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第八話

 明朝。

 日が昇らないうちに叩き起こされ、身支度を済ます。

 なるべく早いうちに出発をし日が昇っているうちに野営地を決定しなければ、野営を行うための準備もままならなくなるらしい。

 もっとも強力な光源を確保できれば問題ないのであろうが、太陽のように強力で周囲を明るく照らすと言うのはあまり現実的ではなかったので、結論はやはり早朝、となるわけだ。


 そんなわけで日が昇る頃には既に馬車の中で揺られる羽目となっていた。

 昨日と違って体調も悪くないので、体調面ではあまり苦ではなかったのだが、やはり何もなくただただ乗り続ける馬車の中の空間と時間。

 何もやることが無い、と言うのはこんなにも疲れるのか、とアヤは思う。

 この世界には携帯ゲームもなければ、暇がつぶせそうな携帯電話なんていうものもない。

 やれることと言えば話をするくらいだろう。けれども顔を合わせて二日目、三人で話すこともそう多くなく結局ただただ何もやることが無く退屈な時間が流れていくのだった。


 馬車は山のふもとに差し掛かる。

 長い森を抜け、程よく慣らされた山を一行は登り始めた。

 馬車のまわりを仰々しく歩く兵士は、重厚で歩くたびにガッシャガッシャと音を立てるような甲冑を着ていると言う訳ではないが、多少の武装はしている。

 武装しながらの行軍は大変だろう、とアヤは思うが一国の王子の御一行であればそれも仕方ないのだろう。


 緩やかな山道をゆっくりとえっちらほっちら登っていく。

 徐々に視界が広がって行き、中腹あたりまで来ると眼前には森の濃い緑が広がり、その先には小さく昨日宿泊したヘブリッジ村が、そのさらに奥には故郷であるダミア村が小さく見える。

 ダミア村の更に先には青い海が大きく広がっている。

 なるほど、未実装であったためにこちらからの景色は見たことはなかったがゲームでやっていた頃の配置とほぼ変わっていない。

 ともあれ時間はかかったがずいぶん遠くまでこれたなぁ、と感慨深くなる。



 そんなのんきな考えが突然崩される事になった。

 ドォンと言う巨大な音がして馬車内が大きく揺れる。


「いったぁー! なんなのよー!」


 馬車の壁に寄りかかり寝ていたロベリアがゴツンと頭をぶつけて叫んでいる。ざまあ見ろだ。

 周囲の兵士と、そして御者が慌てている。


「どうした? 何があった?」


 マリウスが御者に尋ねる。


「ま、魔物です!」

「クソッ」


 そう言ってから最初にマリウスが下り、続いてロベリアとアヤも馬車から降りる。

 完全に魔物に包囲されていた。

 ガーゴイルやコボルト、ゴブリンのような下級の魔物からサイクロプス、リッチ等の上級の魔物まで多種多様、その数はおおよそで見積もっても百を超えているだろう。

 さすがに大型のドラゴンを見ることはなかったものの小型のワイバーン程度は多数空を飛んでいる。


「まずいな……」


 マリウスが呟いてからロベリアとアヤの方を見る。


「ロベリア殿、アヤ殿、ご助力頂けますか……?」

「まっかせなさーい!」

「構いません」


 この包囲を突破しなければイルレオーネにはたどり着けないのであるから、援護しないと言う選択肢はそもそもありえない。

 二人の答えを確認したマリウスが兵士たちへと指示を出し魔物に斬りかかる。

 ロベリアも兵士たちを避けつつも炎で魔物を攻撃し始めたのを確認し、アヤもウンディーネを召喚する。ウンディーネであれば万一、兵士の中の誰かに火がついたとしてもすぐに消してくれるはずだ。


