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第四話

「アヤー、まだ終わらないの? おそーい」

「うるせーよ! 黙ってろ!」

「はーい、言葉使い悪いー! いけないんだー! セシルさんに言いつけちゃおーっと」


 アヤはガーゴイルが振りかざす剣を右へ左へと危なげなく避ける。

 そして持っている杖、ラグナロクを軸に水の剣を生成しガーゴイルが振り下した剣を回るように避け、その隙に裏から上半身と下半身に分かれるように真っ二つにする。

 アヤの周囲、無数にあるガーゴイルの破片の上に、たった今薙ぎ払ったガーゴイルがガシャンと崩れ落ちた。

 最後の一体を倒し周囲を確認するも、隠れているのもいない。完全に最後のようだ。

 アヤはロベリアのほうに歩きながら言い返す。


「だから俺は!」

「はいはい、男だったって言うんでしょ?」


 そう言うとロベリアはスっと手を伸ばしてアヤの股間を避ける間もなく触っていく。


「ひゃっ」


 触られて刺激が走りつい声が出る。

 意識していない部分で女みたいな声が出て恥ずかしくなる。


「で、どこが男なの?」

「今じゃない!」

「じゃあ今は女の子なんだよね? っていうかさー、セシルさんからアヤが女の子っぽくなくて悩んでるってよく相談受けるんだよねー。ロベリアお姉ちゃんは責任感じちゃうなぁ」

「おねーちゃん? っは、百五十のババアの間違いだろ」

「人間ベースにしないでくれる? 魔族はね、人の五倍は生きるの。それにまだ百四十九だから、間違えないで」

「それでも三十だろ。ロリババア」


 ぶち、と何かがキレる音が聞こえた気がした。


「まだ大台に乗ってないんだけど? そ・れ・に・誰がババアなのかなあ? アヤチャン……」

「お前だこの性悪ロリババア」

「せ、性悪!? あんたのが性悪でしょ!」

「結構だ、自覚している」


 ああいえばこういう、可愛くないとグチグチとロベリアが言い出す。



 ロベリアがアヤの家に住みだしてから既に三年経っていた。

 それからは毎日こんな調子でアヤがどこかへ出かけると必ずついてきて何かと文句を垂れて来ては自爆していた。

 もっともそんな日常で分かったことや、勉強になったことがいくつもあった。


 まずは大国イルレオーネとロリババア、つまりロベリアについてだ。

 アイリスプレイヤ―であった頃、実装していない地域であったイルレオーネはアヤの生まれる三十年程前、ドラゴンの襲来があったらしい。

 その際、撃退に最も貢献した魔道士としてロベリアは名をあげ、アヤと出会うまでの間、イルレオーネの王宮魔道士として遣えていたとのこと。

 もっとも本人の話のみなので真偽は不明であったが、本当であれば超の付く有名人だ。


 一方で超有名人たる、ロベリアの逸話がダミア村にあまり話が浸透していなかったか、それはご本人様であるロベリアが勝手に仮説を立てて得意げに話していた。

 曰くイルレオーネに近い村ではあったものの、領地としてはブリュンヒルと呼ばれる連合国家の一部であったため話があまり広まらなかったのかも知れない、とのこと。

 少し無理がある気がする。


 けれども何故、大国で重鎮とも言われる地位に昇り詰めてまでいたのに、わざわざその地位を捨て、こんな辺境に居るのか、一度だけ聞いたことがあったのだが、その質問だけは言葉を濁し躱された。

 その代わりに、と言っては難であったが、それ以外の質問たとえば年齢なんかには快く答えてくれた。

 ちなみに大よそ百五十と言う年齢を聞いたときにアヤの口から出た言葉はババアじゃん、と言う素直な感想でそれ以上でもそれ以下でもなく、ことある毎に年齢の話をしているうちに、ロベリアは次第に「もう本当の年齢なんて言わない……」などと呪文を呟き非常に後悔しているようだった。



 教わった、いや近隣国事情や、ロベリアの英雄伝に関しては聞きもしなかったのに勝手に喋っていた

と言うのが正しいが、そういった無駄な事ばかりではない。

 もっとも興味を持ち重要だったのは魔力について。

 ゲームではない、新しい基準として教わった魔力は大いに役立つものであった。がその教わり方は良い記憶ではなかった。


 何しろ教わった当時はロベリアをバカだバカだと罵り一向に話を聞かなかったアヤをロベリアがロープで縛り上げ、最終的には何かのプレイではないのか、と思えるような形で服を剥き出し、無理やり叩き込まれた、と言うのがアヤの記憶だ。

