表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/26

第六話

 コトコトと静かに揺れる馬車の空気は非常に重苦しいものだった。

 原因は対面に座っているマリウス。

 どういった訳か、アヤに対してどうも畏怖を抱いているようで、馬車に乗ってからと言うものピンと背筋を伸ばし、特に何もしゃべる事も無い。

 そのお蔭で馬車の中がシンと静まり返って居心地が悪いものとなっていた。


 出発してからどれくらいたったであろうか。

 旅の支度をし家を出てマリウスが乗ってきた馬車に乗ったのが昼過ぎ。そして太陽の様子を見たところ、日が沈むにはまだ時間があるが、日も徐々に傾き始めた頃、だいたい三時から四時と言ったところであろうか。

 すっかりと村の面影はなくなってしまい、辺りは低い草木が生え舗装されていないものの、旅人が通っているからか慣らされた道の上を馬車は延々と進んでいる。


 暇すぎて何もやることが無い上に、下腹部が生理の影響だろう、カタカタと揺れる馬車の上だと妙に不快でチクチクと痛むのが激しくなっているような気がする。

 はぁ、とアヤ何度目か分からないため息をつく。

 その様子を見かねたのか、緊張した面持ちでマリウスが話題を作る。


「ア、アヤ殿、で宜しかったか?」

「はい」

「アヤ殿はこういった馬車の旅と言うのは慣れて居られぬのですか?」


 当然と言っては当然だが、現代の日本にいた頃は車や電車、飛行機、等々、馬車とは比べ物にならないくらい揺れず、快適な乗り物が多数存在した。

 ようするにガタガタと揺れ、椅子こそ豪華に作られてはいるものの、幾日も馬車内で過ごすようなことにはまったくと言っていいほど慣れていない。

 加え慣れる機会も農民の生まれであるため馬車に乗る機会もない。ようするにこのような長旅は今回が初めてと言う訳だ。


「ええ、そうですね。私は農家の育ちなので馬車なんて初めて乗ります」

「そうでありますか……」


 会話が続かない。

 助けを求めようとロベリアの方を見るとポカーンと口を開けてバカ面さらしている。たぶん眠いんだろう。よだれも口から垂れている。

 どういった教養をもっていればこんな風に育つのだ。


 特に会話する気もなかったが、こんな無駄な時間を後どれだけ過ごさねば行けないのかと言う点を聞いておくくらいは今後の予定と言う意味でも悪くないだろう。


「ところでイルレオーネまではどれくらいで到着する予定ですか?」

「我々がダミア村まで着くのに三日かかりまして……恐らく」

「三日くらいですか」

「でしょう」


 マリウスが頷いてアヤに相槌を打つ。

 三日……気が遠くなる長さだ。

 思わず時速どれくらいで移動しているのかを考えてしまう。きっと車なら二、三時間もあればつくような距離であろう。

 聞いて後悔した。気が滅入ってくる。


「アヤ殿は慣れて居られない、との事ですが一つの町をこの規模で超えるとなると下手すれば一週間くらいかかることもあります」


 アヤの気を知らずマリウスは話題を作れた、とばかりに時間の話をしてくる。

 車であったらどれくらいだろう、そんな不毛な考えに達してしまうのでアヤは話題を変える。


「ところでそのイルレオーネとはどのような国なんでしょう? 私、ダミア村から出たことが無くて……」

「ん? 我が国ですか?」

「はい」


 ふむ、とマリウスは顎に手を当ててアヤに質問で返してくる。


「ウンディーネを召喚していたところを見るとアヤ殿は召喚士、と言うことでお間違いないですかな?」

「ええ、恐らく」


 はっきり言ってアヤ自身もあまりよく分かっていない。

 ゲームであった頃、召喚士は使い魔と契約が必要でレベルが上がると契約できる使い魔の数も増えて行き、そのたびに強力な使い魔と契約できる、と言うシステムだった。

 もちろん使い魔にもレベルが存在しており、長く使用すれば強くはなるが絶対的な元の値が違うためより上位の使い魔のほうが強くなる、と言う寸法だ。

 さらに言えば使い魔とも契約が必要で、長いクエストであったり、ダンジョンの報酬であったりと多岐に渡っていたのだが、アヤがこの世界に降り立ってからは特に契約もしていないにも関わらず使い魔を呼び出せている。