 アヤの背後が蜃気楼のように揺らめいで水を纏った女性が現れる。ウンディーネはじろじろとアヤを見てから、澄み渡る声があたりに響かせた。


「今回は……無茶をしていないようですね」

「私の事をなんだと思ってるんだ?」


 辺りの兵士たちがざわめいている。

 別にそこまで凄い事をしたわけではないのだが、とアヤは思う。


「あらあら。まだ語尾は粗いけれども可愛らしく私と呼べるようになったのですか? 成長とは良いものですね」

「良いから周りを見ろ」

「その傲慢さについても少しは成長して欲しいものです」

「余計な御世話だ」


 ウンディーネはため息をついてから魔物が密集している場所に水柱を立てる。

 魔物が押し流されて崖の下へと転落する。


「ううん、もう少し手ごたえがあっても良い気もしますが……」


 ウンディーネが呟いた事と同じ事をアヤも思っていた。

 この程度であれば大したことはない、そう思っていた矢先、魔物と兵士の間を線のようにすり抜けアヤに襲いかかる。

 咄嗟にラグナロクを盾にして斬撃を受け止め、後方へ吹き飛ぶような形で下がる。

 何とか斬撃を防いだアヤが襲撃してきた男の方を見る。


 ――暗殺者。

 フードを被っている男の姿と持っているエモノ、短刀を見てアヤは推察する。


「すだれ、いや今はアヤと言った方が良いか」

「え……?」


 すだれは男であった頃、アイリス内で使っていたハンドルネームだ。

 まさか知っている人間がいるわけが……と思いハッとする。アヤ以外にもアイリス内にトリップした人間がいたとしたら。

 けれどもどうやってアヤとすだれと言うまったく別の人間を結びつけることが出来たのか。


 フードの隙間から見える顔はゲーム内で見覚えがあった。完全に一致している訳ではないがどことなく面影がある顔はどこかで見た気がしてならない。

 そしてもう一つ暗殺者と言う職業。

 十年以上前の記憶であったが頭を回転させ、一つの結論が導き出される。


「レヴィン……?」


 ゲームをしていた頃、アヤの所属していたギルドのギルドマスター。

 ラグナロクを完成させたときに一緒にその存在を確かめたアヤ以外のもう一人の人物だった。


「久しぶりだな」


 その顔は以前見ていたものよりも若々しくなく、十三年と言う時の流れを感じさせるくらい歳を取っているように見えた。

 ゲームでも歳を取るようだ。


「お前も……」

「俺はこの世界に来てから十年間お前を探し続けた」

「……え?」


 レヴィンがアヤに斬りかかる。

 それを見たウンディーネが水柱をレヴィンに立てて阻止しようとするが、レヴィンは読んでいたのだろう、ギリギリで避けてアヤへと到達。

 杖を構え再びアヤは斬撃を防ごうとするが、それすらも避けてレヴィンは斬撃を入れる。咄嗟に体をひねるが避けきれない。

 鮮血が飛び散り斬られた所が熱くなる。

 それでも致命傷は避けられたようだ。


「三年前のドラゴン討伐、見事だった」

「何を……」

「構えろ」


 何を言っているんだ。ゲームで練習と称し、レヴィンと対人戦を行ったことは多々あった。しかし今は違う。現実だ。

 死んでみる、そんなことを試したことは無かったが、目の前で死んでいく人はいたしその人が生き返るなんてことは絶対になかった。

 練習と称して対人戦を行うような環境ではない。


「アヤ! いつまでもボーっとしてはダメです! どういう仲かは分かりませんが、少なくともあちら様はアヤに危害を加える気があります!」