 今となっては……いい思い出とは言い難い。


 ともかく嫌な記憶はさておき、魔力と言うモノについてはそれなりに役立った。

 要約すると魔力と言うモノは生命エネルギーの一種であり、大量消費すると疲労困憊となり動くのも辛くなる事もあると言う。

 その魔力を強化するのも個人の資質が大きいところとされ、生まれ持った器によって上限が決まるらしい、と言うのが一般的な定説。

 ところが実際は魔法使いの子が魔法使いになる確率は確かに、多少は高いがそれでも『家系』と言われるほど多くはなかった為、完全な遺伝と言う訳でもないようで育った環境にも影響すると言う、つかみどころのない、要するに不明な点が多いのが魔力だと言う事だった。


 そんな定説に加えロベリアは仮説を立てており、曰く経験上、どちらもあり得ると言う。

 環境の要因として幼いうちに多くの魔力を使用すること。

 遺伝の要因としては本人の資質、つまりこの二つが揃うことで巨大で、強力な魔力が出来上がっていくと言う。ちなみにアヤは十歳になった今でも伸び代があると言われ続けているが、本当なのかは不明だ。


 もちろん以外にもイメージによる魔法訓練や召喚士として使い魔に魔力を効率よく注ぎ込む方法や、魔力をより細かく操作する方法等、多岐にわたって教わり、結局のところあの日、意地でも私が教えるから、とロベリアが言った通りになっているのだった。




「アヤ?」

「え、あ、な、なに?」


 呼びかけられたアヤはハッとして取り繕う。ロベリアの文句を聞いているうちについ、深く考え込みすぎてしまった。

 なんだかんだで今の日常と言うのは悪くないとアヤは思っている。

 毎日はそれなりに楽しくて、ゲームをして引きこもっていた頃には出来ていないような何でも話せる友人が出来たのだと思う。

 だからかも知れない。

 以前、ロベリアがアヤにどうしても女の格好をさせたがり、その時につい昔の、男であって日本に住んでいた頃の話をしたこともあった。

 もっとも以降、あまり無理やりにはしてこなくなったものの、思考を変化させれないと目論んでいるのはよく分かる。手段が単調すぎるのだ。


「アヤ、なんかニヤニヤしながらボーっとしてたけど? あー! もしかして私に見とれてた?」

「……は? ツルペタロリババアのどこに見とれる要素があるんだよ」

「ツツツツルペタ、ロリババア……? ア、アヤだってツルペタじゃないの!」

「まだ成長の要素があるのと要素が無いのでは違うんじゃないか? まあ俺としては育たなくても良いと思ってるけどな」


 ツ、ツルペタなんて初めて言われた、と遠くを見つめてしまうロベリア。

 こうやってからかうのは意外と面白く、思い出しているうちに頬が緩んでいたのかもしれない。

 ロベリアに知られるのは嫌なので口には出さずにおく。


「おい、それよりまた魔物だ。しかも村の方角に……」

「うう……ツルペタばばぁ……ううツルペタァ……年増のひんにゅう……」


 グズグズと泣き出した上に言葉になってない。これではまったくもって話にもならない。

 普段はこんな風にまでならないのに、どうやら体系については並々ならぬコンプレックスを持っているらしい。

 仕方ないのでフォローを入れる。


「ロベリア、貧乳のことなんだが」

「まだ言うの? もういいでしょ……」

「良いから聞け。昔、俺が男であった頃の名言として貧乳はステータスと言う言葉がある」

「ひ、貧乳はステータス……?」

「そうだ。だから例え貧乳で幼女体系で自分では魅力がないと思っていても、だ」


 アヤが一呼吸置くと、ロベリアが涙を浮かべながらも期待のまなざしを向けながら頷く。


「世の男どもの中にはきっと、ロベリアを好きになるやつも居るはずだ」

「ほ、本当?」

「ああ、間違いない」

「じゃ、じゃあ私、頑張る!」

「ああ、頑張れ。それに実は俺もロベリアの体系には魅力を感じている」


 もちろんそれは自分が女である以上、男と一緒になりたくないとかそういう気持ちがあるから、ある程度幼女体系であった方が好都合である可能性が高い、と言うのは言わないでおく。

