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最終話 絶対帰還





 ――いつしか。

 どことも知れない古い日本家屋の民家、その奥の方にある畳敷きの部屋で(うずくま)っていた。

 

「うう……うええ……うああ……」


 涙は止められなかった。嗚咽(おえつ)も止められなかった。

 痛い、痛い、痛い。左腕と横腹の傷口から血が流れている。壁にぶつかったときに打撲した、骨が折れているかもしれない。痛みが増幅されている。痛い。


 遠く外では殺戮の音。建物が倒壊する音。

 耳を塞ぐ。

 こんな所にいても、僅かな時間稼ぎにしかならないだろう。

 そのうちわたしたち以外全員が殺されて、その後殺されるだけだ。

 逃げ場なんて、無い。


 本当の非日常の辛さを思い知らされた。

 もう嫌だ。

 嫌だ(いや)だ、いやなんだ!


 暖かく柔らかい、抱きしめられる感覚。

 あかなちゃんが、ぎゅっと抱きしめてくれていた。

 (いた)わるように、守るようにわたしの背に手を回している。

 あかなちゃんの小さいけど柔らかい胸に顔を(うず)めている。

 いい匂い、少し安心した。あかなちゃんの匂いはいつだって安心する。

 だってわたしの、唯一のひと。


「ゆきちゃん、ゆきちゃんが本当に辛くてできないって言うなら、私は戦わなくていいと思う」


 まだ戸惑いもあるだろうに、あかなちゃんだってこんな状況怖くないわけがないのに。

 とても、とても、優しい声音。


「でもね。ゆきちゃんは本当にこのままでいいの? 桐乙さんが死んじゃって、私たちも死んじゃう、それでいい?」

 それは。

 全滅エンド。バッドエンド。

 不幸は、悲しみは、駄目だ。

「……いいわけ、ないよ」

「うん」

「でも、怖くて……」

「うん」

「でも、みんな死ぬのもいやだから戦わなくちゃいけなくて……」

「うん。どうしたいの?」

 あかなちゃんはずっと柔らかい声音で聞いてくれて、まるでママみたいだ。

 もういない、二年前事故で死んでしまったママみたいだ。

「…………」

「じゃあ、私に何かしてほしいことある? 今ならなんでもするよ」

「…………わたしになにがなんでも戦えっていってほしい。そして戦ったら、ご褒美が欲しい」

「ご褒美? なにかな」

「わたしのこと大好きって言って。抱きしめて頭撫でて膝枕してわたしとこれからもずっと一緒にいて」

 この想いは、わたしのただ一つの救い。

 あかなちゃんがいたから、わたしはこれまで元気でいられたんだ。

 あかなちゃんが一瞬驚いた気配、でもすぐに落ち着いた雰囲気に戻って。

「それがゆきちゃんの望みなら、いいよ」

 心に、光が溢れた。

 それは暖かく、強く。

「約束、だからね」

「うん、約束するよ」

「――わたし、頑張る」

「うん」

「あいつ、絶対に倒してくる!」

「うん、頑張ってね」

「あかなちゃんはここで待ってて」

「信じて待ってるよ」

 あかなちゃんは笑顔で送り出してくれた。




 あかなちゃんを残して民家を出て、走って、音がする方へ向かった先。

 轟音。建物が倒壊していく。

 悲鳴。悲鳴の残響反響。

 血の海が作られていく。

 肉の塊が転がって落ちて幾つも光景に在る。

 そんな場の中心に、地獄の化け物"獄血のギレアス"。


 魔力量は民家で休んだことで僅かに回復している。魔力は体を休めたり食事をすると回復するんだ。

 残魔力量44%


 わたしは殺戮するギレアスの前に再度立つ。

 まだ、震えてる、でも。やることは決まってる。


「来たか特異少女。来たからには今度は逃さず殺してやる」


 わたしは最後まで奴の言葉を聞かずに走り出した。

 先のように遠くから氷柱で攻撃しても勝つことはできないから。

 

