ドラゴン助けたら魔王様が求婚に来た
深く考えず読んでください。
丁寧貴族っぽい魔王様と、緊張によわい女の子のお話。
「我が花嫁になってもらいたい」
真剣によこされる赤い夕陽のような鮮やかな2つの目と、まるで闇を集めたような艷やかな黒髪。
整っているが、大の大人でも見下され睨まれれば腰を抜かしそうな恐ろしさのある顔。
その頭部から出ているのは一対の角で、その太さは私の腕ほどはありそうだ。
片膝をついているというのにその目線は私と同じほどで、その体躯を嫌でも感じさせる。
あまりにも真っ直ぐ射抜いてくる視線から目を逸らすことも出来ず、間抜けに開いていた口を閉じてごきゅり、と喉を鳴らした。
私アイリス・レノーは、どうやら魔王様に求婚されています。
事の始まりは、数ヶ月前薬草を取りに少し奥まで入ってしまった森での出来事である。
いくら平和な森とはいえ、少し奥まで入りすぎてしまったかと引き返そうか悩んでいた時、私はあるものを見つけてしまった。
「ドラゴン…?」
「キャウーッ」
大きな木の影に隠れるように、人間の子供ほどの大きさのドラゴンが蹲っていた。
驚いた声を上げれば、どうやら威嚇らしい鳴き声がそれから聞こえた。
この森は比較的安全だが、魔物も出ることがある。
しかしドラゴンなど遠目に成体を見たことが一度か二度ある程度で、この大きさのドラゴンは初めてみた。
しかも、小さいとはいえドラゴン…この森で見たことがないので、もしや親からはぐれて迷子にでもなってしまっているのだろうか。
黒い体に赤い目のそのドラゴンは、じっとこちらの出方を伺っているようだ。
「ドラゴンって、頭がいいのよね…?親のところに一人で帰れるのかな…」
思わずひとりごちれば、ドラゴンはぐるると低く唸りながら訝しげな顔をした…ように思えた。
実際ドラゴンの表情などわかりようもない。
心配な気持ちはあるが、子供らしくてもドラゴンはドラゴン、下手に手を出して刺激してはどんな目に合うかわからない。
「………無事にお母さんが見つかるといいね」
それぐらいしか言えることもなく、私はその日は、ドラゴンを刺激しないようにそっと立ち去るしかできなかった。
しかし次の日、なんとなく気になって同じ場所を見に来た私は全く同じようにその場にいるドラゴンを見つけることになる。
もしや、とは思っていたが本当にその場にいるとは思わずじっと見ていると、ドラゴンもこちらをじっと見つめてきた。
赤い目はまるでルビーのようだ。
周りに魔物がいないのを確認しながら、そーっと近づけば警戒したのかドラゴンが地に伏せていた頭を上げる。
「大丈夫、なにもしないから……お腹空いてない?」
「…?」
警戒の色を滲ませていたドラゴンが、私の出した物をじっとみる。
今朝捌いた鶏肉だ。
ドラゴンが何を食べるかまではわからないが、おそらく肉を食べるだろう…しかし生かはわからないので一応火を通しておこう…という考えの元、しっかり火が通された丸焼きである。
「変なもの入ってないよー…」
恐恐と籠ごと押し出した肉に、訝しげな様子だったドラゴンはスンスンとその匂いを嗅いでいる。
そして視線を私と肉の間を二往復させ、何やら考えるような仕草をした。
やはりドラゴンとは賢い生き物なんだなぁ、と私は敵意がないことを示すために両手を上げて後ろに下がり、目があった所でコクコクと頷いてみせた。
すると、私の気持ちが通じたのかドラゴンの口がカパリと開かれて籠の中の鶏肉に器用に齧りついた。
「おぉ……ほぼ一口……」
むしろもう一羽分いるくらいだっただろうか。
心なしか満足気な顔をしたドラゴンに、「おいしい?」とほほえみかける。
小さく返ってきた鳴き声に、嬉しくなりうんうんと頷くと、ふと肉を食べるために身じろいだその体の下の土の色がおかしな事に気づく。
「……まさか、怪我してるの?」
「…キュウー」
「近付いても大丈夫?」
土と草が赤や、それが変色したらしい赤黒い色に染まっているのをみて、思わず身を乗り出す。
少し近寄る仕草をして様子を見ると、驚いた様子は感じたが最初ほどの警戒心はないように感じた。
そう見えるからと、ドラゴンに安易に近付くのは戸惑われたが怪我をしているならまた話は別だ。
ドラゴンは基本的に群れをなさないため、繁殖率も低い。
そのため自然と希少になり、またその鱗等が高価にやり取りされる事から一時期は絶滅も危ぶまれた存在だ。
子供のドラゴンがまだいたなら、巡回に来る騎士にでも保護を依頼しようかと言う考えもあったのだが、こんな片田舎への巡回は稀で機会も少ない。
保護される目処がたたないのであれば、まだ小さなドラゴンの傷は死につながる可能性も高いのだ。