 それにしても切り替えが早い。

 実はウソ泣きだったのではないだろうかと思う変わりようだ。


「え……女の子はちょっと……」

「心は男だ!」

「でも体がなぁ……」


 変な方向に勘違いされた。

 と言うか今はそういう話をしたいのではない。

 アヤは話を戻す。


「それよりさっきの話は聞いてたのか? また魔物だ」

「え、あ、ほんとだ!」


 ツルペタがショックすぎたのか、やはり気づいていなかったらしい。

 そもそもこんなに魔物が出るような場所ではなかったはず。ここはダミア村の森で数年前、アヤが一人で度々訪れていた森だった。

 だと言うのに何故だか多くの異形の魔物が現れるようになり、動物たちがめっきり減ったお蔭で、村の人たちも近づかなくなってしまった。


 涙でまだ少し目が赤いロベリアが考えるポーズをしながらアヤに問う。


「うーん、やっぱり何か問題がありそうだよね?」

「そうだな」

「やっぱりそう思うよね」


 くどい。

 が何も言わずにおく、と先ほどまで泣いていたとは思えないほど調子に乗り出したロベリアが続ける。


「ねえねえ、私の仮説立ててみたんだけど聞いてみない? ねえ、どうどう? 聞かない?」

「いらん」

「なんでよー、良いと思うんだけどなぁ」

「どうせロクなことじゃない」

「良いから聞きなよ」


 聞いていないのに勝手に話し出す。


「私はね、『ラグナロク』を持ってるアヤちゃんと、アヤちゃんを鍛えてる私を狙う何物かが居ると思うの。そいつはね、か弱いロベリアちゃんや、アヤちゃんを倒そうとしてるの。

 けどなかなかうまくいかなくて、その理由はカッコいい王子様が陰ながら必死で守ろうとしてるんだよ! でもでもその王子様は邪魔をしているうちに呪いがかけられちゃって……」

「……もう良い」


 なんだこの脳内ピンク一色の桃源郷は。

 この世界に救急車なるものが存在するなら早く連れて行って欲しい。


「そんなアホな妄想してるからババアになるまで誰にも求められないんだ。バカ女」

「なっ、バカって言ったぁ! って言うかババアじゃないし! ババアじゃないもん!」

「ババアでバカなのは事実だろ」

「ババア連呼しないでよ!」


 つるぺたばばあほどじゃないけど、とロベリアが小さな声でそうじゃない、と否定するかのように呟いてから続ける。


「これでも傷つくんだから! それにだいたいね、女の子は王子様とかそういうのに憧れるの! アヤも今は女の子なんだから、もーちょっとそういう嗜みを持つべきなの。分かる? セシルさんに顔向けできないよ! 将来はお姫さ……わわ、ちょっと何すんの!」


 土の塊を圧縮し硬くしてロベリアのほうに放つ。

 バカすぎて頭が痛い。


「良いから行くぞ、クソババア」

「うっわ、どこで汚い言葉覚えるの!? って言うか私はババアじゃないから!」

「覚えたんじゃない知ってるんだ。アホなこと言ってないで早く来い。村に入られたら困る」


 アヤは魔力を込めて魔物がいる方向へ駆ける。

 本来であればこんな異形の魔物が出たら冒険者や国軍が出てくる、と言うのが慣例であった。特に冒険者なんかは魔物の出現率が上がれば、すぐにやってくることが多い。


 けれども大量にやってくる冒険者や国軍を駐留させるだけのギルドや施設はダミア村にはなく、拠点を近くの街に置く必要があったため討伐しきれていないと言うのが今の現状だった。

