1話 わたしは今日もるんるん♪
目がぱちくりと開く。
眠気が襲ってくる前にすぐに体を起こしベッドから離れる。
「わたしは、起きたあああああああああああ!」
叫んで目が覚めたらパジャマ姿のまま洗面所にダッシュ。
だっだっだっだっだ。走る。階段をとんとんとんとんとん、下りる。
洗面所でごしごしふきふき歯磨きに顔洗いと、ママ譲りの白色のような水色のような長髪の整えを済ませると、ダイニングへ。
両親は共働きなうえ朝早かった。今わたしは家に一人だ。
テーブルの上にフルーツグラノーラが置いてあった。今日の朝食。両親もこれを食べてお仕事の力をつけて元気にはきはきと家を出ていた。
冷蔵庫から牛乳を取り出して、お皿にフルーツグラノーラと一緒に入れる。
「るんるん♪ パパママ愛してるぅー♪」
フルーツグラノーラをぼりぼりもぐもぐ。
美味しいっ。
朝ご飯を食べると、制服に着替える。
「ワイシャツにブレザーにスカートにニーソー♪」
今日も登校っ。
通学路の空気もいつもの調子で悪くないー♪ 朝の空気がすがすがしー♪
今日も景色が美しい。
街路樹も、鳥も、犬も、人も、全てが美しい。
綺麗に見えて、実際綺麗。
思わずスキップなんかしちゃったりして。
学校へ到着、そして教室への到着。
「あかなちゃん、おはよー!」
「おはよう、ゆきちゃん」
この超絶可愛い女の子はわたしの友達の戸根尾沙赤奈ちゃん。
赤髪ツインテールで目も赤め、体が小さくて可愛らしい声質。聞いてるだけで癒されるよ。
あかなちゃんは、かわいいのだ。
「あかなちゃんは今日もかわいいなー♪」
「んみゃあああああああ」
抱きつきふにゅふにゅふみゅむみゅ。
なにこれ柔らかいかわいい良い匂い。
「ふふ、ふへへ、ふへへへへ」
「ゆきちゃん変態さんみたいだよ~」
「それはそうと昨日オカルト板でみたんだけどさっ」
「ゆきちゃんいつも言ってるけど怖い話はやめてよ~」
「怖くないよ面白い話だって」
「私は怖いの~やめて~」
抱きついたまま頬をぷにぷに。
「そんなこといってー、ほんとは気になってるんでしょー?」
「気になんないよ~」
チャイムが鳴った。
「それじゃあこの話はまたあとで!」
「別の話にして~」
難しいけど、楽しい授業をして、時が過ぎ。
そして、放課後。
「ねえねえあかなちゃん、今朝の話なんだけど――」
「美味しいケーキ屋さんができたんだって、一緒に食べに行こうよ」
「いくいくー! って、誤魔化さないでよっ」
二人でケーキ屋さんに来た。
展示ガラス内に並んだケーキたちを眺める。
「わーっどれも美味しそうっ」
「うん」
「どれにしよっかな」
背筋に何かが入ったような得体の知れない冷たさ。
「ねえ、あかなちゃん、今さ」
「うん……」
「寒気、しなかった?」
「冬だからね。私も今寒気がしたかもしれないけど、冬だからね」
「そっかー♪ 冬だからかー」
――。
「って、今のはなんか違うと思う、だって今まで感じたことないものな気がしたもん」
「やめて怖い話しないで。夜眠れなくなっちゃうよ」
「でも、わたしの非日常センサーにいい感じに引っかかったんだけど」
「そのセンサーろくなものじゃないよ」
「確かに嫌な寒気だったけど」
「もうやめよ、やめやめ~」
赤いツインテールをブンブン振り回して絶対拒否の意思を示すあかなちゃん。
「ま、この話は保留でまずはケーキ買おっか」
「保留じゃなくて永遠にしなくていいから~」
夜、わたしは自室のパソコンでオカルト掲示板を眺めていた。
そこでとある噂を見つける。
PCに食い入るように読んだ。
隣町で最近変な白昼夢を見たという話。
悪夢。変なイメージ。変な幻覚。白昼夢。
不穏なキーワードが散見される。
わたしの非日常センサーにめっちゃくちゃらに引っかかった。
「ということで、あかなちゃん、一緒に調べよー!」
「えええっ」
次の日の放課後、さっそくあかなちゃんにその話をして宣言した。
「絶対昨日の寒気とも関係あるってっ。腕が鳴るよー!」
「鳴らさないで~」
「ほら、いこ! あかなちゃん! レッツ、非日常っ!」
あかなちゃんの手を握ってダッシュ!
廊下では早歩きで、学校を出てからはまたダッシュ!
