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タン・ジュンという女  作者: ダビ・コマチ・ドミンゴ
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タン・ジュンという少女

タン・ジュンが故国を離れ、大日本帝国に辿り着くまでの道程を描きます。

貧しい国は、国の中にある各都市、そして村までもが貧しかった。ここダロンという南国が大日本帝国の占領下になったのはつい数十年前のこと。軍事開発、核開発の先進国として世界一強力な国家となった大日本帝国は、海外近辺にあるたくさんの国を占領下におき、その国の外国人労働者を雇ったり、徴兵招集したりと、他国から奪うようになった。


ダロンは年中常夏の暖かな国で、フルーツや野菜の農地が多くあった。税金を大日本帝国に収め、国のお金はわずかのみ残り、とても貧しいところへと変わり果てていた。しかし南国気質のダロン人はいつも明るく元気で、どんな逆境にも負けじと笑顔を保つ努力をするのだった。


学校を卒業したての15歳の少女タン・ジュンは、村でも有名な美少女。聡明で優しく家族思いな彼女は、村中から愛されていた。


そして今日彼女は─


「タン、ほんとうに行くのか?」


「うん。ずっと黙っててごめんね…でもママの足が悪くて。もうマンゴー育てられそうにないから。妹も弟ももうすぐ学校に行かなきゃだし…」


悲しげな瞳で、タンの幼馴染であるジョンは彼女のことを見つめた。


「でも、だからってなんでニッポンで…」


「日本がね、賃金が高くていいの。それに雇用してくれたところ、渡航費から何まで全部出してくれるんだよ」


「ニッポンがお給料が良い国だってのは分かってる。でも、俺は…」


外国人労働者が大日本帝国に出稼ぎへ行くと、奴隷のような雇用形態から過労死する者がいたり、自殺したりする者もいたりするからだ。もちろん逃げ出そうとしても、外国人雇用会社を通して雇用されているわけだから、雇用違反また不法滞在に繋がり罰を課せられる。最悪死刑の可能性も大いにあるのだ。

それほどタンにとって、日本に出稼ぎに行くことはハイリスクだった。


「ジョン、私も分かってるの。本当はね、行きたくないの。でもママやみんなに苦労かけたくないの。妹と弟には、お腹いっぱいたくさん、たーくさん美味しいものを食べてほしいの。ひもじい思いをさせたくないの。私がした苦労を、してほしくないの…」


「タン…」


ジョンは何も言えなかった。もし彼にお金があれば。彼が立派な大人だったなら。大好きな彼女を引き留めて、一緒になることもできた。しかしジョンには何もなかった。学校を卒業して、都市に出て数年後には日本に徴兵に行く予定だった。彼にはタンを守ることはできない。


「ジョン、大丈夫よ。もう会えないなんてわけじゃないわ。ハタチになるころにはね、帰ってこようと思っているの。それまでに貯金もするつもりなの。日本で働けばきっとたくさん貯められるんだよ。だから私がんばる。今は辛くても…」


タンはジョンの手を握る。見つめ合い、そして強く抱き合う。


いつもの学校の帰り道。何気なく過ごした毎日、何も考えずに過ぎ去った日々、しかしタンだけは考えていた。ほかの誰よりも聡明で、美しく、凛々しいタン。彼女はジョンのもとを去る。






「タン、本当に良かったのかい?あの子…」


「ジョンのこと?」


「ママ、あんたがあの子と結婚してくれてもいいって、思ってたのよ」


「もう何言ってるのママ。私もジョンもまだ結婚できる年齢じゃないでしょ。それに彼氏じゃないし」


母親は長女タンの気丈な振る舞いに胸を打たれていた。村の誰よりも可愛く、優しく、人気者で、働き者だった。自慢の娘だった。それが自分のせいで、15歳という幼さで海外に出稼ぎに行くなんて。彼氏だって、友達だって、離れたくないだろうに…。娘を手放したくない、行かせたくない気持ちでいっぱいだった。心配で、日本に行ってもう帰ってこなくなってしまうのではないかと怖くて怖くて、たまらなかった。


しかし娘は行く。お金のために、家族のために。


何も言わない母親のことを察してか、タンはさらに気丈に振る舞った。


「大丈夫よ、ママ!私、強いから。私、ママの子だから」


「タン……」


涙を流し、ごめんね、ごめんねと謝る母。細く弱弱しい体の母、薄っぺらい母の肩を抱きながらタンは、強く決意をするのであった。家族を守れるのは、私しかいない……。


幼い妹と弟は既に寝ている。ふたりの無邪気な寝顔を見て、タンは複雑な気持ちになった。なんともいえない、彼らを大人にしてやれるのは、タンしかいないのだ…。


小さく古い鞄に数枚の下着と、数枚の薄汚れた服を詰め込み、空港に向かうためバスに乗り込む。


「タン、待って!これを持って。片時も離さないで」


母親はタンにシルバーの小さなネックレスを渡し、そして窓から離れた。


「ママ、でもこれ、ママが大事にしていた…」


「いいのよ持って行きなさい。…体に気を付けるのよ、ちゃんと食べるのよ…もし辛かったら…」


"もし辛かったら、帰ってきてもいいのよ"という優しい言葉をかけられるほど、母親には余裕がなかった。言葉につまり、号泣する母を見守った。バスは発進し、どんどん遠退いていく母親を見つめ続けた。見えなくなるまで手を振り続けた。


「行ってきますママ……さよなら」


揺れるバスの中、タンは心の中で思いを馳せた。故郷へ、家族へ、別れを告げた。






空港についた彼女はイミグレーションにて様々な質問を投げかけられたが、揃えておいた書類をすべて提出し、その他諸々完璧に回答し、無事審査を通過した。


彼女が向かうのは東京にある東京空港。飛行機で約5時間。10月の東京は秋模様、ダロンと比べて気温も低く、夏以外の季節を初めて経験するタンにとっては少し寒いだろう。


服など買うお金がなかったタンは、その季節感に関しても実は不安な気持ちがあった。行けば何とかなる、と思っていたが、機内が思っていた以上に寒かったので、不安を煽られた。


約5時間のフライトの間、タンは様々なことに思いを馳せた。


これが空。

これが飛行機。

この人は、別人種。

この女の人は、フライト添乗員。


見たことのない場所、見たことのない人、見たことのない世界。


タンは不安な気持ちでいっぱいだった。そしてとうとう小さく、涙を流してしまったのだ。


「ママ…帰りたいよ…」


タンのフライトが東京につくまであと、数時間だった─…。

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