 もちろんそんな風に悠長に構えていてはダミア村に危険が及ぶ可能性もあり、アヤとしてもそれは避けたいことだ。

 結論として、魔法や魔力を使う勉強も兼ねてこうして討伐を繰り返し行うことで、ある意味、冒険者や国軍の手におえない一部を手助けする形になっていた。


 そんな活動も先ほどのガーゴイルのように大した労力も払わず軽く倒せていたのだが、今回は普段と違った雰囲気を醸し出していた。

 目指す方向へ、すなわち魔物の魔力を感じる方向に進むにつれ冒険者と思しき人が血を流して倒れている。


 動物の死骸は結構見てきたつもりであったが、それが人になると厳しく目を背けたくなるものだった。

 明らかにいつもと違う雰囲気にロベリアが心配そうな声でアヤに声をかける。


「アヤ、いつもよりも……注意するんだよ?」

「ああ」

「無理しないこと、分かった?」

「分かったよ」


 アヤのその言葉を聞いてロベリアはスピードを上げる。

 アヤもそれについて行き――開けた場所に出たところは冒険者と国軍の無残な姿だった。

 そしてその向こうにはサファイヤのように青い小型、それでも木々よりは少し大きいドラゴンが鎮座している。


「ドラゴン……」

「成体のなりかけか」

「アヤ逃げよう……ヤバいよ……」


 ロベリアがそう呟く。

 けれどもアヤはその言葉を無視してラグナロクを構える。

 今までが退屈だった、とは言わない。

 しかしロベリアから魔力についてや、魔法について、知らない事を教わっているうち、だんだんとガーゴイルのような下級の魔物と対峙するだけでは少しずつ物足りなくなっていた。

