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「昔から君のことが好きだった。息子の婚約者だからと我慢していたが、もうそんな必要はなくなったようだ」

 この人は、ジャンリのお父様で、寂しがり屋の困ったちゃんの側面があっても立派な大人の男性で。何といっても伯爵という上級貴族。個性的な外見を一般的な貴族風に正しただけでジャンリとの血縁を確実に感じさせる美貌を発揮してとても驚いたんだった。奥様と離縁されてからは縁談が絶えないようだけれど未だ独身を貫いている。事あるごとに私に看取ってもらうのだと言っている。たしか21歳のときにジャンリが生まれたのだったから、私との年齢差は15くらい。私が24歳だからこの人は39歳。年を取るとボケて言動に責任が取れなくなる人がいると聞くけれど、39歳って随分早くはないだろうか。ジャンリの件で混乱しているのか。お医者様の手配をした方が良いのでは。


 あまりのことに思考がまとまらず、どうしたら良いのかもわからなくてつらつらと考えに浸っていたら、小箱を取り出し、私に向けてゆっくりと開いた。


「そ、そ、それは!!」

「婚約式が無事に終わったらお祝いにあげようと思って持ってきていたんだ」

 デュランダール伯爵家の家宝とも言えるカメオ!!

 精霊石に掘られたモチーフは女性の横顔と一角獣。緻密で繊細な彫刻はもちろん、あしらった宝石と金装飾が優美さを高めている逸品。王家の宝だと言われても納得するこれを、私に?


「私の求婚を受けてくれるなら、今からこれは、君のものだ」


「お受けいたします」


 深く意味を理解しないまま、反射的に頷いた。目はカメオにくぎ付けだけれど、デュランダール伯爵の後ろで頭を抱えた父が見えた気がした。


 手に口づけをされてから渡されたカメオの入った小箱を、震える手で受け取った。どの角度から見ても美しい。今まで、年に一度、私の誕生日のお祝いの時しか見せてもらえなかった、ジャンリの次に麗しいとさえ思っているカメオ。手に取ることは許されていなかったから、ここまで細部を見ることは初めて。


 これが、私のものだなんて!!!


 周囲の紳士貴婦人からの羨ましそうな視線が今ばかりは心地良い。数いる美術品蒐集家でもここまでの品を持つ者は少ないはず。


「デュランダール伯爵、貴方らしくもない。娘を物で釣るとは」

「娘が納得したら婚姻を認める、とおっしゃったのはクランディ男爵ですよ」

「しかし、カメオを見るまでは娘は了承するつもりはなかった」

「私の誠意に応えてくれたということでしょう。ところで、例の山と街道の権利はジャンリではなく、私とアリィスの子に継がせようと思うのです」

「なんと!!」

「デュランダール伯爵家当主の義父にならば、同等以上の鉱石が眠っている山と、その周辺の開発もお任せできますよ。魔獣が多く手が付けられなかったのですが、クランディ男爵ならば可能でしょう」

「おお…! まさか、貴方に義父と呼ばれる日がくるとは! なんと喜ばしい!」

「アリィス嬢は必ず幸せにします。お任せください」


 私の隣でそんな会話をする父と、婚約者となったデュランダール伯爵には、商売の匂いを嗅ぎつけた人々が群がっている。良い宝石でも出ると嬉しいなと思う。こんなに素晴らしい家宝をぽんとくれるくらいだ。可愛い妻のおねだりで宝石のいくつかくらい余裕だろう。婚姻が成立したら、まずは領地経営の立て直しから。そのための勉強はしてきた。全力で頑張って旦那様を支えよう。