「もう~! お化けとか出てもゆきちゃんがなんとかしてよ~!」
ということで、隣町まで来ました。
「ぜえ……ぜえ……ここまでずっと走り通しって、何考えてるの……」
「さあ、聞き込みだー!!」
「ゆきちゃんスタミナあり過ぎだよ~……」
放課後の下校途中らしき女の子を見つけた。
「あ、そこの人! そうそう、あなたです!」
「わ、私……?」
「最近ここらへんで変な白昼夢を見たという噂を聞いたんですけど何か知ってませんか?」
「確かにそういう噂はあるけど、私は詳しく知らないな」
「そうですか! ご協力ありがとうございます」
あかなちゃんの元へ戻る。
「それじゃあ次いってみよー!」
「もう好きにして~、私はついてくだけだから~」
また二人で手を繋いで調査を進めていった。
夢中で調査を続けて、気がついたら空が橙色になっていた。
もう夕方かあ。
調査の収穫は特になかった。やっぱり噂通りに白昼夢を見た人がいたりいなかったり聞いただけだったり。
今居る公園にある時計から夕刻を告げる音楽が聞こえてくる。
ちゃらん♪ ちゃらん♪ ちゃらんぽらん♪ って。
それにしても。
「疲れたな」
「……それ……もっと早く……思って欲しかったなぁ……」
あかなちゃんはへとへとで両手を膝に当てて息を整えている。
ちょっと付き合わせすぎちゃったかな。
「わたしジュース買ってくるよ。あかなちゃんはそこのベンチで休んでて」
「うん……ありがとう……」
近くにある自動販売機まで歩き、内部の明かりを灯し始めた自販機の商品を眺める。
あかなちゃん疲れてるし、スポーツドリンクかお茶がいいかな。炭酸はあかなちゃん苦手だし。
よ~いお茶とアクエリアースを小銭チャリンチャリン投入購入。
ドタタンッと落ちてきたカンカンを抱えていざあかなちゃんの元に帰還、と歩き出す。 さすがにもう走るほどの気力はない。
――黄昏時。
黄昏時。
誰そ彼時。
逢魔時。
大禍時。
認識、ぐるぐるぐるぐるぐる。
お茶が手から離れて、落ちてカランと音を立てた。
何かが、ひたひたと近づいてきているかのような感覚。
でも、本当に何かが忍び寄ってきているわけではない。
周りを見ても、振り向いても、誰もいないから。
血。血。血。血が地面を浸していた。見渡す限り鮮血の光景。
鋭利なもの。鋭い刃物のようなものが散乱散見いっぱいある。
黒くて黒く、不定形な何か。
醜悪凶悪最悪。
わたしのほうに、その凶悪が手のない手を伸ばして。
――――――。
いつの間にか、元の場所。
夕暮れの公園。
静かな、靜かな、公園。
醜悪な存在も、血も鋭利も、何も無い、見えない。
変な幻覚。白昼夢。
今のが、もしかして、もしかしなくても、噂の白昼夢……?
だとしたら。
わたしは一つ、思った。
これ、やばい。
関わっちゃいけない系のやつだ。
冷や汗が、たらりたらりー、なんて。
なんて。
わたしは落としたお茶の缶を拾って砂とゴミを払い、あかなちゃんの元に戻った。
「はい、アクエリアース」
「ありがとう」
あかなちゃんはよほど喉が渇いていたのか、プシュッと缶を開けてゴクゴクいっぱい飲む。
ベンチに座るあかなちゃんの隣に座って、私もプシュッとゴクゴク。
「ねえ、あかなちゃん」
「なあに……?」
「やっぱり、調べるのやめよう」
「え、なんで?」
「あかなちゃん今日疲れたでしょ? それに怖いの苦手だし」
「今さら過ぎる……」
「とにかく、やめよう」
「いいよ、ここまで付き合ったんだし一緒に調べるよ。調べるといっても私はゆきちゃんと遊んでる感覚だから、ゆきちゃんと遊ぶってことならいいかなって」
「むむむ……」
「なにむむむって」
「好奇心は猫をも殺すっていうでしょー!」
「それゆきちゃんだけには言われたくなかったよ」
「真面目な話するとね、わたしもさっき、噂に聞く白昼夢を見たんだよ」
「え……」
「なんか、あれは一言でいうと、地獄の窯の中を覗いた、みたいな」
あれは、絶対によくないもの。
異常過ぎた。
「え、それって、怖い話?」
「そうだね。怖い体験だったし」
「待って待って待ってやめて分かったからもう調べなくていいから~!」
><でツインテールと腕をブンブン振るあかなちゃん。
そんなわけで、調査は中止になったわけであります。