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3話 地獄の化け物





 朝。明るい。起きた。窓を開ける。

 空は曇っていた。

 深呼吸する。

 今日は朝から空気が悪い。

 いやな予感がした。


 朝の支度を終えて家を出る。

 通学路を歩いているとわたしの隣に並んだ黄緑色。

 めろんちゃんだ。


「もうすぐ来ますわ。心しておきなさい」

「もうすぐって、地獄の化け物?」

「はい、予測よりも随分早かったので、落ち着いてから話すつもりでしたけど、今から教えるべきことは全て話しておきますわ」


 心なしかいつもより鮮やかに見えない通学路を歩きながら、めろんちゃんは真面目な顔で語る。


「まず、誰かが殺されても戦意を失わないでください」

「殺されるって……」

 そんな前提は、だめだ。ありえてはいけない。

 不幸は、だめなんだ。


「地獄の化け物が来ると、その空間は異界化します」

 めろんちゃんの言葉がうまく頭に入ってこない。

「よく聞く結界みたいなものですわね」

 耳に入っても流れて――


「全滅せずに敵を(たお)せば、その空間内で人が死んでしまったことはなかったことになりますわ」

「あ……」

 その言葉は、わたしにとって光だった。わたしの心を軽くした。

「建物が破壊されても、怪我を負っても、それは同様です。敵さえ倒せば問題ないのですわ」


「だから、人の死に全く動揺するなと無理は言いませんが、戦闘の隙を晒さないでください、戦意を失わないでください、それはまだ仮初の死なのですから、その時点では取り戻せないわけではないのですから」


「……うん、わかったよ」

 今一度気を強く持つ。


「あ、そういえば戦うといっても戦い方とかどうすればいいのかな」

 重要なことを忘れていた。

「変身の方法はカードを持てば(おの)ずとわかるはずですわ、戦い方は――」


 特異少女の戦い方について聞きながら、わたしは登校した。



 学校に着くと、めろんちゃんが言った。

「では、わたくしは雪芽さんの近くにいますから」

「え、学校に入れるの?」

 そういえば、めろんちゃんはこの学校の制服を着ていた。わたしも着ている白を基調とした制服。

「機関の力ではこの程度造作もないですわ」

「ははっとんでもないね」

 ふと思う。

「あれ、でもわたしの近くにいる必要あるの? めろんちゃんは今戦えないんでしょ? 戦い方は教えてもらったし、めろんちゃんは安全な場所にいた方がいいんじゃ……」

「なにをいっておりますの」

 めろんちゃんはわたしに向き直る。

「こんなことを任せたのですもの、わたくしには見届ける義務がありますわ」

 めろんちゃんは真面目腐った真剣で真摯な表情、瞳で口にした。かっこいい目。

 昨日から数えても何度も見た顔だ。彼女はド真面目なのだろう。

「それに戦闘中に助言できることもあるかもしれませんわ」

「うん、そうだね、ありがとう」


 教室に着いた。

「それでは、わたくしは学校内のそこら辺をぶらついてますわ」

「ぶらつくんだ」

「常時歩き回るわけではありませんわよ。授業の迷惑になりますから」

「わかってるよ、ニュアンスだよねニュアンス。ニュートリノミュータントニャ○ダーかめん」

「?」

 めろんちゃんは歩いてどこかへ行った。

 わたしの適当な言葉に首を傾げていたけどまそれはいいや。


 わたしは教室内に入る。

「おはよーあかなちゃん」

「おはようゆきちゃん」

 今日もかわいいあかなちゃん。

 赤いツインテールがぴょこぴょこかわいい。


 あかなちゃんだけでもしばらくどこか遠くへ逃がしておけばよかったかな。

 でもどうやって説明すればいいのかわからないし、わたしが守ればいいだけかもしれない。

 わたしが勝てば、全部元通りらしいし。

 どこか、実感が薄い。

 本当に、化け物なんて来るのかな。

 このままあかなちゃんといつもの日常が続くんじゃないかな。

 今更ながらそんなことを思ってしまう。

 いや、多分来るんだろう。

 めろんちゃんが言っていたし、あのカードは普通の(ことわり)のものではないと思えたから。

 