 軽く小突いただけで倒してしまうような、言ってしまえばそんな感覚。

 だからドラゴンを見たときはこんな状況であったが自分の力が試せるのではないか、と思ってしまった。


「たぶん大丈夫だ。成体ならかなり厳しいと思ったが、これならなんとかなるはずだ」

「え? ア、アヤ?」


 ロベリアはアヤのその言葉に動揺していたが、アヤが見たところ青龍と呼ばれる成体にはまだ成長しきれていない大きさ。

 ゲームをしていた頃はこれくらいであればソロで討伐出来ていた。

 これが現実となった今でも、魔法の威力や使い魔の強さがあの時と同じであれば、間違いなく討伐できるはず。

 廃人と呼ばれ目に焼き付くほどアイリスと言うゲームをプレイし、繰り返してきたプレイヤーの感覚。その感覚は衰えてなどいない。

 とは言え、この世界で初めて自分よりずっと大きいドラゴンと退治するの流石には冷や汗が出る。


 じり、とアヤが前に出るのをロベリアが引き止める。


「ダメ、ダメだよ。アヤ逃げようよ」

「どこに逃げるんだよ。村も近い、これ以上近づかせたくない」

「で、でも隠れればもしかしたら……」


 ロベリアが言い終えるか終えぬかのうちに、ドラゴンがグオォオォォと鳴き声をあげアヤとロベリアへ目掛けて飛翔する――と同時に鋭い鉤爪が襲ってくる。

 アヤとロベリアは左右に分かれ鉤爪を避けると、次の瞬間には二人の居た位置が大きく抉れていた。

 二人を捕えることの出来なかったドラゴンの目はアヤの方を見ていた。

 すぐさまドラゴンは口を開け冷たく吹雪にも似たブレスを吐いてくる。ゲームの頃と似た同じ行動だ。

 アヤは咄嗟に障壁を周囲に張るが、寒さまで防ぐことは出来ず体が急速につめたくなるのを感じる。


 何とかしなければと思っていたところ、ロベリアがドラゴンの背後で爆発を起こす。


「ア、アヤに手出ししないで!」


 ブレスを吐くのを止めて、ギョロリと、ドラゴンがロベリアの方を向く。

 びくり、とロベリアが怯える。


「ロベリア助かった! そのまま時間稼げないか?」

「ム、ムリ! ムリムリムリ!」

「イルレオーネではドラゴン討伐したんだろ! ウソか!?」

「で、でもあの時は……ううう……わかったよぉ!」


 日頃、魔力を練る早さを意識していなかったのが仇になった。

 ロベリアに散々言われていたのに、そんなものは必要ないだろうと思い、怠っていた結果だ。


 ドラゴンがロベリアに向かって鉤爪を振り下ろす。

 魔力を使って身体強化をしたロベリアが避け、ドラゴンに炎の魔法を向けるが、ドラゴンは何とも思っていないのだろう、再びロベリアにツメ振るう。

 ロベリアであればきっと避けれるだろう、アヤはそう思ってこそ居たものの気が気ではない。ロベリアに何かあってはきっと。

 そんな心配とは裏腹に再びロベリアは爪を避けることに成功した。が何度も同じ行動をするドラゴンでもなかった。

 体をうねらせて尻尾をロベリアに向けて振ったのだ。


「ロベリア!」


 アヤは叫び、魔力を練るのも忘れ尻尾を吹き飛ばす。

 お蔭か、間一髪、ロベリアには当たらずにスレスレを通るもロベリアは腰を抜かしてしまったのだろう。その場にへたり込んでしまった。


 これ以上ロベリアのほうに注意を向けさせまい、とアヤは炎をドラゴンに当て爆発を起こし引き付ける。

 ドラゴンの鉤爪と尻尾による猛攻はゲームの時の動きとほとんど一緒だった。

 その事さえ分かってさえしまえば何度も何度も戦い続けたドラゴン戦、目を瞑っていても避けれる。

 アヤは魔力で強化した小さな体を生かし右へ左へ、次の動きを予測しながら曲芸のように避けつつ、魔力を練ることに意識を集めた。

 そして――ドラゴンはアヤを捕まえることが出来ず、イライラしたのだろう、周辺を吹き飛ばそうと大きく息をした瞬間をアヤは見逃さなかった。


「ティターニア」


 ゆらり、とアヤの周囲が歪む。

 歪んだ先には一瞬であったが花と森が見え、そこから蝶のような羽を生やした女性が現れる。

 女性が現れたと同時に周囲の空気が変わったのだろうか。今にも襲いかかろうとしていたはずのドラゴンが動きを止め、ティターニアを睨んでいるのが分かる。


「私を呼び出すとは誰だ」


 ゆっくりと言うとティターニアは召喚者であるアヤを見る。

 当のアヤは特に気にもせず、いつもと変わらず当然と言った振る舞い。一点、逸らさずにドラゴンを見続けている。

 ティターニアはアヤの持っていた杖を見ると、口の端が少しだけ笑ったように見えた。


「なるほど。ラグナロク、か。以前にも私を呼び出したことがあるな?」

「ああ」


 アヤが頷く。

 それを確認するとティターニアは、そして、と続けドラゴンと後ろのロベリアを確認する。


「ドラゴン……そして友人か」

「近くに村がある。そこに影響を及ぼしたくない」

「なるほど、良いだろう」


 アヤの言葉にティターニアは頷くと優雅にまるで蝶のようにふわふわと舞いながらドラゴンの前に出る。

 目前に舞い降りたティターニアに向けドラゴンが吹雪にも似たブレスを吐く。

 が、ブレスがティターニアに届くことはなかった。


「ナイトメア」


 ティターニアが言うと同時に、まるで何かに合図を送っているかのように手を振ると真っ黒な球体が現れ、吹雪の息は全てそれに吸収されてしまい、球体の先は吹雪などあったのだろうか、と見紛う程であった。

 ドラゴンがそれを確認したかしていないかのうちに、今度は球体から黒いツルがドラゴンの周囲へと絡みついて根底から息を遮る。

 グゴォオとみずからの冷たい息を浴びて叫び、暴れまわるドラゴンだが強力な黒いツルによって身動きすら出来ず、次第にツルとツルが絡み合う。

 暴れまわっても破壊できず、みずからの体を傷つけるのみのドラゴンは成すすべなく、周辺にはまるで牢獄とも見える絡み合った鳥かごが完成しまった。


 そして――


 ティターニアが持っていた杖を振るうと輝く白い矢のような魔法が飛んでいき、貫きドラゴンは絶命する。


 アヤはドラゴンが絶命したのを確認するや否や、ロベリアのほうへと駆け寄るとティターニアは役目を終えたと悟ったのだろう、何も言えずに揺らめいて消えて行く。


 そんなことが起きていることにすらも気づかず、慌ててロベリアのほうへ駆け寄ると、ロベリアは呆けていたて、余計にアヤは心配になる。

 もしかしたら何か怪我でもしているのかもしれないし、毒があったのかもしれない。


「だ、大丈夫か!?」

「あ、ありがとう……大丈夫だけど……って言うか! ティターニアってなに!?」


 元気そうな発言に思わず目を逸らす。

 無事でよかった、と思うと同時に呆けていたのはこれが理由か、と思う。


 とは言えこの反応が当然なのかもしれない。ティターニアはゲームの時代でもあまり使わなかった超上級の使い魔で、ゲームの時代でも使える人間はアヤ含め二、三人であったと聞く。

