絶望的な時こそポジティブに
人里から、少し離れた山の中。木々に囲まれ、チョロチョロと小川の流れる風景を見渡す。
季節は秋。まだ色づきはじめたばかりの木の葉がチラホラと、大地に乱雑で自然な絨毯を敷き始めている。自分達の歩く靴跡さえも、ここでは自然のドゥードゥルアート(『落書き』を意味する美術用語)に過ぎないのだ。
整備された人間社会では味わえない、自然の美しさがここにはあった。
「…あのさ、安藤」
山の景色に魅せられた長い沈黙を突き破ったのは、共に山登りをしている友人、神導寺広人だった。
「俺達…遭難してね?」
疲労感をにじませる彼に向かって、私は言った。「山に抱かれているだけだよ」と……
「いや遭難してるだろこれ!どうするよ!もうすぐ日が暮れるって!!」
腕時計を一瞥し、彼が声をあらげる。私は極力落ち着いた声でこう言った。
「まぁいいじゃないか。遭難なんて、人生の中でなかなか経験できるものではない」
「いや人生最後の経験になりそうなんだけど…」
うまい。
「いいよ感想はっ!!つかその変なしゃべり方やめろうっとおしい」
「わかったよ、君がそういうなら仕方がない。自然体で話そうか」
私こと安藤ゆかりは、体を回転させ、優雅に髪をなびかせる。
「…その無意味に絵になる動きと台詞回しは、間違いなくいつものお前だよ…」
彼はため息混じりに感想を述べた。
「ふむ、確かに僕は普段はこうだが、たまにドキリとするくらい儚いときもあるんだよ?」
「それは自分で言うことか?」
「君が知らないのだから、言うべきだろう」
「そうかい…」
彼は倒れていた木に腰かける。
「で、どうする?このまま日が沈めば、暗闇で下手に動くと危険。かと言って野宿しようにも、俺らは着の身着のままだ」
山の夜は冷える。防寒具がなければ、凍えてしまうであろう。
「僕と抱き合うかい?」
「できるかっ!!」
彼は即座に否定してきた。実に早い対応だ。僕は少しだけショックだよ。
「嘘つけ、目が笑ってるぞ」
「バレては仕方ない」
君をからかうと実に楽しくてね。
「あまり良い趣味とは言えないな…」
「そうかい?」
この上なく楽しいのに。君もやってみるといい。
「誰にだよ!」
「君にだよ」
「自分いじって楽しむってどんな永久機関だっ!!」
彼はツッコむと同時に立ち上がり、ハァハァと息を荒げた。
「あ~もういいや、行くぞ」
「ん?どこにだい?」
「決まってるだろ。街にだよ」
言うと彼は空を指差した。若干暗くなりかけの空に、夕月が浮かんでいる。
「月は東から昇るから、街はあっちだ」
「ほぉ、やるね、君。感心したよ」
「別に凄くねーよ。たまたま月が目に入っただけだ」
急ぐぞ、と。彼が急かす。驚くほどあっさりと、僕達は山を抜けた。
「どうしてあんなに迷ったんだろうな…」
「知ってるかい?山の神様は女神なんだ」
「へぇ…それがなにか関係あるのか?」
何もわかっていない彼を見て、僕は自然と笑みがこぼれる。
「それはね、内緒さ」
山の神様は嫉妬深いことで有名なのでした。
めでたしめでたしノシ