出撃 5分前
「お前の俺に対する評価はよくわかった」
背後から低い声が聞こえる。
ぎこちなく振り向けばそこには話題のあの人。
狡噛 司一等正
目付きが鋭くて眉間にシワもたまにある。まさに悪人面ってやつ。
その上、口を頗る悪い。
「司も彼女にかかればちびか」
「うるせぇ。和人。笑ってんじゃねぇ」
各務 和人 一等正
甘いマスクに反して酷しいことをばんばん言ってくる。
「朝比奈。お前の先程の言葉だがな。上に挙げれば罰則もんだ。まぁ、俺はいちいちガキの戯言に目くじらを立てるつもりはないが…今後の指導に影響が出ない保証はねぇ。心しておけよ」
立ててんじゃん!
がっつり気にしてんじゃん。このくそちび!
睨むように狡噛一正を見ていれば、興味をなくしたように狡噛一正は視線を逸らす。
勝った!
いや、勝負してた訳じゃないけど…この男だけには負けたくない。
「そうだ、朝比奈。昼の訓練までに腕立て100回やっておけ」
やっぱり、こいつ嫌いだ。
「おい、返事」
「はっ!」
こいつ…!
背だけじゃなくて心も狭いのかっ。
去っていく上官に思いきり舌を出す。
「お前…怖いもん知らずだな…」
「俺、寿命が10年くらい縮んだよ…」
そう言って二人は近くの椅子に座り込んだ。
いつの間にか人も疎らになっている。
「別に…」
「違う意味で死に急いでないか?お前」
「は?別に、死に急いでない。」
「いや、上官に向かってあれは…もし、上に報告されて侮辱罪で懲罰を食らってたかも知れないんだよ?」
東雲に諭されるように言われてしまえば、言い返せなくなる。
わかる、わかるんだけど…。
「やっぱり、気に食わない」
そう呟いて、肉を口に含んだ。
突如けたたましく鳴り響くサイレン。
それとともにオニの出現を知らせるアナウンスに緊張が走る。
張りつめた空気を裂くように狡噛上官の声が響いてくる。
「訓練生も補給隊として出る!1200までに第1格納庫まで来るように!」
「咲良。」
「うん、行こう。」
「訓練生まで駆り出されるくらい人手が足りないのか…」
第1格納庫に急ぎながら結城が呟く。
訓練生の空気はピリピリとしたものになっていく。
当然だ。初めてオニと対峙する者が殆どなのだから。
「最近、オニの動きが活発化してるから。各部隊も飛び回ってる」
「そうか…訓練じゃねぇんだよな」
「そうだよ。これは訓練じゃない。オニ討伐だよ」
そう。これは訓練じゃない。
その一言を噛み締めて足を動かす。
そうじゃないと、今にも足が止まりそうだった。
「オニは…私の敵だから。必ず全滅させる」
「あぁ。そうだな」
第1格納庫にやってくれば既に多くの訓練生が列を成していた。
前方の訓練生は既に物資を受け取っているようだ
「訓練生は物資と鬼銃(対オニ討伐用弾薬を込めた討伐用拳銃)を受け取り、速やかに各班の教官に指示を仰ぐように!」
後方では部隊長が訓練生の指示を行っている。
「物資を受け取って、狡噛一正の元に行かないと」
「狡噛一正の…」
「ほら、そんな顔しない。」
露骨に顔に出した私の手を引いて物資を受け取りにいく。
すれ違う訓練生の顔は強張っていた。
補給隊として参加するといっても戦場だ。何が起こるかなんて予測できない。
「朝比奈!」
「夜久」
数メートル先から声をかけてきたのは夜久 飛鳥。
私が配属されるはずだった第一部隊の一等兵だ。
「大丈夫か?朝比奈。怖くて震えてんじゃねぇ?」
「まさか。武者震いだよ。夜久こそ布団に潜って隠れてたら?」
「なにを!?」
「なにさ!」
思いきり顔を背ける。
夜久の震えてた腕も、私の強がった声もお互い見ないふりだ。
怖くて怖くて仕方ない。けど、こいつにはそんなとこ見られたくない。
「朝比奈。生きて帰ってこいよ」
「なにを…当たり前。こんなところで死ねないから。オニなんて華麗に一刀両断して見せるから。精々指を咥えて見てれば?」
「俺たち訓練生は補給隊だよな」
「まぁ…いいんじゃない?」
こそこそと話す結城と東雲を睨めば肩を竦められる。
周りを見ればみんな同じような反応に納得がいかない
「くっ…相変わらずアホだな」
「喧嘩なら買って…「帰ってこいよ。絶対にだ」
いつになく真剣な表情の夜久に思わず頷く。
その返事に満足したのか、踵を返し自身の部隊に戻っていった。
私たちも狡噛一正の元に行くため歩みを進める。
「夜久のやつ、いつになく真剣な表情してたな」
「あいつ、第一部隊だったよな。多分、この作戦の突撃部隊だろう」
突撃部隊…。
夜久が歩いていった方向を見る。夜久の姿はもうそこにはなくて戦場に向かう軍用車両や人の姿があるだけだった。