 ギレアスが自らの足元から、血の、赤の杭を大量に生え出し操る。

 その全てがわたしを殺す為に殺到してきた。

 一つ一つの杭が人を簡単に人でない塊に変えてしまう凶悪無比の攻撃だ。

 血の杭が唸るうねる、豪速、迫り来る。  


 それでもわたしは前に走ることを止めない。 

 さっきは怖くて近づけなかったけど、今度は思い切り攻勢に出る、近づく。なりふり構わず突貫。

 戦うと決めた、戦い方を考えた、だけど普通に女子高生やってただけの自分に戦闘のノウハウなんてわからない。だから、ただ敵を斃す為に進む。

 精神汚染をされても容易に止まるつもりはない、確実に一撃は入れる。それを理解したのか精神汚染は発動せず赤の杭で殺す選択をしてきたギレアス。わざわざリスクを冒す必要はないと判断したのだろう。

 殺されてなんて、やらない。

 絶対にあかなちゃんの元に帰る。


 思う、魔法の発動を。

 赤の杭を凍りつかせることを想像した。

 白銀の杖が光り、それは成される。

 赤の杭は凍りついていく、動きを止め、砕け散っていく。

 されど、全ての赤の杭を凍りつかせることはできなかった。


 思う魔法の発動を。

 氷の楯、受け流すように角度をつけて宙に現れるよう想像する。

 白銀の杖が光り発動した。

 赤の杭が氷の楯に衝突し受け流されわたしには届かない。

 

 わたしは着実にギレアスへ接近していく。


 残魔力量39%


 赤の杭は視界一杯に襲い来る。

 反射神経を総動員、赤い杭を凍らせ、楯で受け流し進む。全部を対処はできなかった。

 杭が体を掠め肉が抉られる。

 血が舞い散る痛い。慣れない凄まじい痛み。頭がおかしくなりそうになる。

 それでも止まったら死ぬ。だから進む。

 震えそうになる足を叱咤してただ我武者羅に。


「人生最後に食べるケーキがあんなまっずいのなんて、まっぴらごめんなんだよっ!」


 ギレアスを倒せばみんなの死もわたしの怪我もなかったことになる。

 つまり、わたしがどれだけ怪我を負っても、死にかけまで行っても、あいつさえ倒せばわたしの勝ちなんだ。

 故に進む。走る。

 吹雪ブーストで飛ばすこともできるけど、それだと杭が凍りつく前にわたしを貫くだろう。

 だから自分の足を必死に動かして、肉薄していく。


 赤の杭が目の前に。

 氷の特異発動、防ぐ。

 右腕が貫かれた。

 痛い頭がおかしくなる何かが千切れる音。

 杖は取り落とさないように何とか抱えた。


 もうすぐ。

 もうすぐギレアスの目の前だ。


 肉が抉り取られる。

 血が、血が、血が。

 舞って流れて、飛沫落ち、肌、地面、汚れる。


 右斜め前から来る血の杭、氷の楯で逸らす。

 左後ろから来る赤の杭、凍りつかせ防御した。


 残魔力量30%

 

 前から右から左から後ろから上から右斜め左斜め右後ろ左後ろ、四方八方四面楚歌。

 杭の大群が確殺の意思を持って視界を周りを埋め尽くす。

 

「ああああああああああああああああああああ!!」


 魔力を注ぎ込む。勢い任せに注ぎ込んだ。

 白銀の杖が光り輝く。

 

 残魔力量18%


 周囲の杭大軍が凍結していく中わたしは走り抜ける。肌を赤が掠めた。無視して前へ。


 ギレアスから瘴気が溢れる。突然地面が、硬いコンクリートからぬかるんだ地面に変化した。

 赤い(あか)い、血の泥沼に足を取られ転んだ。

 全身赤に塗れる。

 

