2話 めろんちゃん
後日の放課後。
「あかなちゃん一緒に帰ろっ」
「うん」
二人で連れ立って教室を出て、廊下を歩き、学校を出て、道を歩く。
と。
わたしたちの前に、横の道から誰かが出てきて、道を塞いだ。
「少し、よろしくて?」
「「はい?」」
二人して同じ方向に首を傾げてしまった。
私たちの目の前には、黄緑色ロングで少し先の方が縦ロールになってる髪。翡翠色の目。かっこいい目つきの、わたしたちと同い年くらいの女の子が立っていた。
「あなただけに、用がありますの。末野雪芽さん」
「わたしの名前知ってるんだ! いつから有名人になっちゃったのかなー!」
「絶対怪しいってゆきちゃん!」
あかなちゃんが、ずずいっと主張する。
「ええー? 悪い子には見えないけど」
「ゆきちゃんはこの人に会ったことあるの?」
「初対面だけど」
「ならおかしいって……!」
「いやいやわたし結構目立つ事もあるしこういうことあってもおかしくないって」
「確かに行動はエキセントリックだけど大して有名でもないゆきちゃんの名前をわざわざ調べてまで会いに来るなんて絶対何か裏があるよ……!」
「なにげに酷い言われよう」
「お話は終わりましたの? では、わたくしの話を聞いてくれるかしら?」
「うん!」
「うんじゃなくって」
「とりあえず聞いてみるだけだから! 大丈夫、なにもないってっ」
「ゆきちゃん~……」
不満そうで涙目なあかなちゃん。
そんなあかなちゃんの頭をなでなでして目つきのかっこいい女の子の方を見る。
「こちらで話しましょう」
黄緑色な女の子の先導に従っていくと、ひと気のない裏路地。
人の気配の途絶えた場所。
前を歩いていた女の子が振り返って黄緑髪が綺麗に翻る。
「申し遅れました。わたくしの名前は、桐乙めろん、ですわ」
「めろんちゃんだね! かわいくていい名前だね!」
「ありがとうございますわ」
めろんちゃんはクールで透き通った声質だ。聞いてて気持ちがいい。胸は結構ある。わたしと同じくらい。ちなみにあかなちゃんはあんまり大きくない。それをかなり気にしている。でもそんなところもかわいい。
「ではお話を」
めろんちゃんはただならぬ雰囲気だった。
「まず最初に、この辺りで最近起こっている異変をご存知かしら」
「異変……噂のこと? 変な気持ち悪い白昼夢」
「そう、それですわ。実はそれは、地獄から溢れ出してきた化け物が現世に近づいていることで起こっている影響なんですの」
「へ?」
思わずキョトンとしてしまう。突然非日常を当然のことのように言われたから。
「イッツアジョーク?」
「冗談ではないですわ」
「そですか……」
「信じられないかもしれませんが、事実なんですの」
断言。
「うん」
「話を続けても?」
「まあ、うん」
確かに、あの白昼夢は普通じゃなかったけど。
だから全くの嘘だとは思わない。
少なくともめろんちゃんはそれを信じている。
とりあえず、何とか話に追いつこうと努力することにした。
「その地獄から溢れ出してきた化け物が現世に辿り着いた時、奴らは人を襲いますわ。それを対処するのが特異機関という組織。わたくしが所属している組織ですわ」
それは、いつもならわくわくする非日常ワードで。
「地獄の化け物を倒せるのは特異少女と呼ばれる存在だけで、特異少女になれるのは特別な資質を持った少女だけなのですわ」
でも、なぜか今は全然わくわくしなくて。
「いつもなら、特異機関に所属する特異少女が対処していますの。でも、今他に戦える者がいないのですわ」
めろんちゃんが真面目だからだろうか。
「わたくしも特異少女なのですが。今は変身できない状態なんですの。この前の戦いで少し失敗してしまいまして、不甲斐ないばかりです」
いや、きっと違う。
「そして、今この近くで適合するのは、あなただけですわ、末野雪芽さん」
これは、楽しくないことだからだ。
「なので、一度だけでいいので、わたくしの代わりに戦ってもらえませんか?」
誰かが不幸になってることだからだ。
「そうしないと、この地域一帯の人々が、一人残らず殺されてしまいますわ」
めろんちゃんは、真摯に、裏表なく、真っ直ぐわたしに顔を向けて見ている。
「本当に、一度だけでいいのです。こちらの仕事だというのに、一般人に頼ってしまうのは申し訳ないばかりですが」
めろんちゃんは、頭を下げた。
本気でお願いをしてきている。
――――非日常は好きだ。
オカルト板とか毎日張り付いているくらいに面白いし好き。漫画もアニメもゲームもラノベも好き。
でも、悲しい非日常は好きじゃない。
人が不幸になる非日常は嫌い。
少し受け入れがたい内容で、覚悟を決めるために最後の確認をしたくなった。
「証拠は?」
「変身してみせるのが一番手っ取り早いのですが、わたくしは今変身ができません……なので証拠なら、映像は、偽造は幾らでも出来ますし、機関までいってというのも時間が…………そうですわ」
めろんちゃんは懐から一枚のカードを取り出した。
