アメリカ人 ロバート
「インターネットで見たんだけどさ、最近日本のお弁当が世界中で人気らしいよ」
「へー、ここの所話題のキャラ弁とかですか?」
「そうじゃなくて、普通のお弁当が」
世界中で日本の普通の「お弁当」が絶賛されている。
ランチボックスにいろんな品目を飾りよく入れる日本の弁当は中々世界中探しても
ないらしく、アメリカの学校に転校した子供が普通に弁当を持っていくと、たちまち
クラスの「ヒーロー」になってしまった程だと言う。
最近は保温ジャー式になっている弁当箱や可愛さを重視した弁当箱が多いが、私の父は
いわゆる「ドカ弁」を毎日使っていたという。それも粗末なおかずで、ご飯だけは大盛り。
「海外ではタコさんウィンナーとか、うさぎリンゴって無いんですかね?」
「あまり無いんだって。アメリカのお弁当とかは、サンドウィッチとバナナだけとか、
ひどいのになるとリンゴ丸ごと一個だけとか。アメリカのリンゴはシャリシャリ感
よりもホクホク感があってお芋みたいだからお腹に貯まるらしいよ」
そんなことを話していると、Barのドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
「Hi, Good evening, Hitomi, Miki」
「あ、ロバート、Good evening!」
入ってきたのは長身の外国人男性。半年くらい前に仕事で日本にやってきたアメリカ人だ。
アメリカにいた頃からBarやバルが好きで、日本に来てからよくここへ来ている。
多少は日本語を喋れるけど、まだまだ分らない言葉ばかりだと苦労している。
もちろん、食べ物の方も…。
「今日は、ボスに、寿司ショップへ連れてってもらったよ」
「へー、お寿司かぁ。なに食べたの?」
「Huum, ツナ(マグロ)、ウニ、あと、オクトパス(蛸)やスキッド(イカ)にもチャレンジしてみたよ」
「アメリカのお寿司屋さんとこっちとはやっぱり違うの?」
「USAの寿司ショップとは味もイメージも違ったね。やっぱり日本の寿司は美味しい。USAでは
カリフォルニアロールって言ってさ、変なもの巻いてあるしさ」
ロバートはヒトミちゃんが出してくれた生ビールを飲みながら、手で寿司を食べる真似をする。
余程日本の寿司が気に入ったようだ。
「もう日本に来て半年になるなら、結構日本独自の物も食べたでしょ?…はい、これ突き出し」
そう言ってヒトミちゃんが出したものは、辛子明太子。常連の加代さんが福岡土産でたくさん
買ってきてくれたのを出している。不思議とウィスキーに合うから、私もついつい食べて
しまったのだ。
「What,これは?」
「まあまあ、食べてごらんよ」
ロバートはおっかなびっくりといった感じで辛子明太子を口に運ぶ。
口に入れて一噛みした瞬間、店のなかに野太い悲鳴が上がった。
「WOOOOOOOOOOOOOOWWWWWWWWWW!!!!!! Water Please!! WAAAATTTTEEERRRRR!!!」
「そんなに口に合わなかったの??」
「何と言うか、このsmellがダメね。あとプチプチしたfeelingも…」
「そりゃあスケトウダラの卵だしね…」
「これ、フィッシュのエッグ??Egg of raw fishなんて初めてだよ」
「お寿司屋さんでイクラ食べなかったんだ。じゃあ生卵も無理?」
「Oh, my Gosh! Raw eggはとてもムリ!こないだランチの時にボスがご飯にかけて食べてた
のを見たときは、サプライズだったよ!」
やはり卵かけご飯は拒絶反応を示すようだ。
日本の卵はそれなりの鮮度で信頼できる為に生食できるが、アメリカでは市販の卵を生食する
のはもってのほからしい。外食産業でも、卵は必ず火を通して出さなければいけないらしいので、
卵かけご飯をアメリカで食べるのは結構な至難の技だと聞く。
「Another,梅干や納豆、味噌汁とか日本のものtryしてみたけど、ダメだったよ」
「私たちにとってはどれも昔から慣れ親しんで、大好きなものなんだけどね。ねぇ、美紀さん」
「そうそう。ロバート、他に食べたけどムリだったものは?」
「後は…、メカブ、ワカメ、日本酒もダメだった」
「えー?日本酒が??」
