一年目 春 五月半ば
あの鬼ごっこからはや数週間。その間に何回も聿之江倫翔から遊びに誘われたが、何とかして逃げている。学童の中から「木漏れ日の森」、果ては正門辺りまで逃げたりしている。
だが、何故か聿之江倫翔は私を見つけてくる。学童の中なら真横から、「木漏れ日の森」なら木の上から、正門辺りなら後ろから話し掛けてきて、手を掴もうとする。其れを全力で回避しながら別の場所に移動する。
これを繰り返すこと実に二十回以上。そろそろしんどい。
この逃走劇は仁志友香などの四年生が聿之江倫翔を遊びに誘うまで終わらない。すぐ捕まればいいのに聿之江倫翔の足が恐ろしく速いお陰でなかなか捕まえることができない。
…こんなことを考えている内にも聿之江倫翔はすぐそこまで来ていたりする。
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「倫翔、遊ぼう!」
よし、聿之江倫翔が四年生に捕まった。これで私の安全は約束された。学童に戻ってゆっくり本を読もう。
今私が居るのは野球用のフェンスの裏だ。地面から一メートル程の高さ迄がコンクリートで出来ており、しゃがんでしまえば表側からは一切見えない。おまけにフェンスの隙間からグラウンドの様子が見える。しかも、学童に結構近い。この場所最高。
さて、そろそろ戻りますか。聿之江倫翔達は…遠いところで遊んでいるな。楽しそうに笑ってる。
__良いなぁ。
「!?」
今私は何を思った?『良いなぁ』? 待て、何故そう思った?
疑問しか頭に浮かんでこなかったが、私の目は聿之江倫翔から離れなかった。
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…何とか学童に戻ってこれた。もう疲れたよ…。本当に本が読みたい。
学童の隅っこ。そこが私の定位置だ。本棚の真横というのがミソである。
今日はとある山奥にある料理店の話を読もう。
「ねぇ、りつかちゃんきいてよ!」
「へ?」
誰だ私の読書の時間を邪魔するのは! 思わず変な声が出たじゃないか!!
「りょうやが俺のこと猿って言ってくるんだ!」
「君はどう見ても猿でしょ」
「りつかちゃんまで!?」
しまった、本音が。
「ほーら、りつかまでそう言うんだからお前は猿だよ」
「猿じゃないよ!せめてチンパンジーにしてよ」
そっち? そっちの方が良いの!?
…そうだ。
「ねぇ、『ウキー』って言って?」
「? ウキー!」
眩しい笑顔で言ったよ。でも、その顔はどう見ても…
「「猿じゃん」」
「だから違うってばあああ!」
亮弥とハモって言った。確か…丹乃瀬智彦、だったっけ?こいつ、弄ると面白い。
「あ、そうだ。りつかちゃん」
「何?」
「りつかって呼んでいい? 後漢字おしえて!」
「…別に良いよ」
そうして私は、丹乃瀬智彦に私の漢字を教えた。教えた後の丹乃瀬智彦の顔は、とても嬉しそうだった。