「お取込みのところ失礼いたします」

 どうやら、婚約式の進行が滞ってしまって困っているらしい。それもそうだ、これだけ騒いでいては婚約の宣誓など誰も聞かない。


「行こうか、アリィス」

 カメオは一旦返し、エスコートされてホールへと歩く。今までジャンリを交えてだけれど交流が多かったから、違和感は全くない。

 むしろ、ダンスの練習はデュランダール伯爵にお付き合いいただいたことの方が多かったくらいかも。

 メルファナ様とジャンリの婚約式は行われない。騒がせた罰として向こう一年は婚約者として名乗ることは許されないということだった。


 精霊教会の巫が設えた場で、まずは精霊に縁が結ばれることを報告。次に王へ。それから列席者へ。とても緊張したけれど、人生経験豊富な私の婚約者に任せていたら驚くほどスムーズに終わっていた。ジャンリを導いてあげられるよう、予習とイメージトレーニングを積んでいたことは必要なかったようだ。頼りになる男性ってこういう人のことをいうのか。ジャンリと一緒に駄々をこねていた人と同一人物とは思えない。


 一通り終わって、当事者が感謝の意を述べていく。私たちの番だ。

「本日はお騒がせしてしまって申し訳ありませんでした。しかし未だ、私たちの婚約を信じられない方もおられることでしょう。ですので」

 一息置いて私をチラ見してウインクしてきた。とても嫌な予感がする。

「婚約式が終わったばかりですが、このまま婚姻の宣誓も行いたいと思います。皆さまの祝福をいただけますでしょうか」

 おおおっと湧き上がる列席者の歓声と、馬鹿な! と憤る父。母は、あらあらお熱いことと笑っている。

「私も来年で40歳になります。子供のことを考えれば、結婚はできるだけ早い方が良い」

 一日も早く新妻と仲良くしたいからではありませんよ、と笑いを誘いつつ子供のことを言えば、父もそれもそうだと納得した。親心よりも商人の理性が勝ったようだ。私の産む子供に利権がたっぷりついているからね。


 耳元で、「勝手に決めて申し訳ない。どうしても嫌だったら一緒に寝るだけで良いから」と優しく囁きながらも腰を撫でている手に、意外と強引な人だったのだなとジャンリとの違いをぼんやりと思った。

 そして婚姻の宣誓も無事に終わった。大々的な結婚式は領地に戻ってから行うことになっているから、カメオが映えるドレスを新調しないといけない。ああ、楽しみ。




 半年後、めでたくも妊娠が判明した。夫となったヴォルツ様も、両親も、ジャンリも喜んでくれた。

 社交界の話題をさらった私たちの結婚から半年しか経たないうちの慶事。結婚の祝いに劣らない数の出産祝いが届いた。領地の産業を立て直している現状、社交が滞らないのはとても助かるけど、根ほり葉ほり聞かれまくるのは面倒で仕方ない。

 皆が聞きたがるのは、私たち夫婦のことよりも、ジャンリのこと。メルファナ様との馴れ初めや、「責任」について。知らんがな! と言いたいのを我慢する日々。

 私が捨てられた令嬢のままだったら、さすがに核心に至らないように気づかいしてくれたのだろうけれど、同日に婚約と婚姻してしまった新妻。一部では財産目当てとか言われているけれどそれほど間違ってないから良い。尻軽と言われてないのが不思議なくらい。



 そして、また火種が勃発している。誰か助けて。


 爽やかな朝。最近すっかり恒例になっている、父と息子の言い争いが始まった。

「そろそろロワイーズ伯爵家にご挨拶に行ったらどうだ。そのまま婿に入れば喜ばれるぞ」

「私が婿に行く? そんなことになればアリィスが悲しみますよ。胎教のためにも、私が音を奏で呼びかけねばならないのです。メルファナ様も、きっと私のことなどお忘れでしょう」

「胎教のことは心配無用だ。父親の私がする。とにかく、婿に行かなくても良いから屋敷を出ろ。ここは私とアリィスの新婚生活の場だ。独身男の目には毒になろう」

 こんな感じで、食堂で顔を合わせるたび、出ていけ出ていくものか、と始まり、家令に怒られるまで続くのだ。私が口を挟むと長くなることに3回目くらいで気付いたので、放置している。