「怖かったらごめんね、酷いことはしないからね」
「………」
ドラゴンは私の行動をじっと見つめていたが、一番近いそのつま先近くまで指を伸ばしても何か行動をしようという素振りは見せなかった。
ごくり、と緊張のためカラカラになった喉を唾液で潤し、そっとその爪に触れる。
ひやりと冷たい感触に緊張でドギマギしながらまたドラゴンの様子を見るが、じっとその指先を見つめるだけだった。
「痛かったら鳴き声とかあげてね…引っ掻いたり噛み付いたりしないでね…」
少し震える声でいいつつ、体を動かさないようにしつつ見える範囲で傷がある場所を探る。
どうやら一番血のシミが濃いのは人間で言う足の腿のあたりのようで、わずかに傷口らしきものも草の隙間から見て取れた。
「痛そう……」
この出血量からみて、もしかするとドラゴンは貧血でほとんど動けないのかもしれない。
元気そうにみえるが、人間ならば既に気を失って死にかけていそうな血の量だ。
「えーっと…たしかこれは魔物にも効くはずで…」
ぱたぱたと懐をあされば、小さな小瓶に入った薬が出てくる。
これは、先日この森で採取していた薬草からできる傷薬だ。
人間用に作られているのでドラゴンには気休め程度かもしれないが、止血、化膿止め、僅かに浄化作用もある。
どんな相手につけられた傷かはわからないが、魔物の中には穢れを持つものもいるため浄化作用はかかせない。
「ちょっとごめんね、痛いかもしれないけど傷を見せて」
さんざん好き勝手体を見たので少し恐怖も薄れ、そっと足に手を添えて声をかけてみると、数秒考えるような間のあとドラゴンが体勢を崩して傷のある足がよく見えるようにしてくれた。
やはりドラゴンは人語を理解しているのでは…?
そんなことを思いながら、きょろりと周りを見渡す。
「包帯は流石に持ってきてないしなぁ」
薬をかけるだけでは心許無いので、薬を染み込ませて傷口に巻き付けておけるようなものがほしい。
硬い鱗をみれば布での止血は難しそうなので、そこはもう薬に頑張ってもらうしかないのだ。
ううむと考えてから、自分の服に目を向ける。
「…………中の布なら、まぁ清潔かな」
ワンピースを捲り上げ、中の布の端を何とか歯で解れさせてそこから割いていく。
何とか巻きつけられそうな長さの布にして再びドラゴンを見ると、どこかびっくりしたような顔に見えた。
「しみるかもだけど我慢してね」
「………」
気にせず薬を半分布にしみこませ、残りを少しずつ傷口を垂らしていく。
その時、ジュッという音がして、痛んだのか驚いたのかドラゴンの足が跳ねるように動き、私の腕を爪がかする。
冷たい鋭利な刃物のような爪はワンピースの袖を裂いて腕に僅かに裂傷を残した。
「いたっ…」
「!!!」
「あっ動かないで!」
私の声に驚いたように体を起こそうとしたらしいドラゴンに思わず声で静止をかけ、手にしていた布でさっと傷口を覆うように足に縛り付ける。
力を込めると傷が痛みはしたが、今動かれてまた血が出ては大変だ。
「…ん、…よしっ……、ごめんね、びっくりしたね」
「キュ………」
布がしっかり縛れた事を確認して声をかけると、ドラゴンは初めて見せるほど頭を忙しなく動かした。
視線を追ってみると、どうやらキョロキョロと私の腕を気にしているようにも見えた。
もしかして罪悪感のようなものもドラゴンにはあるのだろうか。
少し驚いていると、鳴き声がどこかキュウキュウと情けなく聞こえる響きにかわったので慌てて私は両手をふってみせた。
「大丈夫、掠っただけだから大したことないわ!…っと、わ、」
大したことない、と腕をみせると、ドラゴンが頭を寄せる。
驚いていると、固く分厚いが温もりと湿り気のある何かが傷のあるあたりをなぞったのにぴゃっと体を飛び上がらせた。
どうやら、ドラゴンが傷口を舐めたらしい。
固まっていると何度も舐めるので、なんだか昔飼っていた猫が誤って引っ掻いてしまった私の手をせっせと舐める様子を思い出し、思わずふふっと笑いが漏れた。
「大丈夫、そんなに痛くないから……ありがとう」
おかしくて、同時に脅威と感じる気持ちも吹き飛んでしまい、私はドラゴンの頭をそっと撫でた。
ぐるる、という小さな唸りとともに目を閉じたドラゴンをみてむずむずと庇護欲が湧き上がるのを感じていると、遠くからカランカラン、と高い鐘の音が響いてきたのが聞こえた。
この町では、騎士の巡回が来た際王都への連絡や同時に来る商人への用事がある者のために合図として鐘を鳴らす事になっている。
はっと顔を上げれば、その鐘の回数は二回…まさにその騎士の来訪を知らせるためのものだ。