 特異発動、白銀の杖から水色の光。全身に氷を纏った。氷の鎧。

 残魔力量10%


 血の泥沼から杭が勢いよく突き出て、わたしの全身を串刺しにした。

 鎧は割れ、壊れ、服が肌が肉が骨が貫通される。

 でも、心臓とか脳は大丈夫。鎧で守られた。そこは重点的に氷を厚くしたから。


 思う、光る、特異発動。

 超常の吹雪を発生させ、ブーストする。 

 無理矢理前へ体をふっ飛ばした。


 ギレアスは、目の前。

 わたしの射程範囲だ。

 全力の氷特異を――


 時が停まったような、刹那の間の出来事。

 時を経ない、ギレアスによる超常の詠唱。


【――貴方に苦しみを、苦しみを、苦しみを。

 ――この赤で穿ち貫き確殺の確定を為し(たま)え。

 ――最大限の苦しみを】


 それは呪い。

 それは地獄の存在による最大限の思いの放出。


【――地獄弔異能(じごくちょういのう)


貫き殺す赤針杭ペルフェクシオン・ブルート


 ギレアスの胸から赤黒い魔方陣が顕現(けんげん)する。

 その中心から、極太の赤黒い杭が神速で射出された。


 でもこの至近距離なら凍結の特異が最大限の威力を発揮する。

 特異の発動を考える、最大威力をぶっぱなす。

 魔力をすべて使って、ギレアスごと凍りつかせてやる。


 残魔力量0%


 白銀の杖が輝き、氷結の特異が発現した。

 肉薄する赤黒い杭が凍りつ


 かない。


 穿ち貫くまで必ず邪魔されない極太の血の杭。

 この攻撃はそういうものだと、ただただ理解させられた。


 わたしの魔力はもうない。

 特異は使えない。


 ドッ!!

 いやな音。無機質な音。


 貫かれた。

 

 背中を通り抜けて貫通していく。


 どこまでも赤黒い杭は伸びる。


 わたしの心臓は、ぐちゃぐちゃになった。


 ――――。


 ――――――――――――――――死ぬ。






 ――ゆきちゃん、ゆきちゃんが本当に辛くてできないって言うなら、私は戦わなくていいと思う。


 ああ、もう、終わりかな……。

 あかなちゃんも、そう言ってくれたことだし。


 ――でもね。ゆきちゃんは本当にこのままでいいの? 桐乙さんが死んじゃって、私たちも死んじゃう、それでいい?


 …………っ。


 ――それがゆきちゃんの望みなら、いいよ。


 ――うん、頑張ってね。


 ――信じて待ってるよ。


 あかなちゃん……っ。


 わたし、こんな終わりいやだよ…………。


 絶対に、絶対に絶対に、いやだ!


 あかなちゃんの元に、帰るんだ!


 

 ドクンッ。

 何処(どこ)からか、深奥からの鼓動。

 覚醒の感覚。


 めろんちゃんから教えられた、特異少女の戦い方。

 特異と、もう一つあった。

 特異魔法。

 

 ――特異魔法が覚醒するトリガーは人によって違いますわ。だから自分の手で見つけ出すしかないのです。

 ――そしてどうにかして覚醒を果たせば、その特異少女の最大の力が発揮できますわ。

 ――いわゆる、超必殺技ですわね。


 わたしは今、この瞬間、覚醒した。

 特異魔法には生命力を消費する。魔力がゼロでも問題ない。

 二ミリだけ残ってる生命力の、一ミリでも使えれば。


 死へと落ちる一歩前、刹那の詠唱を紡ぐ。


「――安らぎへ帰る。

 ――悲しみを越え、すべてを凍りつかせ、不幸を凍土へと消し固め、絶対に、絶対に絶対に。

 ――あなたが待っているから」


 それは、誓い。

 それは、聖約。


「――特異魔法」


絶対帰還アブソリュート・グラース


 白銀の杖が強い輝きを発して割れ砕け散る。

 絶対の氷結が、顕現した。

 この力は、あらゆるものを凍りつかせる。

 

 わたしの死ぬ寸前の体を空間凍結させ、生命を保つ。


「な……!?」

 ギレアスのしゃがれた不愉快な声。


 満身創痍なわたしの、少ない生命力は僅かな時間しか特異魔法を保てないだろう。

 でも。

 その僅かな時間で倒せばいい。


 時間を凍結させ、ギレアスの行動をほんの一瞬だけ阻害する。

 そしてその一瞬で。


 全開の凍結をぶつけた。


 特異ではない、特異魔法の絶対凍結を至近距離からぶつけた。


「ぐ、がああああああああああああああああああああ!!!!」


 ギレアスが悲鳴なのか咆哮なのかわからない声をあげながら凍りついていく。


 パキンと、綺麗な音。


 ギレアスが完全に凍りつき、不気味な氷像と化した。


 地獄の化け物は死んだ。

 倒した。

 