「あかなちゃん今日もかわいいなぁー」

 抱きつきあかなちゃんの白く綺麗な肌ぺたぺたさわさわもちもち―。

「ゆきちゃんどうしたの? 元気ないけど」

「え?」

 あかなちゃんはわたしの手によって顔をもみくちゃにされながらも、心配な表情。変顔だけど。

「どうしてそう思うの」

「なんとなく」

 なんとなくでわかるほどわたしはあかなちゃんに愛されてるってわけだね。

「もしかして、昨日桐乙さんと話したことと関係ある?」

 ――――。勘が鋭い。

「違うよ。まあ大丈夫大丈夫。あかなちゃんはわたしが守るから」

「守る?」

「うん、守るの。だから何があってもわたしを信じて」

「……?」

 あかなちゃんはよくわかっていない様子。当然だけど。むしろわかられたらあかなちゃんはエスパーだと思わざるを得ない。エスパーあかなちゃん。かわいい。



 授業を受けていく。

 いまだに緊張が抜けない。

 いつ来るのだろう。

 授業に身が入らない。

 空が綺麗じゃない。

 無機質な教室。

 普通の空気。ただの空気。

 空回るシャープペンシル。

 ノートに意味のない黒。

 なにもなく過ぎて行く時間。

 あかなちゃんかわいい。



 放課後。

 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムが鳴る。


「雪芽さん、来ますわ」

 めろんちゃんが教室にいきなり入ってきたかと思うとそう告げた。

 ずっと身構えていたわたしは、再度気を引き締めようと――


 ドンッッッッッッッッッッッッッ。


 大きな音。

 いや、大きな音がしたわけではないのに、大きな音のような感覚が襲った。


 ぞわっ、とした。

 やばい。そんな感覚が(はし)り狂う。


 世界は変貌していた。

 薄暗い、夜ほどではなく視界は確保されているけど、プラネタリウムより少し明るいぐらい暗い。

 そして最たる変化、空が赤黒くなっていた。

 太陽も雲もなく、ただ赤黒いナニカと化している空。


 本能的に理解する、ここは死地だ。


 クラスメイトが、学校にいる人が、街の住人が、困惑し騒めく。

 わたしも事情を知ってなかったら、ただ冷や汗を垂らして戸惑っているだけだっただろう。


「ゆきちゃん、これなに……?」

 あかなちゃんは強張った顔をわたしに向けて問う。

「ゆきちゃんが朝言ってたことと何か関係ある……?」

 あかなちゃん鋭い。

「あかなちゃん、大丈夫だよ。わたしがなんとかするから」

「ゆきちゃん……」


「雪芽さん、変身ですわ」

 めろんちゃんがわたしを見てる。

 わたしは制服のポケットから昨日貰った無地のカードを取り出す。

 