 契約が不要であれば単なる魔法使いの延長線上になりそうであるが、もし契約が必要であればゲームの頃、契約した使い魔がそのまま使えていると言うことになる。

 如何せん、比較対象となるのがロベリアしか居なかったので、あまり参考にはならない。

 確かにロベリアは使い魔を召喚することはなかったが、彼女はプロフェッサー、賢者に近い立ち位置であるため召喚術を使えないだろう。何より使ったところを見たことが無い。

 ようするに使い魔を召喚するにあたっての必要条件が何も見えてこないのだ。


「なるほど。そうなると我が国にお越しいただく事はアヤ殿にもプラスになるかと思います」

「はぁ……」


 別にそう言う事を聞いているわけではなかったのだが、と思いつつアヤは空返事をする。

 なんというか、話のテンポが悪い。もっとこう簡潔に話が出来ないのか、と思う。

 それにそもそも国としての傾向と言うよりは大きな城があるとか、そういう地形的なことを聞きたかったのだが。


「イルレオーネは他国からは魔法都市と呼ばれております」

「魔法都市……?」

「ええ。少し昔話になりますがお聞きになりますか?」


 その答えは気になる。

 魔法都市と呼ばれる国は少なくともゲームをしていた頃には存在しなかった。

 十三年前、ゲームの時代でも未実装だった地域、もしかしたら召喚士にとっても重要な知識や新たな使い魔なんかも居るかもしれない。

 もしかしたら魔法使いの系統の職に優遇された武器も存在している可能性だってある。


「お願いします」

「三十年前、もちろん私も生まれてはいない頃でしたがイルレオーネがドラゴンに襲われた話はご存じておりますか?」


 ロベリアが言っていた話と一致している。

 アヤは頷く。


「ロベリア殿に教わっていたのですから、まあ当然でしょう」


 名前を呼ばれたロベリアがバカ面を止めてマリウスを見る。

 目を開けたまま絶命したと思っていたが生きていたか。


「呼んだ?」

「まさに今ロベリア殿のお話をしていたところです。イルレオーネがどのような国であるかを語る上でロベリア殿は欠かせぬ存在です」

「なるほどねー。じゃあマリウス、アヤにロベリア様の偉大さを存分に伝えてね。ちょっと眠くなっちゃったから寝ることにするね」


 ロベリアは寝ると宣言するや否や、アヤの膝の上に頭を乗せて吐息が聞こえだす。その速さは例えるなら猫型ロボットに頼る冴えない主人公張りだ。

 そもそも誰が膝枕を許可したのだ、と思うが狭い馬車の中、この状況なら仕方ない。もし足が痛くなったら振り落してやろう。


 その様子を見たマリウスはため息をついて話を続ける。


「ロベリア殿は全く……自由すぎます」

「ええ、まったくです」


 やれやれ、と二人で首を振るう。やはりイルレオーネでもこの精神年齢の幼さには手を焼いていたらしい。


「ええと、それでどこまで話しましたかな」

「ロベリアがイルレオーネの歴史を語る上で必要、と言うところですね」

「ああ、そうでした。ロベリア殿が我が国にいらしてからの話、もう三十年以上前になります。

 もともと我が国は魔法使いが多く、魔法の研究も盛んでありました。しかし古代の魔法も多く、解読できぬ点も多く魔法使いたちは失われた魔法として、原理も分からぬような魔法を使用しておりました。

 そこに現れたのが」


 なるほど、とアヤは納得をし、マリウスの話に割り込む。


「ドラゴンですか」

「その通りです。蛇龍、ヴリトラでした」


 ヴリトラ……そんなのとロベリアは戦ったことがあったのか、とアヤは膝上で寝ているロベリアを見る。

 プレイヤー時代も相当苦労した覚えがある。

 ラグナロクを制作するために必要な収集品の一つにヴリトラのドロップもあったのは忘れない。


「ヴリトラは太陽を暗黒に包み込み雨を呼び、直接下すわけでなく徐々にイルレオーネを弱らせていきました。当然、当時の王であった我が父、アーベルも手をこまねいて見ていたわけでなく、何度も出兵を重ねたのですが討伐できず……そこへ現れたのがロベリア殿でした」


 マリウスは緊張がほぐれてきたのだろう。

 アヤの様子をご機嫌をとるように、注意して伺うことなく流暢に続ける。無駄に気を使われるよりもそちらの方がありがたい。


「ロベリア殿はそこから我々の国にあった古書を解読し、そして我々の知らぬ知識を魔法使いの間に広めていったのです」


 本当にロベリアの力だけで広められたのであろうか。相当優秀な翻訳……魔法使いがいたのでは、とも思う。

 イルレオーネの魔法使いたちは苦労しただろう、とアヤは思う。

 少なくとも今イルレオーネが存在するのはロベリアの影響もあるかもしれないが、人知れず苦労を重ねた魔法使いなのでは、と思ってしまう。


「その知識や古代の魔法を駆使し、ヴリトラが現れてから二年後、ついに討伐を行うことに成功しました。古代魔術の解読や、さまざまな技術の伝承はドラゴンを撃退した後も、ロベリア殿が失踪する七年前まで行われて居たのです。その結果、魔法都市や賢者、つまりロベリア殿の住む都と呼ばれるようになったのです。これが我が国の歴史と、そして今に続く我が国の特徴です」


