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壁の上  作者: 氷月涼
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深咲:律子への手紙

 律子へ


 長い間、手紙を書かずにごめん。律子からはたくさん手紙をもらっていたのに、わたしからは手紙を出さなくて本当にごめん。返事がなくて心配したよね。

 実はいろいろあったんだけど、誰にも何も言えなくて。律子にも言えなかったこと、水くさいと言われそうだね、ごめん。

 学校は三学期になってすぐに行くのをやめてて、最近、やっとまた行きはじめたんだ。もう三学期も終わるというのに。クラスではあんまりしゃべる人もいないし、気まずいけども、なんとかやってます。つくづく律子がいたからこそ、学校に行くことができていたんだと痛感したよ。

 律子はそっちの学校で楽しく過ごしているみたいで、良かった。

 わたしはたとえクラスで孤立していても、大学進学を目標にがんばると決めたんだ。母子家庭でお金がないからなんて言い訳してあきらめようとしていたけど、単に覚悟がないだけだった。だから、覚悟を決めてがんばることにした。大学を出て、いい仕事に就きたい、いい生活がしたい。そんな動機は学問に対して不純かもしれないけどね。


 母との仲は実は一旦こじれたんだ。母の男が原因で。驚かないで、と書いても驚くだろうけど、わたし、その男から暴力を受けていたんだけど、母はまったくそれに気づいてなくて、そんな母が憎らしくて、でも、母を守らなきゃと思っていたりして、頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 今はもう、母はその男とは別れてるんだけど、当時はその男のそばにいてあげなきゃと母は思っていたみたいなんだ。幼い時の経験を思い出してなのか、眠ると決まってうなされるその男を、母はかわいそうに思って、そばにいて支えてあげようとしていたみたい。一方で男が自分の娘にひどいことをしていたなんてまるで気づかずに。

 そうと知った時の母の顔は忘れられない。まさに青天の霹靂とはこのことだという、そんな表情をしていた。

 それからの母の決意と行動は素早いもので、わたしが驚くくらいだったよ。男に別れ話をしたものの、案の定もつれたらしく、合鍵を渡していたから危険だと思って、団地の玄関ドアの鍵をすぐに新しいのに付け替えたんだけど、それが正解だった。その男はしばらくの間、ドアを激しく叩いたり、蹴ったり、大声で母の名を呼んだり、暴言を吐いたりしていた。母もわたしもしばらく部屋を出られなかったけど、数日経つと、男の声がしなくなったので、母はまた仕事に出られることになってホッとしていた。わたしは学校へ行くために家を出るのが怖くて、もし、このドアのむこうにあの男がいたらどうしようと、いつも不安だった。だからしばらくの間、朝の登校時は母に頼んで人通りのある場所までついてきてもらっていたくらい。あんまり続くようだったら転居しようと母は言ってくれたけど、それ以降、男はアパートに来ていないから、転居せずにすんだよ。変わらず同じ場所に住んでいるから、安心してね。こっちに帰ってくる時は連絡して。会っていろいろ話そう。


 わたしが家に篭って、心を閉ざしていた時に、律子の手紙はわたしの救いだった。そして思いがけず、わたしを見てくれていた国語の先生が、時々、手紙をくれて、それもわたしに力をくれた。あきらめないで、一歩踏み出そうと思えたのはそのおかげ。

 

 正直に書くよ。まだ今はすべてのことを律子には言えないでいる。わたし自身の心の整理がついていないから。でもいつか、こんなこともあったけど、大丈夫、そう伝えられる日がくると思う。

 

 新学期になったら、学校でもう少し頑張ってみるつもり。律子ほどの子には出会えないだろうけど、人との出会いに対して、自ら可能性を閉ざしているのはもったいないと思えてきたから。新しいクラスで一緒になった人に話しかけてみようと思う。緊張するけど、受け入れてもらえなかったらどうしようとも思うけど。たとえそうだとしても、頑張ったということは残るから、ゼロじゃない。そんなふうに思ってる。

 律子が出会った素敵な人たちのこと、また手紙で教えて下さい。楽しみにしています。


 そして、何よりも律子に会える日を楽しみにしています。いつか、近いうちに。

                                     深咲より


今までお読みいただき、ありがとうございました。数多く存在する小説の中から、この小説に出会ってくださったことに感謝いたします。


近いうちに律子を主人公とした作品(十年以上前に書いた過去作品)をまた投稿するつもりですので、そちらもよろしくお願いします。

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