 思った通り、あれから数か月も経たずメルファナ様からの連絡は絶えたそうだ。直接は聞いていないけれど、実家の伝手によると隣国の貴族子息とのご縁があったようで、そちらに乗り換えたらしい。隣国の方が芸術に理解が深く、貴族の出演する歌劇もあるとか。歌も踊りも一流で、性癖に難はあれども明るく前向きなメルファナ様には良い環境なのではないだろうか。


「また見合いの申し込みが来たぞ。返事はしておいたから順に会っておくといい」

「勝手なことは止めてくださいと申し上げたはずです! どなたとお会いしても結ばれることはありません!」


 ジャンリの口から出た「責任」という言葉。24歳の耳年増の私は詳細を確認することもなく、メルファナ様が身籠られたかと思った。だから引いたのに、別の子息と縁付いたと聞き、どういうことかと問い詰めた。すると、驚くことに、抱きしめられて口付けを交わしただけだというのだ。そしてあの夜会のときに、妊娠したかも、と仄めかされて混乱の極みでああなったと。箱入りに育てすぎた…。


「私は決してアリィスから離れません。アリィスこそが私を包む宇宙、そして私が迷わないよう輝く星なのです」

「自分から捨てたくせに生意気なことを言う」


 怒涛の結婚から数か月が経って、落ち着いてからジャンリと話をした。メルファナ様にのめり込むほど私のことが嫌だったのかと。聞きたくないけど、どうしても知りたかったから。

「アリィスのことは大好きだよ。でも、いつも子ども扱いされるのがどうしても気になっていて。ダッソー先生がアリィスのこと覚えて。相談していたら、メルファナ様を紹介されて」

 ダッソー先生。忘れもしない、学院での短期間の恋の相手。不慣れな学院生活と、癒しのジャンリから離れて不安定になっていたとき、少しだけ心が揺れ動いた人。金の髪がジャンリを思わせ、ジャンリほどでないけれど整った造作と細く長い指が素敵だった。


「最初はダッソー先生と一緒にお会いしていたんだけど、そのうち二人でということになって。年齢差は仕方がないことなのに、一人の男性として見ていないのは真実の愛ではからだって言われて、そうなのかなって」

 メルファナ様とのことをダッソー先生は応援していたらしい。ちょっと粘着質な感じだったからこれ幸いと距離をとって自然消滅したけど、まだ根に持っていたのか。そういえばたまに無記名の花が届いていたけど、あれダッソー先生だったのかな。こわっ。


「父上はそうして、今だけの幸せに浸っていればいい。アリィスも私も、貴方よりも若い」

「何が言いたい」

「貴方がアリィスの夫でいられる期間はあとどれだけかということですよ。男として役に立たなくなったとき、若い妻が愛人を求めるのは普通のことだそうですね?」

 咽た。現実逃避しながらも何気なく聞いていたら、生意気な表情も可愛らしいジャンリの口からとんでもない言葉が。

 下世話な情報に疎すぎたから、執事たちにそれとなく教えてやってくれと頼んだけれど、何を教えてくれているのかしら。ギロッと睨み付けたら数人が逃げた。彼らの夕食には胡椒を山ほど追加するように厨房に言いつけておこう。


「私はまだまだ現役だ!」

「その日は突然やってくるそうですから。楽しみですね。ああ、でもそれほどにお元気ならば、噂に聞く、妻が妊娠中に浮気する夫とやらに当てはまるのでは。新しいお義母様が決まったら遠慮なく教えてくださいね」

「浮気などするか!! お前こそさっさと結婚しろ!」

「私はアリィス以外とは結婚しないと何度も言ったでしょう。早くアリィスの隣を空けてください」


 静観、静観。私は何も聞いていない。

 とりあえず、メルファナ様が早く帰って来るように精霊にお祈りしておこう。


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