 ウンディーネがアヤを叱咤する。

 マリウスもロベリアも、兵士たちも、みんな魔物と戦っていて少なくとも身内と対人戦、しかも実際に傷つき人が死んでいく世界でやっている場合ではないハズだ。

 何よりもっと聞きたいことがある。

 他に同じようにトリップしてしまったプレイヤーが居るのか、とか今の状況、この世界について、ラグナロクを完成させた後。


 アヤの願いとは裏腹に斬りかかってくるレヴィン。

 ウンディーネが舌打ちし、アヤを守る形でレヴィンの剣筋を水を通す事で遅らせ受け止め、それを最後に魔力が尽きたのか揺らめいて消える。


「クソッ! 勝ったら理由聞かせてもらうからな」


 何も答えないレヴィン。無言を答えと受取ろう。

 アヤは思考を切り替える。相手は廃人ギルドのギルドマスター。生半可な形で勝つことなど間違いなく不可能だ。

 大勢いるが仕方ない。


「ティターニア」


 三年前、魔力を練って召喚していたティターニアも今ではその時間も不要だった。

 ドラゴン戦の時のように危ない思いはしたくない、その思いから三年間休まず魔力を瞬時に練れるよう訓練を重ねていた成果だ。

 不毛な山道にふわりと花が咲いたように見え、揺らいだ先からティターニアが現れる。

 現れたティターニアがレヴィンを見て呟く。


「レヴィンか……」

「知っているのか」

「少し、な」


 話しているとこちらなど関係ないようでレヴィンが線のように動き斬りかかってくる。

 それに反応したティターニアは緑色のツタを動いているレヴィンのまわり四方綺麗に地面から生やして囲む。

 だがレヴィンもその辺の一般のプレイヤーではなかった。それは現実となった今でも一緒のようでツタを切り刻んですぐに脱出し、まっすぐとアヤへ向かってくる。


「噂通り、さすがだな。この魔力を持っても防ぎきれぬとは」


 だがティターニアもそこらの精霊とは違う、最上級の精霊にして使い魔だ。

 ティターニアがレヴィンに向かって手を広げると、目の前にツタのネットのようなものが何重にも重なり出来て突っ込んできたレヴィンを受け止める。


 レヴィンは何度も剣筋を走らせるがそれでもツタの処理が追い付かずに足止めを食らう。

 足止めをしたティターニアはレヴィンの周囲から植物で出来た槍を形成して刺しに向かわせるが、レヴィンも並ではなくすぐさま感知して躱した。


 それで終わらせない。今度はアヤが躱したレヴィンに向けて爆発を起こす。

 もろに爆発を受けたレヴィンだったが、それでも軽い火傷を負っただけだったようで腕に赤いしみのようなものが出来ているに過ぎなかった。


「ふむ、流石にラグナロクの使用者が出した使い魔、そして所有者が相手では分が悪いか」


 レヴィンが呟くと短刀についていたアヤの血が徐々に一点に集まりだす。

 そしてレヴィンは血が集まったことを確認すると大よそ人とは思えぬほどの跳躍をして、崖の上へと登る。


「アヤ。強くなれ」

「おい! どこに行くんだ!」


 アヤの叫び声むなしく、レヴィンはそのまま反対側へと消えていき、そして現れたのは――巨大な蛇龍ヴリトラ。

 間違いなく成体を迎えたドラゴンで、三年前の小型のドラゴンなど比ではない。

 周りで魔物を討伐し終えた兵士、マリウス、ロベリアも驚愕の表情で見上げていた。


「不味いな」


 ティターニアが呟く。

 確かにこの状況はよくない。足場も悪いし何より魔物を討伐し終えて、少なくとも兵達は疲労している。この状況で疲労を感じさせずに戦えるのは恐らくロベリアと、アヤの二人だけ。

