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壁の上  作者: 氷月涼
10/18

深咲:政恵からの手紙


 夢をみた。しろい、白い景色。目を開けるとあたりいちめん霧で真っ白で、なぜかわたしはふわふわと浮かんでいて、霧の海の中を漂っているみたいだった。

 霧の中に聳え立つ壁が見えた。壁の上には人が座っている。わたしはいつのまにかそちらの方に流されていき、壁の上の人の顔がはっきり見えた。

 国語の相沢先生。

 目があったとたん、視界は霧に覆われ、わたしは下に引っ張られるように落ちていった。


 *


 夜明け前に階段をそっとのぼる足音がして、玄関扉の新聞受けに手紙が差し入れられる。すぐに階段を下りていく音。音の気配がしなくなってから、わたしは布団から抜け出して新聞受けに挟まれた手紙を静かに取り出す。

 いつのまにか手紙を待っていた。律子からの手紙と先生からの手紙。今、わたしを外と繋ぐのはこれだけ。

 今日の手紙はいつもよりあきらかに分厚い。布団まで戻ってから封を開けると、学習プリントが何枚も入っていた。


 野本深咲さんへ


 今回からプリントを同封することにしました。学校からすでにプリントはもらっていると思いますが、今までの野本さんの出来具合から見て、物足りないかもしれないと思い、問題を多くしています。そして教科書だけではわかりにくいところをプリントにまとめてあるので、参考にして下さい。

 プリント作りには担任の大江先生をはじめ、学年の先生方に協力してもらいました。


 これでなるべく学習は続けて下さい。自分の未来のためにも、あきらめないでほしいと思っています。

 また、私の話になるのですが、私は事情があって母とは離れて暮らすことになり、児童養護施設に入所し、通信制高校へ進学しました。勉強をしながらアルバイトして学費を貯めて、通信制の大学へ入学し、奨学金とアルバイト代で学費を払い続け、なんとか卒業しました。人よりも時間がかかったけれど、こうして教師になることができました。施設に入所するまでは、正直なところ、勉強はほとんどせず、未来に希望を持ってはいませんでした。その時さえ過ぎてゆけばそれでよかったのです。でも、人は変われるのです。自分がそうなりたいと思って、努力すれば。だから、どうかあきらめないで、自分の未来の可能性を大切にして下さい。


 私と話したいと思ったら、下記の時間なら電話に出ることができます。気軽にかけてきて下さい。

 夜九時から十一時まで  090ー⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎ー××××


相沢政恵


 この手紙はわたしへの手紙ではない。先生自身への手紙。経験を語ってわたしの意識を変えようとしている傲慢さを感じて、手紙を引き裂いた。ただひたすら小さくちいさくして、布団の上に散らばった紙を集めて手のひらにのせて、勢いよく腕を振り上げた。

紙吹雪。ばかみたいだと自分の行動を嗤った。ひらひらとゆっくり舞い落ちた紙を拾い集めて、ゴミ箱に捨てた。

 またひとつ失くした気がした。


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