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壁の上  作者: 氷月涼
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深咲:回想

 蛍光灯の丸い輪の光が目の裏に焼きついて離れなかった。目を閉じてもそれは青い光の残像となっていつまでも居座っていた。お腹の痛みと共に。耳鳴りも続いていた。目も耳も体のあちこちが麻痺している。いずれこれらは元通りになるとわかっていた。でも消えないものがある。

 早く朽ちてしまえば、これらから逃れられるのに。消えないものすらわからなくなるはず。けれども一向に体は朽ちていかないのだった。


 昼になって寒気がして、目がまわるようになった。熱が出たようだ。すでに母は寝室で寝ていた。ふらつきながら台所へ行き、水道水を飲み、布団に倒れこんだ。

 母は隣の部屋にいるのに遠い。わたしが熱を出したことにも気づいていない。

 去年、わたしが熱を出した夜も母は仕事で出かけていた。熱が出てひとりで寝ているのはいつものことだった。でも、その夜は律子がそばにいてくれた。律子は宿題でわからないところがあって、わたしを訪ねてきて、台所のテーブルに突っ伏してぐったりしているわたしを見つけた。布団に寝かせて、冷たいタオルをおでこにのせて、そばについていてくれた。わたしは布団をおでこ近くまで上に引き上げて寝ているふりをした。涙を見られたくなかったから。

 これも今では大切な思い出。かけがえのない記憶を反芻している。


 わたしが小学生になる少し前に、それまでわたしの面倒を見てくれていた祖母が亡くなった。母は生活費を稼ぐためにわたしとはずっと離れて暮らしていて、祖母に仕送りをしてくれていた。物心ついた時にはすでに亡くなっていた父の姿は写真でしか見たことがなかった。母が大切にしまっている文庫本の著者近影。遠い存在でしかなかった。

 祖母が亡くなってそれまで離れていた母と一緒に暮らすことになって、この団地に引っ越してきた。別の棟に以前から住んでいた律子を登下校の際によく見かけていたけれど、声をかけるまでひと月以上かかった。声をかけてからは徐々に打ち解けて一緒に遊ぶようになった。警戒心の強いふたりらしい出会いだった。律子は人見知りする性質で、友だちも少なかった。同じく友だちを作るのが苦手なわたしと気が合って、いつもふたりでいるようになった。

 律子は運動が苦手で、学校ではみんなと同じようにはできないことが多かった。そのことで同級生から邪険にされることもあり、運動会の前には二人で一緒に走ったり、ダンスの練習をしたりして、少しでもみんなに認めさせてやろうと頑張った。律子はおとなしい性質で、あらゆる動作がゆっくりしているせいで、からかわれることもあり、学校でそんな場面に出会ったらすぐに間に入ってやめさせたりしていた。わたしはいつも律子の優しさや思いやりに助けられていたから、律子はわたしが守らなきゃとずっと思っていた。

 わたしの中でとても大きな存在になっていた律子がそばにいない。秋の終わりに突然、いなくなってしまった。律子からの手紙で一時的に親戚の家で暮らすことになったと知った。いなくなってしまったことで、わたしは律子という存在に依存していたことに気づき、なお、どうにもできない自分がひどくもどかしかった。

 転校した律子からは頻繁に手紙が来ていた。手紙は見つからないように敷布団カバーの中に入れて、敷布団の下に敷いて重ならないように並べていた。湿気を帯びてしまうのが欠点だったが、大事なものだから決して見つかってはならない。特にあの男には。


 朝、まだ新聞配達のバイクが走るような時間に、新聞受けに手紙が届く。学校の国語教師から。担任でもなんでもないが、何度か手紙は届いた。その手紙も決して見つからないように、同じように敷布団と敷布団カバーの間に隠した。


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