 ふっと力が抜けて、わたしは膝を突いた。

 赤黒い空が晴れていく。元の、日常の青空へと戻っていく。

 わたしの死にかけの体も、最初から怪我なんてなかったかのように綺麗に元通りになっていく。特異少女の煌びやかな服が白を基調とした制服に戻った。

 倒壊した建物も、幾つもの死体も、まるで本当に何もなかったかのよう。


「ああ、もう、なんか……なんかだなあ……」

 うまく言葉に表せなかった。

 世界は美しい。

 わたしは地べたに寝ころんだ。



 あかなちゃんとめろんちゃんが合流してきた。

「ゆきちゃん、大丈夫? 怪我ない? というか全部元通りになってびっくりしたよ。桐乙さんから大体の事情は聞いたけど」

「雪芽さん、とりあえず立った方がよろしいかと、人が見てますわ」

 わ~、あかなちゃんとめろんちゃんだぁ。

 二人と再会したことで、押さえていた感情がすぐに溢れてしまった。


「あかなちゃん!」

 あかなちゃんに抱きつく。

「怖かったよおおおおおお」

 涙は抑えようもなく流れる。

 泣く。

 大声で泣く。

 鬱憤を晴らすように泣く。


「うん、うん、怖かったね辛かったね。でももう大丈夫だよ。全部終わったから。ゆきちゃんが自分の力で終わらせたんだよ」


 あかなちゃんは優しく頭を撫でてくれた。


 腕を広げてめろんちゃんも抱き寄せる。

「きゃっ、雪芽さん?」

「よかったよおおおお。めろんちゃん生きてて、よかったよおおおおおおおおお」

「雪芽さん、ごめんなさい。わたくしが頼んだばっかりに……地獄四将が来るのを想定できなかったのは完全にこちらの落ち度ですわ……」

「いいよそんなのおおおお」


 わたしは二人の生を、ぬくもりを実感しながらしばらく嬉し涙を流し続けた。


 そして落ち着いた頃。


「あかなちゃん、約束」

 わたしは催促した。

 あかなちゃんは優しい笑顔でわたしを抱きしめてくれた。そのまままた頭を撫でてくれる。

「ゆきちゃん、大好きだよ」

 約束の履行だ。幸せ。

「膝枕はここだと無理だから、また今度ね」

 わたしは頷いた。

 心穏やか。


 


 数日後。

 朝のホームルーム前の教室にわたしは居る。

 異界化した空間内で起きたことは特異少女と特異少女に近しい人以外は覚えていないらしく、覚えていたとしても白昼夢と認識されるらしい。

 だからすぐに日常は再開されていた。

 めろんちゃんは特異機関とらやらに帰っていった。連絡先は交換したから今度めろんちゃんが忙しくなかったら、またケーキでも食べに誘おうかと思っている。


 めろんちゃん曰くどうやらわたしはもう特異少女になって戦わなくていいみたいだ。

 わたしはただの一日体験だから。

 最初からそういう約束。

 強引に、地獄四将を倒した実力だから一緒に戦ってくれとかは言われなかった。

 機関というネーミングに黒いイメージがあったけど、けっこうクリーンな組織なのかもしれない。

 わたしは戦えと言われれば戦ったかもしれないのに。


 ……でも、もう怖くて痛い戦闘は嫌かな…………。

 あんなのはもうしたくない。

 怖くて恐くて仕方がない。

 わたしにはこの日常があればいい。

 他の誰かが戦って守ってくれるというのなら、わたしはこの平和を享受したい。


「あかなちゃん……」

「わわっ、ゆきちゃんどうしたの……?」

 すぐそばにいたあかなちゃんに抱きついて、大切なものを噛み締める。


 でも、次にもしわたしの大切な日常に、あかなちゃんに危機が迫ったりしたら、わたしはきっと。


「また、戦うんだろうな」





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