 変身の仕方は、カードを受け取った時からなんとなくわかっていた。

 カードに向けて念じる、わたしの存在、意思を結びつけるように想像する。

 無地のカードは色彩を持ち、一枚のレアカードのように変化した。

 氷の結晶が描かれた水色のカードへと。先までよりも強い力を感じる。


 それに変身すると願うと、視界、空間に水色の光が広がった。

 白い制服が、水色のひらひらしたお姫様が着るドレスのような衣装へと変化。ミニスカートがふわりと広がる。

 胸や腰に青色の大きなリボンが、ポンッポンッと、頭に氷の結晶のような髪飾りが、パッと、出現。

 水色のカードは人の背ほどもある長さの白銀の杖と成り、わたしの手に握られる。

 光が収まり、特異少女へと変身したわたしはここに立つ。

 一連の変身の工程は、僅か刹那の時の間で為された。


 クラスメイトはポカンとした顔をしてわたしを見ていた。

「ゆきちゃん…………」

 あかなちゃんもポカンとしていた。


「雪芽さん、窓の外ですわ!」

 振り向く、教室の窓の外を見る。

 その先、グラウンドの中央に、そいつは立っていた。


 人型、人型だけど、まったく人とは言い難い異形。

 よくわからないナニカ。

 無理矢理言葉に表すのなら、二メートルぐらいの人型で、全身が赤黒く脈動し、全身に目玉が在る、そんな化け物。

 正に、聞いていた通り、地獄の化け物のような奇形。 


 ただ、見た目が可笑(おか)しいというだけではない、禍々(まがまが)しく強大な常外(じょうがい)の力も感じる。

 ドス黒い瘴気が溢れているほどの醜悪な力だ。


「名乗ろう」

 響く声。

「地獄四将が一人、"獄血(ごくけつ)のギレアス"」

 壮年の男のようで、(しゃが)れた声。

()れより貴様ら人に苦痛を与え殺し尽くす者の名だ」

 この空間内全ての人間に伝わるだろう声が響く。町中に響く。


「地獄四将!?」

 めろんちゃんが驚愕の声をあげた。

「知ってるの?」

「知ってるも何も、こんな初陣で戦っていいような相手では――」


 醜悪な力が、発揮される感覚を理解した。


「雪芽さん!!」


 めろんちゃんが言いたいことは分かった。

 今すぐわたしがなんとかしなければここで全員死ぬ。


 特異少女の戦い方、めろんちゃんに教わったそれを実行する。

 特異。

 それが特異少女が使う、魔法とか異能とか超能力とかそういう系等の力。

 使いたいと思うだけで使えるのは変身した瞬間本能的に(わか)っていた。

 特異を使うには特異少女が有する魔力というエネルギーを消費する。

 そしてわたしの特異は、氷を操る能力。 

 

 地獄が始まる。


 わたしは念じた、超常の氷が、教室の窓際を楯のように覆うのを。


 残魔力量95%


 すぐ傍にいたあかなちゃんを、化け物がいる方を背にして抱きしめ寄せた。

 わたしが僅かな時間で出来た行動は、これだけだ。

 白銀の杖が壮麗と水色に光り、ただの氷ではない、特異の氷が窓際の壁一面に発生、凍りつかせた。


 大音。轟音。凄まじい揺れ。

 ――氷が軋み、一瞬で割れる音。

 大量の赤い杭のようなものが伸びてきた。

 わたしは咄嗟にその方向に氷を張った、一杯一杯、重ねて厚くして強くして。


 残魔力量80%


 氷が割れながらも防ぎ、衝撃と揺れにあかなちゃんと共に転んだ。

 クラスメイト達は赤の杭で串刺しにされていった、めろんちゃんも貫かれた。

 クラスメイト達は赤の杭で串刺しにされていった、めろんちゃんも貫かれた。

 めろんちゃんが貫かれた。


「があ……ぐ、う……っ」

 めろんちゃんが貫かれた胸と口から血を流しながら苦鳴する。


「あああああああああああああああ」

「痛いいいいいいいいいいいいいいいいい」

 クラスメイト達が断末魔の叫びをあげる。


 机も壁も天井も廊下も何もかも、貫かれ砕かれていた。

 学校中が串刺しにされ、崩壊していた。

 今ので、一瞬で多くの人が死んだ。

 辺り一帯が吹き飛ばされ何人もの人間が肉の塊になったんだ。


「ゆ、ゆきちゃん……」

 あかなちゃんは無事だ。 

 でも。

 めろんちゃんが。


「なんで……防御したのに、なんでぇ……」

 自然と目から涙が出てきた。止めようとする気力もなかった。止められなかった。心がぐるぐると嫌な方向に回る。


 最低でも教室全体を防ぐほどの常外の強度を誇る氷を張ったつもりだった。なのに、無事なのはわたしとあかなちゃんだけ。

 ふざけている。


 苦鳴、悲鳴が狂乱共鳴乱雑混乱

 この世の苦しみを混ぜ込んで煮詰めたような悲鳴が響く、響く、響く。

 視界は赤、血の海だ。


 めろんちゃんが、わたしを見ている。

 めろんちゃんの体が震えて、瞳に光がなくなっていっている。


「あ、あいつ、を……倒して、ください…………」


 それが、めろんちゃんの最後の言葉だった。


 倒してって、あれを……?

 こんな、一瞬で大量虐殺をするような化け物を、倒す。

 途方もないことに思えた。

  

 ――全滅せずに敵を斃せば、その空間内で人が死んでしまったことはなかったことになりますわ。

 めろんちゃんはそう言っていた。

 だから、この虐殺はなかったことにできる。

 わたしが、あれを倒せれば。

 倒せれば。


「は……」

 顔が引き攣って、思わず変な笑いが出た。


 正直、ここまでとは、思っていなかった。

 舐めていたのかもしれない。

 ゲームで言う、最初のスライムか、そうでなくてもオークかコボルトか、とにかく弱いか少し苦戦しても中くらいの強さの敵を想像していた。

 命の危険はあっても、少し気をつければ倒せる敵だと。

 嫌な予感はしていたはずなのに、その程度の実感だったんだ。

 実際に来たのは、最終ダンジョンのボス級の怪物。地獄四将とかいって、明らかに最強四天王。


 怖い。

 強過ぎる。

 規格外の化け物。

 心底恐怖した。

 逃げ出したい。

 でも、わたしがあれを倒さないとめろんちゃんは死んだまま、このまま元に戻らない。 つまり本当に死んでしまう。そんなのは、だめだ。


「ゆきちゃん……なに、なんなのこれ……」

 あかなちゃんが混乱、困惑して怯えている。わたしにしがみ付いて震えている。

「大丈夫だよ、あかなちゃん」

 守らなければならない。あかなちゃんは、絶対に。

「わたしが、なんとかするから、倒してくるから」

「なんとかって……無理だよ、だめだよ、逃げよう……」

「わたししか、戦えないんだよ」

「ゆき、ちゃん……」

 わたしはあかなちゃんを優しく引き剥がして立つ。

 

