「ふむ。猫よ、我は時を稼がねばならぬ。姫を頼む」
「ビョウゥ」
社守は、猫と共に稲荷面の女子衆の集う座敷へ入ると、奥方を筆頭に戦装束の女たちが控える。
猫は姫を奥方の後ろに見つけると、社守の手からするりと逃れ姫の元へと駆けていく。
「奥、姫と共に逃れてはくれまいか」
「殿、何をおっしゃります。殿をお守りするのが私の役目。何があっても離れませぬ」
奥方は、するすると社守に纏付き、鎧に変化する。
「奥、すまぬ。だが姫は何としても守らねばならぬ。皆と共に逃げてくれ」
「父様」涙ぐむ姫。
社守と違い、美しい顔がある。姫の着物が変化する。
今の姫の様子は〈稲荷面の女子衆と同じ戦装束〉である。
「ビョウゥ」
「うむ、猫が同行するのならば心配はいらぬな。姫、姫の力を欲しているものが居るのだ。行ってくれるな」
社守の確認とも命令ともとれる言葉に、姫は目に涙をため唇をかみしめ頷く。
「父様、母様」
「先ずは、この館を出ねばな。皆の者頼んだぞ」
「「「「「はっ」」」」」
「ビョウゥ」
猫の声と共に屋敷が暗転する。
しかし、屋敷の風景が変わる様子はない。
「ビョッ…」
猫の驚きの声と共に、稲荷面の女子衆が身構える。
ヒューーーーーーーッ
空気を切り裂く音が響く。
ドッドッドッドッドッ
屋敷を取り囲むように、地面に刺さる音がする。
緊張が走り、改めて身構える。
バリバリッバリッ
庭に刺さり、建物を突き抜ける巨大な鉄の〈槍〉
「ぎゃあぁぁぁ」庭に展開していた稲荷面の女子衆が次々と槍に貫かれ、焼け落ちる。
「なんと、鉄槍か」
社守ののっぺらぼうの顔が赤黒く変わる。
「獅子頭、居るか」
「はっ、ここに」
「女子衆を頼む」
「殿」
「猫、姫を…東瀛を頼む」
「ビョウゥゥゥゥゥ」
猫の咆哮に呼応するかのように鉄槍を目掛けて雷が走る。
「奥」
「はいっ」
社守の周りに風が集まる。
旋風が巻き起こり、残った鉄槍を薙ぎ倒す。
「父様、母様…」
獅子頭の吐く息が黒い霧となり、辺りを包み込む。
猫は、霧の中心にいる東瀛の懐に潜り込む。
獅子頭の口の端が奇妙に上がるのを見た猫は、更なる咆哮を上げ雷を呼ぶ。
そして、闇が世界を支配する。
世界が変わる、自分も変わる…