 納得する。

 召喚士であるアヤであれば古代魔術の中にもしかしたら知らなかった使い魔の存在が浮かび上がってくるかもしれない。

 特にイルレオーネはゲーム時では未実装だった地域。

 新たな使い魔がいる可能性は高い。

 ロベリアはこういう点も考慮してアヤをイルレオーネへ連れて行こう、と言っていたのだろうか、とアヤは膝の上にいる彼女を見るが、バカ面で寝ている姿を見るとそうは思えない。


「ロベリア殿もイルレオーネの全ての古書、書籍を知り尽くしている訳ではありません。何よりアヤ殿に合う書籍、使い魔も必ずや見つかるはずです。それに召喚士も少ないとはいえ在籍しております。」

「なるほど。楽しみです」


「マリウス殿下、ヘブリッジが見えてまいりました。本日はヘブリッジで休息を取り、また明日イルレオーネへ向け出立するご予定となっております」


 話を聞いていたのだろうか、タイミングを見計らったように御者が村への到着を告げる。


「まだ日は落ちてないけど良いんですか?」


 アヤが疑問を投げかける。

 窓から景色を眺めればダミア村よりも少し大きい村のようで、日が落ちるまでであれば恐らくもう少し先まで進めるだろう。


「ええ。この先は夜になると魔物も多くなります。何より残り二日はイルレオーネ近くまで村も宿もありません。ここで早めにでも休息を取って体力を温存しておく必要があるのです」

「なるほど」


 ゲームの頃の行軍とはワケが違う。

 NPCでも多くはなかったが夜も行軍している姿も見かけたが、現実はそうもいかない。

 とは言えアヤも野営を覚悟していただけあって、宿で泊まれると言うのは嬉しかった。生理中であるし、体を洗えるような施設がしっかりとあれば、不意に血が出たときでも対応できる。


 ゴトゴトと揺れていた馬車が止まり、御者が目的の宿へ到着した旨を伝えてきたのでアヤは膝の上で寝ていたロベリアを揺する。


「ロベリア、着いたって」

「うん……うーん……もうついたの……?」


 ごにょごにょと寝ぼけてしゃべりながらロベリアが起きて伸びをする。


「ロベリア殿、ヘブリッジに到着しました」

「えー……ヘブリッジ……? まだまだじゃん……」

「ええ、しかし兵士たちの体力を考えても今日はここで一泊するべきかと」

「うーん、分かった……ってことは明日は野営かなぁ? ヤダなぁ……」


 ぶつぶつと言いながらロベリアが馬車を降りて、そのままマリウスに促されアヤ、最後にマリウスが下りた。

 本当に目の前に横付けしたような形で降りてすぐに宿へと入っていく。


 するとすぐに宿のご主人であろう人間が出てきて挨拶をする。


「マリウス殿下、お待ちしておりました」

「宿の数は足りているか?」

「ええ、もちろんです。こちらへ」


 恐らくこの村で一番大きな宿だろう。

 結構な人数で行軍をしていたのだがなんとか全員分の部屋があるようだ。

 アヤとロベリアは同じ部屋へと通され着くや否やベッドの上に寝転がる。


「はー……疲れた……」

「えー、アヤ疲れたの?」


 それを聞いたロベリアがキョトンとした顔でアヤに尋ねる。

 この女は世界が自分中心で回っているのではないかとたまに錯覚してしまう。


「そりゃあなあ……ロベリアは寝てたからな……それに……」

「あー、そうだったね」


 生理中、と言うことは言わずにロベリアは察したらしい。

 膝枕をしてた足は痛いし座りっぱなしのおかげで腰も痛い。その上、下腹部もチクチクと痛むものだから最悪だ。


「でもさ、せっかくなんだから抜け出そうよ!」

「は?」


 何を突然言い出すのか。

 そもそもせっかくの意味をはき違えているのではないか。

 バカなのだろうか。いやバカだと言うことは知っている。バカなのだ。


「だってさ、アヤは初めてダミア村から出て別の村に来たんだよ? せっかくだから遊びに行ってみようよ! もちろんマリウスに内緒で!」

「それなら別に……」

「だってイルレオーネまで後二日もあるんだよ? 退屈で死んじゃうよー。ね、良いでしょ? 行こ?」


 確かに言いたいことは分かる。

 明日は恐らく野営だろう。と言うことは抜け出して遊ぶなら今日しかない。

 二日間は缶詰なのだ。

 ね、ね、とロベリアが迫ってくる。

 はぁ、とため息をついてアヤは折れる事にする。


「分かった……分かったよ」


 この先二日間あの調子ならば、別に自分で歩くわけではないのだ。

 いざとなったらロベリアを枕にして寝てやればいい。そう考えたら今無理に休んでおく必要もない。


「よーし、じゃあいこ」


 許可されるとロベリアははしゃぎながらアヤの手を引いて夕日が眩しい村の中へと目指すのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