私とヒトミちゃんは思わず声を合わせて叫んだ。
よくよく聞いてみればロバートが飲んだという日本酒は、コンビニで買ったパックの酒。
いわゆる「普通酒」というやつで、アル添、糖類使用の甘い日本酒だったそうだ。
「そんなの飲むからいけないんだよ。ヒトミちゃん、確か武勇の純米あったよね」
「はい。確か冷蔵庫に… あったあった。山廃純米がありますよ」
「ロバート、私がおごるからさ、これ飲んでみなよ」
「Ehh? But,日本酒は…」
「それはロバートがまずい酒を買って飲んじゃったからだよ。これは絶対おいしいから!」
躊躇するロバートをよそに、ヒトミちゃんはちゃっかり3つグラスを出すと、「武勇」を
注ぎだした。「武勇」は茨城県に蔵元があり、強い味を特徴とする。特に山廃純米は強い
米の味と程よい酸味、苦味がして、ドッシリとした重厚感ある日本酒に仕上がっている。
これならワンカップの普通酒とは雲泥の差で、ロバートにも飲めるんじゃないだろうか。
「さあ、飲みなさい!日本では駆け付け三杯って言葉があるんだから。Let's drink!!」
「o...OK. I should try Japanese SAKE!!」
そう言うとロバートはグラスの日本酒を煽った。
「どう?」
「・・・??Wow,great!! コンビニで買ったのとは全然differentだよ!」
「そりゃあそうよ。普通酒と山廃純米とは全然違うしね」
「なんか、beerよりtastyかも」
「なら今度お寿司屋さん行ったときは是非日本酒飲みながらお寿司食べてみなよ。絶対美味しい
からさ」
思惑通りにすっかり「武勇」を気に入ってしまったロバートは、なんとほとんど一人で一升を
空けてしまった。私にとってはちょっと「痛い」出費になったが、一人のアメリカ人が日本酒を
大いに気に入ってくれたことを考えれば、悪くない。
ほろ酔い気味のロバートは気持ちよさそうに笑いながら話しかけてきた。
「そういえばHitomoとMiki、日本のLunch Boxに興味あってね」
「ああ、お弁当?実はロバートが来る前に、美紀さんとそれについて喋ってたの」
「奥さんは作ってくれないの?」
「Wifeはcookが上手くないし、USAのlunchはsandwitchにbananaかappleだしさ。オフィスの
girl達が毎日Lunch Box持ってきてるんだけど、それがvery wonderfulでね。あんなにsmall
なboxの中に、どうしてあんなにもbeautifulにfoodをin出来るのかと思ってさ」
やはり外国人の日本の弁当に対する評判は嘘ではなかったようだ。
私は高校の途中まで、母の作ってくれた弁当を持って行っていたけど、そこまで「すごい」と
思ったことはない。しかし今思うと結構な手間だし、毎日欠かさずによく作ってくれたと思う。
私はせっかく日本にいるロバートにもそういう経験をしてほしくなった。かといって、コンビニや
弁当屋の弁当ではどうもダメだ。
「そうだロバート!月曜日のお昼のお弁当、私が作ってあげるよ!」
「Really? Miki、作ってくれるの?」
「うん、日本人の標準的なお弁当、私が作って食べさせてあげるから」
「美紀さん、日本人代表として、頑張ってくださいね」
月曜日の朝。いつもより一時間早く起きてロバートの弁当作りにとりかかった。
ついでなので父の弁当も一緒に作る。
「美紀が弁当作ってくれるなんて、珍しいじゃないか。あ、もしかして男に作っていく
ついでだろ?いやー、紬に続いて美紀もか!そうかそうか」
何やら激しく勘違いしている父を余所目に、私は卵焼き、タコ足を模したウィンナー、
唐揚げ、ほうれん草のおひたし、うさぎリンゴ、梅干しを乗せたご飯を弁当箱に詰めた。
果たしてロバートは弁当箱を開けたとき、どんな声を出すだろうか?
梅干しをそのまま残して弁当箱を返してくるだろうか?そんなことを思いながら、食文化の
違いってのはあって当然だし、あるからこそ面白いんだなと実感するのだった。
12時、市内のオフィスにて・・・
「Wow, Wonderful!!」
「お、ロバート、今日は弁当か。奥さんが作ったにしては、えらく日本的だね」
「My Girl Friendがcookしてくれたんだよ」