 即ち切り札の一つで、この世界に来てからたった一度だけしか召喚をしたことがなかったのだ。

 もっともその時もティターニアと会話をしたわけでも、顔を見せたわけでもなかったので、しっかりとした対面は今日が初めて。


 つまりそれくらい使用頻度が低く、出来れば披露したことはなかったし使いたくもなかった。

 けれども相手が小型とは言えドラゴンとなればまったく別の話で、特に命のやり取りにもなりかねない現状を考えれば、ティターニアを召喚するのは妥当な判断だと思える。


「あ、あー、あれは……まあうん」


 しかしすぐにロベリアがアヤの顔をつかんでロベリアのほうへと視点を戻させてくる。


「うん、じゃないよ! って言うかホント私が教える意味とかあったの!? この三年間はなに!?」

「や、でも、魔力は上がってると思う……ゲームの頃よりも絶対に強力だったし、ソロだとだいぶ辛かったのが身動きとらせないまでになるってのはスゴイんだけど……」

「ゲーム? ゲームって前話してたアレ? 遠くの人が箱の中でやり取りするって言ってたゲームのこと? これは現実なんだけど!」

「って言われましても……」


 反応できずに、パンと顔が叩かれる。

 ジンジンとした痛みが残り、そしてすぐにアヤはロベリアにぎゅっと抱きしめられる。


「あんまり無茶なことしないで!」

「ご、ごめん……」


 ロベリアが明らかに怒っている口調でアヤにきつく言ってくる。

 ついその口調の厳しさから謝罪の言葉が漏れてしまうほどに。

 アヤには判断がつかず、どうしてこんなにも怒られているのか、何故殴られたのか、何故抱きしめられているのか。

 なすがまましばらくの間、抱きしめられロベリアが忘れた頃に話を続けた。


「アヤになにかあったらセシルさんにも何て言えばいいか分かんない。それに私も悲しいから……だからもうゲームとかそういうのと切り離して考えて欲しいの。

 昔はわかんないけど、今のアヤは今のアヤでこの世界で生きてるの……だから……ね……お願い」


 そこで初めてアヤは気づいた。

 ただただ心配されていたと言うことに。

 アヤは本人の前で認めたくはなかったがロベリアとの日々が楽しいと思っていた。それと同じだったのだ。

 ロベリアがドラゴンを相手にしているときアヤが心配するのと同じで、ロベリアもアヤを心配していた。だからこそ無理をしたアヤを叩いて、そして抱きしめたのだった。


 昔の、廃人だった頃の自分にそう思ってくれている人はいただろうか、とアヤは考える。

 いたのかもしれない、けれどもそれに気付こうともしなかった。

 後悔する。

 人にこうして大切に思われるのは悪くない感覚で、もしかすると男であった頃の両親もこういう風に思っていたのかもしれない。

 そう思うと口から出てくる答えは肯定しかなかった。


「……分かった」


 素直に頷く。

 もっと早く気付けていれば昔の自分ももう少し違ったのかもしれない。

 そう思った時だった。突然遠くから男の声が聞こえる。


「おい! こっちだ!」

「や、やば……」


 そういうと腰を抜かしていたロベリアだったが、どうやらそれも治っていたようで慌てて立ち上がった。

 先ほどまでのしんみりとした雰囲気がウソのようにさえ見える。


「え? な、何がだ? なんだよ、突然……」

「あ、あの旗! イルレオーネの旗!」


 それの何がヤバいのだろうか。英雄として崇められるほどの国なら、ドラゴンを倒したのだ、さらに英雄として崇められるに違いない。

 次第に行軍の足音だろうか、近づいてくる。


「イルレオーネに戻ったら退屈で死んじゃう……!」

「は?」

「アヤ逃げるよ! 早く!」

「え? え??」

「良いから!」


 言うや否や、ロベリアはアヤの手をつかんで走り出す。

 引きずられるような形でアヤも走り出す。

 もしかしたらアヤにも多大な功績みたいなのが入るチャンスなんじゃなかろうか。

 それを無視してまで引きはがそうとは……


「どういうことだよ!」

「イルレオーネって退屈すぎて死んじゃうの! 王宮魔道士とか面倒だもん。兵士に見つかったら絶対に連れ戻されちゃう!」

「おい、もしかして……」


 ロベリアの抜け出した一番の理由ってのはイルレオーネが退屈と言う事だろうか。

 なんて贅沢な悩みをもって抜け出したお転婆……娘とは言い難いが容姿が子供に近いから娘にしておこう。

 走りながらロベリアが叫ぶ。


「だって今はアヤとこうしてる方が楽しいんだもん。もう少しこうしていたい!」


 百五十に近い年齢を重ねたとは思えない子供発言で、アヤは思わず苦笑いするが、まあ少しくらいは良いだろう、そう思ってアヤも一緒にその場から去って行くのだった。

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