そして世界は暗転する
第2ボーダーラインに向かえばだんだん銃声が聞こえなくなる。
「銃声、聞こえませんね。終わったのでしょうか」
「いや、あの数だとまだ終わるはずがない」
「それは…」
最悪の状況が頭を過る。
「今は第2ボーダーラインまで急ごう」
「はい」
歩みを進めようとすれば、
「危ない!」
弥生さんの声と共に押される身体。
先程立っていた地面は大きく抉れていた。
そして目の前には大型のオニ。裂けた大きな口と牙。きっと変異型だ。
こんなところまで入り込んできたのか。
「ウオォォォッ!」
咆哮と共に発せられる威圧感。
今にも気を失ってしまいそう。
震える足を叱咤して、鬼銃を握る。けれど、腕も震えて照準が合わない。
「俺がここで食い止める。その間に君は本部へ」
弥生さんの声と共に発砲音が続く。
「そんなっ…無理です!」
「無理じゃない!やれ!命令だ!
第一ボーダーラインとこの状況を本部へ伝えないと被害は広がる。行けっ!」
怒鳴られ、反射的に動き出す。
「すぐ、応援を連れてきます!」
弥生さんは満足そうに笑って頷けば、またオニへ発砲を始めた。
私は走った。
第2ボーダーラインまで、弥生さんのもとへ応援を連れて来るために。第一ボーダーラインの人たちの応援を呼ぶために。
肺の中の空気はカラカラで、足は棒になって立ち止まりそうになっても、必死に走った。
もうすぐだから。
もうすぐ第2ボーダーラインだから。そう思ってたのに。
背筋が凍るような恐怖心が駈け上がる。
風が唸るような音と共に、地面が揺れる。
バランスを崩して転げ、見えたのは大きな牙と滴るアカ。
オニだ。
「っ…まさか…こんなところまで?」
逃げ道を探してと顔を逸らせば、音を立てて落ちた上腕が目にはいる。
太陽の光に反射したのだろう。キラリと装飾品が光る。
どくりと心臓が嫌な音を立てる。
ただの時計なはずだ。
軍からの支給品で、私も持ってる。
けれど、その時計には時計盤に傷がついていた。アイツとの訓練中につけた傷。
「夜久…?」
まるで正解というようにオニは嗤った。
それを見たとたん、私は目の前が真っ赤になって、鬼銃をぶっ放していた。
冷静に考えれば、感情がないと言われているオニが嗤うはずない。
けれど、夜久を殺られた私は、憎しみと殺してやるという感情しか頭になかった。
「このやろっ!殺してやる!」
何発撃っただろうか。鬼銃からはカチャカチャという音しか聞こえなくなる。
オニは、そこで息をしていた。
変異型だったのかもしれない。
オニは咆哮をあげ、腕を振り上げた。
死ぬのか。
オニの腕を見ながらそう思った。
死にたくない。
夜久を殺したコイツを仕留めるまでは死ねない。
鬼銃を握りしめる。でも、もう術弾はない。
どうすればいい?
――――『もうダメだと思ったときにはね、神様にお願いするんだよ』
祖母の声が聞こえる。
――――『かみさま?』
――――『そうさ。神様に一生懸命お願いするんだよ。力を貸してくださいってね』
――――『おばあちゃん。かみさまなんかいないのにおねがいしてもたすけてくれないよ。』
――――『いいや。神様はいるよ。いつでも咲良ちゃんの近くで見守ってくれてるんだよ。』
――――『ふーん…』
――――『だからね、困ってどうしようもない時には神様に一生懸命お願いするんだよ。―――――と』
「あまねき、諸神に、帰依し奉る。
除災の星宿に、八百万の神よ。
我に加護を、与えたまえ。
神の息吹よ、かの厄災を打ち払え!」
手を払った瞬間、風が吹き荒れオニは咆哮と共に倒れた。
「はぁ…はぁ…」
荒い呼吸音が耳につく。
足は震えて立っていられなくなる。座り込んでは不味い。
オニがここまで入り込んできたのならば、すぐに伝えに向かわないといけない。頭ではわかっていても、動けず、目には腕時計をはめた腕だけが映っていた。
「朝比奈!」
私を呼ぶ声が聞こえる。
「おい、しっかりしろ!おい!」
力強く抱き寄せられ、相手の顔が見える。そこにいたのは狡噛教官だった。
「狡噛、教官…私…」
狡噛教官は倒れたオニと私を見比べながら、私を呼ぶ。けれど、そこで私の世界は暗転した。
「朝比奈?おい、朝比奈!」