朝の音
「おはようございます奏多様。昨日はよく寝られましたか?」
ダイニングに下りると、山田さんが朝食の支度を済ませ姉さんと待っていた。
「お陰様で。」
タキシードを着こなす高身長で美形の山田さんは、ニッコリ笑って俺の体調を気にして声をかけ、俺はそれに笑顔で答えた。
「奏多様。コーヒーとミルクどちらになさいますか?」
「コーヒーをお願いします。」
「かしこまりました。」
奏多の飲み物を聞くと、山田さんは足音を立てない軽やかな動きでキッチンに向かった。
飲み物が来るまで新聞を読もうと手に取ろうとすると、
「奏多。ミルクじゃなくていいの?それじゃあ、身長伸びないよ。」
「別に良いだろ。朝から何を飲むかなんて姉さんには関係ないだろ。」
山田さんがいなくなるのを待っていたかのように姉さんは、俺の身長のことをいじりだした。
現在、僕の身長が159.9㎝なのに対して姉さんの身長は、164㎝。
「だから奏多は学校でも子供扱いされるんだよ。はい、私のおかず分けてあげる。」
自分より少し身長が高いからって、春香は調子に乗ってる。
見てろよ。いつか身長が伸びて大きくなったら春香を見下ろしてやる。
「奏多様。お待たせしました。」
2人が話していると、山田さんが知らないうちにコーヒーと朝食の準備を整えやってきた。
そして、おぼんにある砂糖とコーヒーを適量手慣れたようにマグカップに入れてくれ、2人の前に出した。
山田さんは、普段用事で家を留守にする両親の代わりに家事全般をしてくれるとても優秀な執事だ。
因みに、蒼井家の家族は、奏多と春香の他に父と母そして、兄がいる。
3人共家に帰ることはめったになく家族が揃うことは1年に数回しかない。
何故なら、・・・
「さて、今回は、芸能一家の実態ということで日本だけでなく、世界を舞台に活躍されている蒼井家をご紹介したいと思います。」
テレビから聞こえてくる内容。蒼井家は俺以外の4人が全員芸能人という芸能一家なのだ。
父の誠也はミュージカル俳優、母の美野里はモデル、兄の浩志は歌手、そして、姉の春香はロックバンド『SKY』のベースを担当していて、全員が各業界のトップレベルの地位にいる。
テレビでは、家族の紹介に合わせてVTRが流されいつもテレビや雑誌で見ている光景が流れていた。
周りにこれだけ有名人がいれば、奏多を取り巻く環境も特殊だと思うかもしれないが、実際は、両親や兄姉が芸能人だということを知るものはいない。
もし、このことが知られてしまうと家の周りは人であふれかえってゆっくり過ごすこともできない。
まさに不幸中の幸いとはこのことを指すのだろう。
「奏多も父さんたちの力借りて芸能界デビューすればいいのに。」
「芸能界なんて興味ないからいいよ。」
別に父も母も奏多に芸能界に入れとは言わないが、春香は必要以上に芸能界に入れようとしている。
昔、春香は無理矢理でも奏多を業界に入れるために芸能事務所のオーディションを僕に内緒で申し込んだこともある。
「ごちそうさま。行ってきます。」
「ちょっと待ってよ、奏多。」
朝食を食べ終えて出ようとすると、春香は急いでご飯をかき込みだした。
その食べ方は芸能人としてあるまじき食べ方だった。
「俺と姉さんの学校真逆だよね。それに、今日はマネージャーさんが迎えに来るんじゃないの?」
高校生という肩書を持っている春香は、普段、早朝の日が昇りきる前から収録やレコーディングなど毎日忙しい日々を送っているため学校には殆ど行けていない。
なので、今日みたいにゆっくりできる日くらいは家でゆっくりできる日はゆっくりすればいいと思う。
そんなことを思っていると、家の外からインターホンの鳴る音がした。
おそらく、事務所のマネージャーだろうと奏多は思った。
「ほら姉さん。迎えが来たよ。早くしないと時間が押しちゃって仕事の人に迷惑が掛かるよ。」
「大丈夫。今日はそんなに急ぐ仕事はないから。」
余裕そうな口調で話す春香は、洗面所で鏡を見ながら髪を整えていた。
すると、外からまたインターホンが鳴った。
奏多は準備を急ぐように春香に促したが、当の本人は「大丈夫」の一点張り。
そんなこちらのことはお構いなしに外ではインターホンが連打されている。
そろそろ連れて行かないといけないと思った次の瞬間、問答無用に家のドアが開き、1人の女性が押しかけてきた。
「春香。今日は朝から収録あるからそれを考えて行動するよう昨日連絡したわよね。」
凶暴な顔をして土足で上がってきたのは、黒髪ロングでネービーのビジネススーツに黒のソックスを着こなした女性。
彼女は、姉さんの事務所のマネージャーの鈴木さん。
ご機嫌斜めの鈴木さんは、春香の服の首元を掴んで玄関まで引っ張りだした。
玄関の外ではメンバーの北川空と八雲希望がおり、2人のやり取りを見守っていた。
挨拶のために奏多も外に出た。
「おはようございます。」
「おはよう奏多。朝からうるさくて悪いな。」
「いえ、大丈夫です。」
茶髪のショートヘアでジーンズの短パンを履いているのが、北上空。『SKY』のドラムを担当している。
「おはよう奏多君。」
「おはようございます。」
黒髪ロングで少しカールが掛かっていて、清楚な姿をしているのは八雲希望。『SKY』ではボーカル兼ギターを担当している。
「これお詫びにどうぞ。」
希望から手渡されたのは16個入りの箱詰めされた饅頭。
彼女の実家は古くから続く和菓子屋さんでたまに差し入れと早朝から押しかけることへのお詫びとして、今日みたいに和菓子をもらっている。
「そんな。こんないいもの貰えません。」
「いいのよ。いつも春香が迷惑かけてるからそのお詫びだと思って。」
奏多は希望さんしょうがなしに饅頭を受け取った。
「このお礼はいつかお返しします。姉さんが。」
「あら、そう。それは楽しみだわ。」
望みは不敵な笑みを浮かべた。
その表情を見た奏多は、言ってはいけないことを言ったような気がした。
姉さん、何かあったらゴメン。
「おい、2人共時間ないから早く行くぞ。」
いつの間にか鈴木さんは、春香を車に乗り込ませていた。
春香も頑張って抵抗したようだが、最後には力尽きて今では車の中でげっそりした表情で座席に座っていた。
「それじゃあ、失礼します。」
「朝からお騒がせしてすみません。後であいつ縛いとくんで。」
騒がしかった時間が過ぎてようやく静かな時間になった。
「奏多様、こちらを。」
山田さんが気を利かして荷物を持ってきてくれた。
「山田さん、家のことよろしくお願いします。」
「お気をつけて。」
山田さんから荷物を受け取り、奏多は玄関を飛び出した