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このイキシア王国にそれはそれは美しい王子いる。
王子の名前はヴィオレット・スティアート、このイキシア王国第二王子として生を受けた。
王子は年を重ねるごとにその美貌は磨きが掛かり、神の愛した彫刻と評されたその美貌はこの国の老若男女全てを魅了していると人々は言う。
端正かつ氷を思わす冷たい表情に、
薄氷を彷彿させる色素の薄い青の髪と瞳に、
上質な絹の様に白い肌
人々はその王子を、『薄氷の王子』そう呼んだ。
王子と言えば人々に囲まれるものだが、
美しい彼の周りには更に、
様々な思惑を持ったものが集まる。
例えば、王家との繋がりを作るため
娘の婚約者にしたい貴族だったり、
王太子である兄よりヴィオレットを王太子にしようとする派閥の人間や、王子の取り巻きになりたい貴族の子息達であったり薄氷の王子に恋焦がれる令嬢達によって。
そんなヴィオレット王子だが、感情が無いのでは。と言う者たちが後を絶たない。
誰が話しかけてもニコリともせず、表情が動かない。
彼が言葉を発する事は珍しく、基本は首を振るか頷くのみである。
それは王や王妃、兄が話し掛けていても
表情が変わることはなく、言葉も少ないため感情が無いと言われることとなった。
それでも家族である王や王妃、兄はヴィオレットを愛していたし、ヴィオレット自身も両親や兄の気持ちを分かっていたため特に気にしたことはなかった。
そんな中ヴィオレット王子7歳の誕生日を目前にしたある日事件が起こった。
王と兄と一緒に、公務として出掛けていた際に賊が現れヴィオレットを誘拐しようとした。
勿論護衛の騎士や魔導士もいたが、賊は腕の立つ魔導士だった様で、護衛達の隙を見事に衝いた。
感情が無い等と言われるヴィオレットも
まだ7歳になってもいない子供で、勿論感情感情もある。
(だれか、助けて…!!)
自分に届こうとする悪意に満ちた手が
伸びて来る事に恐怖したヴィオレットは
目を瞑り、自分を守るように自分を抱きしめる。
賊の手がもう少しでヴィオレットに届く、その刹那
賊の手はヴィオレットに届くことなく、賊はそのまま地面へと崩れ落ちた。
爆発的な冷たい空気がその場の全てを、支配し賊の体に鋭い氷が幾つも突き刺さっていた。
ヴィオレット自身も何が起きたかさっぱり分からず、呆然と血に濡れた賊を見つめる。
そして周りの視線を感じのろのろと、
視線を下から上げると、人々の戸惑いと恐怖の視線が
自分に注がれていることに気が付いた。
まるで魔物が出たのかの様に自分に
恐怖している事がありありと分かってしまった。
(僕は…なにを…)
自分でも自分に恐怖を感じる。
周りの目が恐ろしいが、周りはもっと恐ろしく感じているだろう。
気が付くと震えが止まらなくなる。
その後急な吐き気を催したかと思うと頭が急に痛くなり
そのまま気を失った。
目を開けると何時もの天蓋が視界に入る。
周りをみるとやはり何時もの自分の部屋の様だ。
目を覚ますと侍女が何やら誰かを呼びに行く。
ぼぉっとしている間に部屋の中は慌ただしく
人の出入りがあり、自分を診ていた魔導士と医者から
魔力が暴走し急激な魔力の喪失で気を失ったのだろう。との事だった。
傍に来た兄が心配そうな表情で、ヴィオレットのベッドへ腰を掛け頭を撫ぜる。
まるで夢を見ていたようだと思うけれど、あの赤は紛れもない事実だろう。
夢から覚めるように今までの事を事実として受け入れると、急に恐ろしくなる。
「ヴェール兄様…あの人は…?」
「ヴィオレット…」
兄はそっと優しく抱きしめながら、頭を撫ぜ続ける。
感情の起伏が乏しい弟の瞳が揺れていた。
まるで罪を犯した罪人のような表情をして。
「大丈夫、大丈夫だ。ちゃんと、生きているよ。」
重症を負ったことを伏せながら
生きてる事だけを伝える。
王子を攫おうとした賊はどのみち死罪となる。
氷の刃で賊が死んでも、さして問題はなかった。
でもその命を自分で終わらせたか、否か、の事実は幼い王子には重要な事だろう。
その命を終わらせるのはヴィオレットではなく、専門の部署の人間だ。
それでも、人を傷付けてしまったヴィオレットの罪悪感はどれ程のものか。
兄王子には慮る事も出来ない。
「ヴィオレット、何も怖がることはないよ」
幼い可愛い弟が自分の腕の中で震えているのを
痛ましく見つめる事しか出来なかった。
その時から弟の体温がとても、低くなった、そんな気がした。
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ヴィオレットの誘拐未遂事件から、ヴィオレット王子に対する人々の態度はあからさまに変わった。
王子のその美しさを崇めるようにしながらも、その裏で恐れている事がよく分かる。
この国で氷の魔力を持っている者が少ないせいもあるのだろう。
給仕をしている侍女が渡してきた物を受け取った時に、ヴィオレットの冷たい手先が少し触れただけで
悲鳴を上げ、殺さないでと震えながら懇願する者もいたし
ヴィオレットの7歳の誕生パーティに来た令嬢が目の前で転び、手を差し伸べても、怯えた瞳で震えながら走って逃げて行ったこともある。
この時、ヴィオレットはその美しさでさえも氷の様だと疎ましがられていた。
恐れられ、疎まれている自分にヴィオレット自身でさえも自分自身を持て余していたし、元々感情の機微に乏しいヴィオレットの感情も表情も以前より乏しくなったのは致し方ないことだった。