「貴方の保護をしてもらえるように知らせなくちゃ、ごめんなさい、私少し町に戻るね!」
頭を撫でていた手をパッと離した私にドラゴンはきょとんとした顔をしたが、もし近況報告などが早く済んでしまえば騎士達も早々に引き上げてしまうかもしれない。
慌てて荷物を集める私にドラゴンはウロウロと視線をよこしたが、今を逃せば保護してもらう手立てはまた遠のいてしまう。
「そこにいてね、おねがいよ!」
そう言って駆け出した私は気づいていなかった。
すぐ側の木の上で、じっと私の背中を見送る人影があった事を。
騎士をともなって戻った頃には、血痕だけを残してドラゴンが消えている事も。
「えっと、あの、その…じゃあ…あのドラゴンは…」
そして時は進み、現在。
突然現れた人形の魔物数名に町の人々が目を白黒させているうちに、かの魔王バルトルト・A・フェルナードその人だと名乗りを上げ、私の前に片膝をつくとあの日のことを語ってみせた。
曰く、反魔思想で有名な隣国の新開発された魔物弱体の薬を、都合悪く魔力の乱れの激しかった時に浴び怪我を負って、部下の迎えを待っていた時の出来事であった。
あの場で待ちたい気持ちはあったが、部下の迎えがあった事と自らの消耗を考えると一度帰る他なかった。
何も言わず立ち去った無礼をどうか許してほしい。
あと出来たらお嫁にきてほしい。
ちょっと最後のはよく分からなさすぎて耳がおかしくなったかと魔王様…バルトルト様を三度見くらいしたが、うっとりとこちらを見つめる目に熱を感じ取ってしまいうっかりドキドキしてしまった。
「あの弱りきった姿では言葉を話すことは難しく、貴方の名前を聞き謝罪と感謝を口にする事すら出来なかった罪をどうか許してほしい……」
「ひえぇ………」
まるで立派な騎士が愛しいお姫様にするように、恭しくすくい上げられた指先に唇が落とされる様子に情けない声が溢れる。
その後に縋るようにこちらを見上げる赤い瞳は確かにあのドラゴンの色にそっくりで、さらにあの2日の出来事や私の一挙一動を(多大な美化と共に)聞かされては信じる他ない。
「この美しく細い手で、言葉も通じぬ他種族にあのような献身を施した貴方に最大の敬意と感謝を……そして、事故とはいえその柔い肌に爪を立ててしまった我が非礼に全霊での謝罪を……どうか受け取って欲しい…」
「ひょぇ………そ、そんな……部下さん…?が迎えに来ていたなら余計なお節介だったでしょうし……」
「とんでもない、あの時確かに心細かったこの心を埋めてくれたのは紛れもなく貴方だ…」
「ひぇ……そ、それに、傷なんて日常茶飯事ですし…っほ、ほら傷跡も残らなかったので!責任とかだったら気にしないでいただけると…!」
言葉の一音一音に宿る甘い響きに全身がぐらぐらと茹でられているような心地のなか、必死に答える。
袖を捲りあげてあの傷のあった場所を晒せば、そこには不思議と傷跡もなかった。
「あぁ……よかった、貴方の美しい肌に傷を残すことにならずにすんで…咄嗟だが判断は間違ってなかった」
「え、えと…?」
また自然な動作でするりと腕を絡めとられ、傷があった場所をじっと魔王様がみつめる。
添えられた親指でなぞられれば、ぞわりと不思議な感覚がした。
悲し気な色を帯びていた赤い目をまた蕩けるようにして魔王様がこちらをみる。
「人間の体には、魔族の体液が薬になる場合があると聞いたことがあったのだ」
「えっ、あ、それで舐め……」
「だが、責任を取るなどと言う甘い考えで貴方を迎えに来たのではない事をどうかわかってほしい」
そのまま祈るように長い睫毛の並ぶ瞼を閉じ、今度は腕に唇を落とした魔王様に、私の血はもはや沸騰しているのではないかというほど全身が熱くなるのを感じる。
に、人間ってこんなに体温上がるんだなぁ……。
「私はあの日、確かに貴方に恋をしてしまった……」
「ヒョェ……」
「貴方の前では魔王もただの男だ……どうか、私に貴方を口説く権利を欲しい」
「ま、魔王様…と、とととととりあえず手を……」
「アイリス」
手を離してください手汗がやばいのです。
そう言いかけた私の口は、名前を呼ばれたその一瞬で石のように固まってしまった。
ほう、と熱い吐息が手を掠め、思わずビクリと身を固くしてしまう。
「どうか、私の事はバルトルトと」
僅かに微笑んで請う魔王様に、ここが外だとか町の人が戸や窓の影から見てるとか、後ろの部下さんが生暖かい目をしてますよとか……。
口説く権利をといわれましても……こんな全身真っ赤にしている私に許可をだせと…?
緊張のあまりぐるぐると回る世界に私が倒れるまであと三秒。