トレーディングカードゲームくらいの大きさのカード。
「このカードを持ってみてください」
「シールド展開?」
「違いますわ」
「おい、デュエルしろよ?」
「違いますわ」
「このカードで、わたくしたち特異少女は変身しますの。このカードはまだ誰とも繋がってませんのであなたにお譲りしますわ」
差し出されたカードを受け取る。
何も書かれていない無地のカードだった。
でも。
あ、確かにこれ、嘘じゃない。と思った。
非日常センサーに引っかかりまくってるのもあるけど、これからは説明のつかない超常を感じる。
恐らくわたしは本当に、これを使って変身できてしまう。
……イッツアピーンチ、なんてね。
「それ、わたしじゃないと――駄目だから言ってるんだよね……」
「そうですわね」
「そうしないと、みんなが危ないんだよね」
「ええ」
「…………」
私は少しだけ考えた。
「……でも」
めろんちゃんはそう言い、雰囲気が悲しいような、申し訳ないようなものに変わった。
「でも、もし命を掛けた戦いが嫌だというのなら、絶対に出来ないというのなら、自分が大切だと思う人たちを連れて、早く逃げなさい。この地域ではない、離れた地域まで」
それは、めろんちゃんの優しさだと気づいた。
「正直、実感は全然ないよ」
「はい、そうでしょうね……」
「だけど、もしそんな状況になって、わたししかやれる人がいないのなら、やると思う」
「……それは、やるということですわよね」
「うん、引き受けるよ」
「いいのですか?」
「頼んできたのはそっちだよ」
「そうですけど、かなり覚悟がいると思いますから」
「覚悟ができているかは分かんないけど、あかなちゃんたちを守る為なら何が起きても文句は言わないよ。そうしなきゃ誰かが死んでしまうのなら、するだけだよ」
「そう……なら、託しますわ」
「うん、託された」
貰ったカードを折れないように少しぎゅっとした。
「それでは、わたくしは地獄が更に近づいて化け物が出そうになったときにまた来ますから、これで。恐らく数日中には来ますわよ、既にかなり近づいてますから。心の準備をしておいてください」
「待ってめろんちゃん」
踵を返そうとするめろんちゃんを呼び止める。
「めろんちゃんって、何のスイーツが好き?」
「え?」
なにを言われたのかわからない、というような顔をするめろんちゃん。
「新しくできたケーキ屋さんのスイーツ、すごく美味しいんだけど一緒に行かない?」
「わたくしにそんな暇ありませんわ。使命がありますもの」
「今から一緒に行けないほど忙しいの?」
めろんちゃんは少し狼狽えて、言い淀んで。
「時間なら、少しは、ありますが……」
「なら一緒に行こうよ! あかなちゃんも一緒だよ!」
「あかなさんとは、さっきまで一緒にいた方ですわよね」
「うん、とってもかわいいんだよ!」
「はあ」
めろんちゃんは気の抜けた返事をしたあと、わたしの顔をじっと数秒くらい見つめて。
「わかりました。ご一緒させていただきますわ」
「決まり!」
色よい言葉を返してくれた。
裏路地から出てあかなちゃんの元に戻ると、心配そうな顔で走り寄ってきた。
「ゆきちゃん大丈夫だった? なんの話をしたの……?」
「内容は話せないけど、大丈夫大丈夫っ、めろんちゃんは安全安心優しい女の子だよ」
「そんなのではありませんわ、でも」
めろんちゃんがあかなちゃんを真面目な顔で見据えた。
「わたくしは、末野さんを騙したり、望まないことはさせませんわ」
めろんちゃんは真摯な瞳をしている。
「……うん……わかった」
あかなちゃんはそれを見て落ち着いて頷いた。
「私も警戒して、ごめんなさい……」
「いえ、当然のことですわ。怪しいのは自覚しておりますから」
「…………ん」
「わたくしの名前は桐乙めろんですわ。あなたは?」
「戸根尾沙赤奈だよ」
「戸根尾沙さんですね」
「そういうあなたは桐乙さん」
「あ、わたしは名前で呼んでほしいな。それかゆきでもいいけど」
「それでは雪芽さん」
そんなわけで、仲良くなった三人でケーキ屋さんに向かったのであった。
ケーキ屋さんの店内はアンティーク調で、よくわかんないけどなんかオシャレな曲が流れている。
目の前には、ショーケースに並んでいる華々しいケーキたち。
「めろんちゃんなんのケーキが好き?」
「レモンケーキですわ」
「めろんちゃんなのにレモンが好きなんだね」
「レモンが好きなわけではなくてレモンケーキが好きなのですわ」
「私はやっぱショートケーキかな」
「じゃあわたしは、パティシエの気まぐれにしよ」
一日ごとに品目が変わる、気まぐれに作ったスイーツらしい。限定感があってなんかいい。
注文して、三人でイートインスペースのテーブルに着いた。
フォークをシャキンと持ち、みんなで食べる。
「おいしいですわ」
普段はかっこいい顔してるけど、普段といっても少ししか過ごしてないけど、めろんちゃんの顔は第一印象とはかけ離れてとろけていた。
わたしのケーキは、なんだろう? なんだこの、なんだ??
