地下鉄
部活の早朝練習のために誰もいないホームで電車を待っていた。
自分の足音と自動販売機の稼働音、通気口から漏れる空気の音だけが静かに反響している地下鉄構内は、いつもより薄暗く感じられた。
通過電車を知らせるアナウンスにやや遅れて、暗闇の向こうからライトが近づいてくる。
目の前を通り過ぎる車両の風圧に一瞬目を閉じる。
再び目を開けると、電車の窓に自分の姿と、その後ろに整然と並ぶ無数の人影が映っていた。
「…っ?!」
思わず振り返る。しかしホームには来た時と変わらず自分の他に人は居ない。
もう一度電車に視線を移したが、既に車両は遠ざかっているところだった。
見間違いだろうか。
だが、ホームを埋め尽くすほどに並んだ人々の一人一人違う服装と、背筋が凍るような空虚な目は、錯覚とは言い難いほどはっきりと目に焼き付いていた。
考えるほどに背後に視線を感じる気がして、両腕をさすりながらひたすらに電車が到着するのを待った。
間が抜けた電子音と電車の到着アナウンスが響く。
時間にすれば数分だったのだろうが、何時間も待っていたような気分だった。
この電車が目の前に来たら、また先程の奇妙な人々が窓に映るのだろうか。
ふとそんなことを考えて、一気に全身に鳥肌が立つ。
間違っても目が合わないように視線を下に動かす。
レールを越える音の間隔が広くなっていく。
視界の隅の窓ガラスには、やはり変わらず無数の人間が映っていた。
誰一人として微動だにしない光景が、かえって不気味だった。
開いたドアに飛び込み、反対側のドアの前で震えながら目をつぶる。
出発のアナウンスと共にドアが閉まり、車両が動き出した。
ゆっくりと目を開け、顔を上げる。
自分に続いてあの人達が乗ってきたらどうしようかと考えていたのだが、誰一人として電車に乗ってくる者はいなかったようだ。
車内の窓ガラスには誰も映っていなかった。
<了>