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ラムの大晦日

大晦日。

いつもならヒトミちゃんの店で年越しをするが、今年はBarは休み。

というのも、ヒトミちゃんに私の家の調理などを頼んでいるからだ。

妹の婚約者の竜也くんが来るため、それなりのもてなしをしなければならないだろうから、

調理と酒の準備をヒトミちゃんにお願いしたのだ。

妹が所望したウーロンハイも、凍らせたグラスがあるので、最上のものが出来そうだ。


朝からヒトミちゃんと私と妹で料理をして、随分な品目が出来た。

父がたまにキッチンに顔を出しては、つまみ食いをしていく。


「お父さん、あとでたっぷり食べていいからさ、大人しく向こうでビール飲んでて!」

「竜也の分なくなっちゃうでしょ!」

「はいはい。全く女三人寄ればかしましい、か」


昼に竜也くんが来て、みんなで一通り会食する。

ヒトミちゃんがシェイカーやミキシンググラスを持ってきてくれたので、ちょっとした

カクテルなんかも作ってもらった。

普段強い酒を飲みつけてない妹は、ちょっと強めのウーロンハイを飲んでかなり酔って

しまった。竜也くんも私のラフロイグを飲んで、随分ご機嫌だ。

父は父でジントニックを何杯も飲んで、さっきからヒトミちゃんにセクハラ質問を連発

している。


「あー、なんか眠い…」

「竜也くん、紬を部屋まで連れてってくれる?もうダウンしてるから」

「はい」


ウーロンハイにモスコミュールを何杯も飲んだ妹は既につぶれかけて、テーブルに

うなだれている。竜也くんが引っ張って部屋まで連れて行ってくれた。


「全く、お酒強くないのにガブガブ飲むんだから…」

「ハハハ…。お義父さんも寝ちゃってますね…」

「ま、三人で飲みましょ。お二人とももうちょっと飲めますよね?」


そう言うとヒトミちゃんは材料を入れてきていたキャリーバッグからボトルを取り出した。


「おー、ペール・ラバのブランじゃん。しかもオールドボトル」

「え、なんですか?これ」


ペール・ラバは、アグリコール製法で造られたマルティニーク島のラム酒で、ワイルドな

味わいが特徴だ。雨水を使って蒸留したと言われており、かつてはカリブ海の海賊が

愛飲していたと言われている。このことは作者が、ラム酒の祭典「ラムフェスタ」で、

実際に蒸留所の人に聞いたことであるので、間違いではないだろう。

特にこのブラン(ホワイト)は、素晴らしい香りと味を誇る、ホワイトラムの中でもかなり

最上位だと言っても過言ではない。


「へー、ラム酒ってあまり飲んだことないです。お菓子の材料くらいしか知らないから」

「ラム酒は美味しいよ。ケーキとかの材料じゃなくて、主役としても十分いけるから」


私たちはペール・ラバをチビチビやりながら、残っているハモン・セラーノやピクルスを

食べる。生ハムであるハモン・セラーノはワインも合うけど、こういったラム酒のストレート

も結構合うのだ。スペインのバルで飲んでいる感じになれるのだ。ピクルスはキュウリや

ニンジン、ベビーコーンはもちろん、ゆで卵やプロセスチーズのもある。

ラム酒というのは度数が強いが飲みやすく、いろんなものに合わせることができるのだ。

ヒトミちゃんはさっきからシボンボンショコラを食べながら飲んでいる。


ボトルの半分くらい空いてしまった所で、さすがに三人ともペースが落ちる。

さすがの私も少し酔ってきたようだ。ヒトミちゃんも顔を真っ赤にしているし、竜也くんも

ずいぶん酔っているのがわかる。私は酔いにまかせて竜也くんにあらぬ質問をしてみる

ことにした。


「ねぇねぇ竜也くん。紬とはどれくらいのペースでやってんの?」

「え?」


竜也くんは驚て赤い顔をこちらへ向けた。いつもなら制止するヒトミちゃんも、酔っている

せいかワクワクしたような目でこちらを見ている。


「あの、…まだしたことないです」

「ハハハ、嘘はいいから。紬もおお父さんも寝てるんだしさ、ホントのことお義姉さんに

 教えてくれてもいいでしょ?」

「その、ホントにしたことないです!」

「は?マジで!!?」


思わず私とヒトミちゃんは声をあわせて叫んでしまった。


「実は、僕童貞なんです。だから紬には何回か迫られてるんですが…、どうも自信が

 出なくて。だから、結婚したら、しようとか思ってて…」

「今時珍しい子だねー。珍しい馬鹿だよ。珍バカっていうか・・・」

「ちょ、ちょっと美紀さん!」


ヒトミちゃんが小声で叫びながら私の方を小突く。

しかし今時珍しいものだ。婚約したのに、肉体関係が一切ないというのは。

それ以前に竜也くんもこの歳になるまで童貞ってのも珍しい。


「ある意味竜也くんって、アグリコールラムみたいだよね」

「はあ。例えば今イチわかりませんが…」

「要するに、アグリコールラムってのはすごく手間と時間のかかる製法で作った珍しい

 ラムなわけ。だから」

「それならヴィンテージワインでも、秘蔵ウィスキーでも同じじゃないんですか?」

「違うの!ラム酒ならではのピュアさってのかな?まだまだ知名度は低いけど、十分な

 素質がある感じの。まさしく竜也くんじゃない?」

「は、はぁ・・・」


そこまで言って顔を上げると、ヒトミちゃんがまるで鬼のような形相で私を睨んでいた。

さすがにまずいと思い、


「さ、さあそんな話はさておき、これ飲んじゃおっか!」


私はヒトミちゃんのグラスに真っ先にラム酒を注ぐ。


今年も色んな人、酒に出会い、色んな酒にまつわる出来事に合ってきた。

それも全て、Barという空間と、酒という特殊な飲み物を媒介として生まれたもの。

マスターのことを思い出したことも何度かあったし、忘れようとした日も何度かあった。

それは、あのBarには永遠にマスターの温もりが残っているからで、ヒトミちゃんには

マスターの技と味が残っているから、だろう。

だからヒトミちゃんを愛することは、マスターを愛すること、になる。のかもしれない。


そんなことを思いつつ、三人で馬鹿話をしながら除夜を迎えるのだった。

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