ショートケーキのようなチョコケーキのようなミルクレープのようなミルフィーユのようなチーズケーキのようなティラミスのようなモンブランのような、なんというか、幾つもの種類のケーキが一つに融合されているようなカオスな見た目。
「融合召喚!」
さっきめろんちゃんから貰った無地のカードをそのケーキに掲げた。
「ゆきちゃんなにしてんの……?」
あかなちゃんは怪訝と呆れ、めろんちゃんもびっくりした様子。
まあとりあえず食べてみた。
フォークをサクッとパクッとね。
「まっず」
「真顔で言わないでよ」
「他のケーキは神なのになんでこれだけ……パティシエさん調子悪かったのかな」
「博打はするものじゃないってことだね」
「うん、チョコケーキとかにすればよかった」
「? 今から頼めばいいのではないですか?」
首を傾げるめろんちゃん。
「めろんちゃん、小市民のお小遣いを舐めちゃいけないよ。さすがに今日二個はお財布に厳しい」
「ならわたくしが払いますわ」
「マジですか!?」
「というより、今日の支払いは全てわたくし持ちでいいですわ」
「マジで!!?」
「マジでじゃないよ少しは遠慮しなよ……」
「あう」
あかなちゃんに窘められてしまった。それなりに冗談だったのに。
「わたくしとしてはこれぐらいさせてくださいと言いたい所なのですが」
「う~ん、そういうギブテクはのーせんきゅー。お友達がいいな」
「ギブテク?」
「ギブアンドテイクのことみたいです」
「こういうのはギブアンドテイクというより礼儀とか方面のことだと思いますわ」
「それでも一応やめとくよ。また今度機会があったらにしよ」
「はい、それでいいのなら」
「このケーキだって別に食べれなくはないと思わなくもないと言えなくもないし」
フォークをサクッとケーキをパクッと。
「まっず」
「だから真顔で言わないでよ……」
三人でケーキを食べてから帰って、そして夜になって。
「ふう」
わたしは今、お風呂上りにベッドで寝転がっている。
めろんちゃんから貰った無地のカードを照明の光に翳して眺めた。
やっぱり、不思議な力を感じる。
そうとしか言葉では表せないけど、感覚は確信を齎すほどこれは超常だと訴えてくる。
だから、もうすぐ地獄の化け物が襲来するのも、本当なんだろう。
具体的に何が起こるのかな。
そこんところ、詳しく聞いてなかった。
というか、文字通りだから詳しく言う必要がなかったのかな。
それとも明日辺りに説明してくれるのか。
敵は、どんな奴なんだろう。女児向け魔法少女ものアニメみたいにすごい魔法を一撃ずっがーんとブチ当てたら倒せるのかな。
それとも。
昨日の白昼夢を思い出す。
……あれは、そんな簡単なものに思えない。
不安が募る。
そのイメージを大切なあかなちゃんたちの顔で塗りつぶす。
あかなちゃんは大切だし守りたい。
めろんちゃんもかわいくて、なんとかしてあげたい。
守りたいな。
全部全部、不幸、悲しいことなんて吹き飛ばして、全部守りたい。
覚悟だけは、しておこう。
夜は深くなって、終わっていく。
日常が終わる音が、大きくなっていくような気がした。