一年目 春 四月末 その二
鬼ごっこ開始から数分。今私は学童とは真反対の木の群衆の中にいる。学童迄の距離は大体百メートル以上という位だろうか。
私の通っている小学校は正門以外の周囲を草木で囲っており、学童付近は「木漏れ日の森」というちょっとした森がある。正門といっても二つあり、北門と南門と呼ばれている。「木漏れ日の森」は割りと広い。
私が今いる木の群衆は少し小高い丘になっており、グラウンドの様子がよく見える。
とりあえずは草木の裏を通って「木漏れ日の森」迄行こう。他の人はグラウンドではしゃいでいる。今の鬼はおそらく四年生だろう。聿之江倫翔も交じっているが、時々何かを探すように周囲を見回している。
よし、逃げよう。聞こえていないかもしれないが極力物音を立てないように、尚且素早く。
先ずはこの丘から周囲の草木迄移動する。姿勢を低くして一気に駆ける。草木が多い所で身を屈めてグラウンドの様子を見る。
…気付かれていないな。
なら次は「木漏れ日の森」に限りなく近付く。今度は一気に行かず、グラウンドへ視線を向けながら進もう。慎重に、慎重に。
学童迄後七十メートル……六十メートル…五十メートル……っと、半分いったかな? 一旦グラウンドの様子を見よう。
皆元気に走っている。
…と、突然走っていた聿之江倫翔が足を止めた。そして私の方へと目を向けた。
「!?」
今…目が、合った?
いや、あちらからは私は見えない筈だ。たまたま聿之江倫翔がこちらに目を向けただけだ。そうだ、絶対そうだ!
「ターッチ!」
「うわっ!?」
立ち止まっていた聿之江倫翔を鬼であろう四年生がタッチした。そうして、聿之江倫翔の目はあちらへ戻っていった。
今直ぐここを離れよう。見つかる前に。
そう思った瞬間に私は駆け出していた。
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「ハァ…ハァ…」
息を切らして学童へ戻って来た。
「どうしたんだよ、そんなに慌てて」
「!…何だ、亮弥か」
「めずらしいなお前が外なんて」
こいつは深野辺亮弥。保育園が一緒だった。特に会話らしい会話はした記憶は余りないが、何かと話し掛けてきてくれた。因みにご近所さんだ。
「りょうやー、その子だれ?」
「とも!こいつはしもとりつか。オレと同じ保育園だった」
「へぇ~。オレはにのせともひこ!漢字はこう書くんだよ」
何処からともなく紙と鉛筆を取り出したにのせともひこは、字を書いて得意そうに見せてきた。
『丹乃瀬智彦』
歪な形だけど、その年で自分の名前を書けるのは驚くな…。しかも地味に難しそうな字だ。
「よろしくね、りつかちゃん!オレのことは『とも』って呼んで」
「…よろしく」
今日はとんでもない日だ…。