 その戦力になりそうなロベリアもヴリトラと戦ったことがあるのは一度だけで、しかも討伐したのはイルレオーネで多くの兵と共に、だ。


「アヤ、他に何か召喚できる使い魔はいないのか。私一人ではヴリトラを相手するのは厳しい」

「分かってる」


 アヤも余裕がない。

 ゲーム時代ではあったもののラグナロク作成をするために必要な材料を入手すると言う理由でヴリトラを討伐したことがあった。

 けれどもその時は、先ほどのレヴィン含め、多くのギルドメンバーが居て複数人で討伐、それを買い取ったと言う形だった。

 上級の使い魔――


 ティターニアと相性が良いとすれば。

 地の精霊にして巨体を持つ――


「タイタン!」


 アヤが叫ぶとゴゴゴゴと言う音と共にアヤの背後にあった崖下から巨大な岩のような、大きな何かが隆起する。

 現れたのは山とも思えるほど巨大な人。

 その大きさはヴリトラとも負けず劣らずの巨体で一歩動くごとに周囲は大きく揺れるほどに。


「ワシを呼ぶとは誰だ」


 重厚な声がアヤの体の芯まで震わせる。

 タイタンの問いの答えアヤが言うよりも先に話しかけたのはティターニアだった。


「久しぶりだな、タイタン」

「その声……ティターニアか?」


 ふわふわとティターニアがタイタンの顔の前に飛んで行く。


「ワシとティターニア、同時に使役するとは……」

「見ろ」


 ティターニアがアヤの方を指差してタイタンの視線を誘導する。


「ふ、はっはっはっは! なるほど。そう言う事か!」


 ただそれだけの行動でタイタンは理解したらしい。


「ワシと、ティターニア。そして……」


 タイタンが目の前のヴリトラを見てから、アヤ、そして周囲の兵士とマリウス、ロベリアを見る。

 状況を把握したのだろう。


「なるほど。それにしてもこれは三千年前の大戦か?」

「さあな。ただ私の推察を言えばレヴィンと言う男を軸にして何かが動いているだろうと言う事だ。お前も噂程度は耳にしたのではないか?」

「チビ人間の事などいちいち覚えておらぬわ」

「お前のそういうところは好かん」


 ぴくり、とティターニアが反応する。


「来るぞ!」


 話など聞いているハズもなくヴリトラが咆哮を上げ、その口から光を遮り、深淵の闇よりも黒い何かを吐きだす。

 行動を予測していたのか、タイタンが拳を吐きだした黒い何かに向け雄叫びのようにすら聞こえる声と共に――殴る。


 周囲に突風が巻き起こり、黒い何かは消え去る。


「ふはははは! なかなかやりおるわ!」


 後回しだ、と思ったのかヴリトラがアヤを見る。標的をアヤに変更したのだろう。

 それを察知したのかタイタンがアヤを素早く、しかし優しく掬うように持ち上げて、自信の肩へと乗せた。

 彼なりの心配りだろう。しかしタイタンの高さを考えると断崖絶壁の山頂にいるようで恐ろしい。

 アヤはタイタンの肩の上で座り込んでしまう。


「あの下してもらえると……」

「何を言う。ワシとティターニアを同時に使役するなど、この世界広しと言えどおぬし以外にはおらん。何よりおぬしは狙われておる。あの場に居てはチビ人間共が危ない。ワシの肩の上で堂々としておるが良い」


 それを見たヴリトラ仕方ないと思ったのだろう。ヴリトラは再び標的をタイタンに切り替えると同時、長い尻尾を振い、それを受け止める。

 乗っている肩も不安定に揺れ、堂々としていろ、と言われたもののとてもじゃないが立ってなどいられない。

 タイタンがヴリトラの尻尾を受け止めたことで、ヴリトラのターゲットとなったのを確信したのか、ティターニアがタイタンに向け大声で指示を出す。


「タイタン! そのまま抑えきれるか?」

「当然! 誰に物を言うておる!」


 タイタンがそう言うと、尻尾を受け止めた側とは反対の手を地面につける。するとヴリトラの周囲、山頂付近がボコボコと波を打つようにうねり、ヴリトラへと向けて地面が棘となり襲う。

 だがヴリトラも甘んじて串刺しになるつもりなど無いだろう。体を器用に曲げて棘の隙間へと入り込み避ける。


「ティターニア、行けるか!」

「十分だ」


 ティターニアが持っていた杖をヴリトラへとかざすと、タイタンの出した地面の棘から巨大な植物が生えヴリトラに絡みつき動きを封じる。

 離せとばかりに咆哮を上げるが、まるで根を張られたようにきつく、隙間なく埋められた木々がそれを許さない。


「頼んだぞ」

「任せておれ!」


 ぬうううん、と叫び声をあげタイタンがヴリトラを殴る。

 もろに殴られたヴリトラの細い体が横に逸らされる。そして頭、胴を下から殴りつけ、その度にヴリトラは悲鳴のような鳴き声をあげ――そして、ずずずず、と言う音を立てまるで崩れ去るように力なく横たわる。


 ――倒した。

 安堵したのか、アヤはふらふらとタイタンの肩から転がり落ちそうになるところを、タイタンが優しく包み込んだ。


 タイタンに運ばれたアヤは地面に下されたのでその場で立とうとするも、うまく立てない。


「なんでだ……」

「少し魔力を消費しすぎたな。普段よりだいぶ魔力を使っている量が多かった」


 ティターニアがアヤの疑問に答える。

 そうか、とアヤは思う。

 魔力が切れた状態と言うものがこんなにも眠くて疲れるものなのだと。


 地面に降りたアヤのところへ、ロベリアとマリウス、兵士たちがアヤの元へと駆け寄ってきて、一番にロベリアがアヤを心配する言葉をかけてきた。


「アヤ大丈夫!?」

「ああ……でも少し眠いから寝るわ……」


 その言葉を聞いたロベリアはティターニアに問い詰めているが、もうアヤの耳にはあまり入って来なかった。

 レヴィンはどうなったのか、なぜヴリトラが現れたのか、考えをまとめなければ、そう思ったものの抗う事は出来ず、アヤは瞼を閉じるのだった。

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