 窓も壁も崩壊したグラウンド方面へ走った。そのまま飛び降りる。

「ゆきちゃんっ……!」

 背からあかなちゃんの声が聞こえる、今は倒すことだけ考えよう。大丈夫、勝てば全部元通り。


 思う、超常的で猛烈な吹雪がわたしを下から吹上げ落下速度、衝撃を軽くすることを。

 杖が水色に輝き、吹雪が巻き起こり、わたしは危なげなく着地した。


 残魔力量79%


 視界の先には、あいつの名乗りによれば"獄血のギレアス"。

 存在してはいけない、醜悪で強大な化け物。

 

「血みどろも死んじゃうのも残酷なのも不幸も、えぬじーなんだよ駄目なんだよ!」

 悲しみは、許さない。

 

 ギレアスがわたしにギョロギョロとした目玉を全て向ける。

「特異少女か」

 地獄の瘴気が膨れ上がる。しゃがれた殺意の声。

「死ね」


 この瞬間、ひとときだけの代行である特異少女のわたし末野雪芽と、地獄四将"獄血のギレアス"の殺し合いが始まった。


 渦巻く瘴気、地獄の力が発現する。

 ギレアスの足元から、赤が大量に突き出て来た。

 赤い、血の針山、いや針なんてほど細くない、杭だ。

 先に学校を崩壊させ殺戮を為した能力だろう。


 突き出され襲い来る杭軍。その数、数百、数千、あてずっぽう、数えられる訳がない。

 壁のように豪速で迫る赤の杭。


 わたしは念じる、特異発動を。想像するのは、氷柱(つらら)

 氷の楯も考えたけど、さっき簡単に破壊されたし、魔力を多く使って厚くしても完全には防げなかった。ジリ貧になってそのうち破壊される、そうなれば負けだ。

 だから、攻撃。

 だから、大量の氷柱。


 白銀の杖が光ると、迫る赤い杭と同じかそれ以上の氷柱が空中に生成され、高速で発射される。


 残魔力量70%


 攻撃は最大の防御、なんてね。


 氷柱の軍勢と杭の軍勢が正面からぶつかる。

 破砕音を連続的に響かせながらお互い壊れ散り数を減らしていった。


 それでも新たに赤の杭は生え出て、わたしの死を望み進む。

 こちらも次々に超常の氷柱を生成し、発射させていった。 


 わたしは今、凄い事をしているんじゃないかと一瞬思う。でもそれに対する高揚は一切なかった。一歩間違ったら死ぬからだ。敵がふざけた脅威なのは何も変わらないからだ。


 氷柱と血の杭の打ち合いが続く。こちらが押されている。血の杭一本に対して氷柱数本で砕くレベル。だが抗えている。


 残魔力量60%


 抗えている。抗えている。

 抗えているけど。

 氷柱の隙間を抜けてくる赤い杭もあった。

 

 念じる思う。想像する。

 今わたしを貫こうとしている敵の攻撃が凍りつくことを。

 白銀の杖が輝き発現する特異。

 わたしの目の前まで迫っていた赤い杭が凍りつき、動きを止め、そして砕け散った。


 残魔力量55%  


 この周りのものを凍らせる能力は遠く離れるほど魔力を消費するから、最大の威力を発揮可能な射程距離は数メートルぐらい。だから基本攻撃には使えない。


 ギレアスの攻撃は留まるところを知らない。全く勢いが衰えない。息が上がっているようにも見えない。

 杭、杭、杭。

 わたしを殺す為、わたしを苦しめる為、わたしを絶望させる為、迫る、迫る、迫る、突先(とっさき)(ことごと)くわたしを狙って。

 迎撃、氷柱、何本何本何本、放つ、特異、魔力消費。


 残魔力量48%

 

 残魔力量が半分を切った。決め手がない。このままだと、負ける、死ぬ。

 ギレアスから瘴気が膨れ上がった。

 氷柱と杭が途切れる。今この場に攻撃は無。いや、違う。わたしは攻撃を受けている。


 地獄の化け物の能力、精神汚染。


「――っが……あああっ!!」


 感覚、撹拌(かくはん)


 ぐるぐるぐちゃぐちゃげちゃくちぇちゅらゆぐ。


 視界が闇へ、闇から不可思議へ、不可思議から苦しみへ。


 あかなちゃんがいるママがいるパパがいるみんな包丁を持っている。わたしにそれをザクザクと。ザクザクと何度も刺す。刺してくる。痛い。痛いよ。

 みんな死ぬみんな不幸になる悲しむ終わる。

 みんないなくなる、離れていくわたしの傍には誰もいない。

 苦しい辛い駄目だダメダだめだ。

 精神が強制的に(いん)の方向へ落とされていく。

 深く深く深く。深く深く深く。

 

 ギレアスは瘴気を発しながら(たたず)んでいる。

 あいつは精神汚染をしている間は他の攻撃ができないようだ。そうでなければわたしはとっくに死んでいる。


 唐突に、精神汚染が解除された。

 けれどそれは、ギレアスが別の攻撃を出来る状態へとなったという事。

 これからお前を殺すという開始の合図。 

 赤の杭、その大軍がギレアスの足元から生え出てうねり突先を向けて襲い来る。


 氷柱を出そうとした。出ない。

 うまく考えられない。特異が思うように使えない。

 精神汚染の影響が抜けない。立っているのがやっと。

 でも特異を使えなければ死ぬ。

 恐怖心がわたしを突き動かし、僅かながら氷柱を生成、数本。

 わたしは斜め後ろに跳んだ、上手く走ることはまだできそうになかったからだ。


 割れる壊れる、氷柱が赤の杭を砕き、全部は砕き切れない。

 左腕、横っ腹、喰らう、串刺し。血が舞う。

 地獄の化け物の攻撃は、人を多いに苦しませる力が在る。

 普通に何かに刺されるよりも、何倍もの苦痛が発生した。


 痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 痛覚過剰。精神耐久貫通。絶望苦痛。


 痛い、想像以上に痛過ぎて、痛過ぎて……。

 こんなに痛いなんて想像できるわけもなくて、精神が気力がボロボロ、ボロボロと崩れていく。

 怖い。死にたくない。なんでこんな思いをして戦わなきゃならないの。いやだいやだいやだいやだ。

 あんなの勝てない。恐ろしい。怖い怖い怖いぃ。

 刺さっている杭を凍りつかせ砕き散らせた。


 怖くて、恐怖心が最大限まで高められて、精神的に追い詰められて――

 わたしは、逃げ出した。


「ははは逃げるのか? その間にも俺は殺戮を為すぞ」


 走る。無様に走る。

 崩壊した校舎へ走った。

 

 後ろからは殺戮の赤軍。

 わたしは思う想像する。超常の吹雪がわたしの背を押し速さをブーストすることを。

 白銀の杖が光りそれは成される。

 吹雪が巻き起こった。

 飛んだ、三階のさっきまで居た教室へと。


 着地すると、あかなちゃんは座り込んでいた。顔を上げてわたしを見る。

「ゆきちゃん、酷い怪我……」

 後ろからは赤の杭、氷柱で迎撃し、氷の楯で防ぎ、凍りつかせながらあかなちゃんを無事な方の腕で抱き上げる。

 普段なら女の子とはいえ、わたしも女だから抱き上げるのは難しかっただろう。でも今は死地だ。火事場の馬鹿力だ。それか特異少女の腕力だ。

 あかなちゃんを抱き上げ掻っ攫ってそのまま走る。逃げる。

 遠くまで、遠くまで、どこまでも遠くまで。 


 吹雪でブーストし、逃げ続ける。

 まずは学校から出ようと崩壊した校舎を利用して赤の杭を掻い潜っていく。

 吹雪ブーストを上手く制御できなくて、校舎の壁にぶつかって、また酷い怪我を増やしながら逃げる。

 学校から出た。赤の杭は追ってこない。

 それでも恐怖心は消えなくて、必死で逃げた。


 また吹雪ブーストを制御し切れなくて、民家の塀に衝突しながら逃げていく、あかなちゃんは大切に抱き、わたしだけが壁にぶつかりながら、逃走していく。

 死にそうなほどの勢いで衝突しそうになったら、超常の氷を身に纏って衝撃を緩和した。

 走る。逃げる。逃げる逃げる逃げる。無様に、不格好に、愚かに。


 怖い。その一念しかわたしにはなかった。


 残魔力量37%





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