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第三話

 アヤは草むらの陰に身を隠し、そっとラグナロクを軸に竜巻のような風を起こす。

 かさかさと周囲の草が揺れるほど、大きな風が起きると同時にアヤは草むらから飛び出し、群れから逸れたであろう一匹で歩いていたオオカミを小さな竜巻を纏わせた杖で殴る。

 殴られたオオカミは竜巻を直に受けて体に大きな穴が開いて絶命したのだった。

 その光景を見てふぅ、とアヤは息をつく。

 初めのころはこういった光景を気持ち悪く思ったのだが、慣れとは恐ろしいものでいつの間にか見てもなんとも思わなくなっていた。


 ラグナロクを手にしてから四年。

 七歳となったアヤは度々村の近くにある森へと出かけるようになっていた。

 村では多様な動物たちや下手をすれば魔物が出ると言うことで危険なため、子供たちは絶対近づかないように、と教わりながら育つのが常であったのだがアヤはそれを破りあえて森へ通っている。


 少なくとも村にいる子供と遊んでいるよりはこっちに来た方が有意義だと思えたからで、さらに言ってしまえば魔法や召喚術の練習にもなる。

 初めて魔法に触れてからと言うもの、いろいろと試してみたが、やはり四年前の推察通りアイリスであるのはほぼ間違いないと思えた。


 可能性に気づいてからまず始めにアヤが試してみたのはゲームとしてやっていた頃、自分で操作していたキャラクターの職、召喚士としての魔法をイメージし、試してみた。

 すると当初考えていたよりも、より強いイメージを必要としたがなんとか出来たのだ。

 ゲーム時代ではサービス開始以降作られたことが無い、と言われるほど強力なラグナロクと言う杖を使っていたからか、それともキャラクターのステータスと言うのが存在するのであればアヤの体に引き継いでいるのか定かではなかったがアイリスの上位職と言われる召喚士の魔法が使えたのは嬉しくて、その時の喜びは今でもしっかりと覚えている。


 次にやってみたのは能力の調査。

 契約したさまざまな使い魔を一度は召喚できるのか試してみた。

 多くの使い魔に関しては召喚できることを確認したが、一部の上級使い魔に関してはどれ程の影響が出るか分からないし、何より誰がどこで見ているかも分からなかったので、試したのはたった一度だけ。

 短い時間、本当に顔を見る程度で使い魔がアヤの事を見れているかも定かではない。


 ともあれそんな調子で一通り試してみた結果、イメージしていた通り、ゲームとしてやっていた頃のキャラと今の自分の能力ではほとんど差はなかった。


 そんな形でさまざまな事を試して、検証を繰り返し、その都度、成功を収めることが出来た。

 検証に検証を積み重ねてゆくうちに村では危険と言われる森の中でもなんの問題もなく入っていけるだろうと言う結論に達し、それ以降はより人気が居なく、強力な魔法が使える可能性のある森へと入って行くのだった。

 とは言えアヤの住んでいるダミア村近くの森はゲームでは最初に降り立つ地で、いわゆる一般的に魔物と呼ばれる仰々しい生き物はほとんどいなく、動物が多いと言う感じで廃人プレイヤーであったアヤにしてみれば少し物足りないと言うレベルでもあった。


 物足りないから、と言って何もしないわけでもなく、せっかく森まで出向いているので獣類の狩りは行っていた。

 もちろんそのまま持ち帰れば森に入ったことがばれてしまう。

 なので狩りの対象は色々と限られて来るのであったが、今日は先にオオカミを見つけてしまったので仕方がない。放置しておいて自分が不意に狙われるのも困る。


 どうしようか、と悩み解体して持って帰ろうかなどと考えだしたころ、突然雄叫びが聞こえて振り返る。

 そこに居たのは一般的にはグリズリーと呼ばれるクマで村の人の話によればそう凶暴でもなく、近づかなければ何ともないとのことだった。

 そのはずだったのだが、どうもこの個体はそうではないらしくアヤを見つけるや否や、木々をかき分けながらまっすぐ突進して来てくる。

 咄嗟の判断でグリズリーに対して真横によける。


 アヤはすぐさま体勢を立て直して先ほどのように杖に竜巻を作りグリズリーを殴ったが、グリズリーは予想以上に強く、竜巻を掻き消し杖が直に当たって手に痺れが走った。

 グリズリーが苦痛にゆがんだ様子はない。

 それでも何かをされたというのは分かったようで、グリズリーは雄叫びを上げてアヤに大きな爪を向け切り裂こうと襲いかかる。


「ムリか」


 アヤは体の周囲に風を巡らせて後方へ大きく飛び上がると、グリズリーの爪が先ほどまで居た場所を深く抉ったのが見えた。


 危ない。

 あれでは魔力を体にめぐらせ多少、身体能力を向上させたとしてもただではすまなそうだ。

 早いところ片づけなければと思い、アヤは空中で杖をグリズリーの方向へ向け呟く。


「ウンディーネ」


 そうアヤが言うや否や空中にいるアヤの背後が蜃気楼のように揺らいで、そこから水を纏った女性が現れる。


「貴女は、まったく。何度言えば分かってくれるのですか? 無茶をしてはダメです」


 女性の透き通った声があたりに響いた。


「倒せると思ったんだがな」


「貴女のその自信、本当にいったいどこから出てくるのですか?」


「良いからやれ」


 そしてアヤが杖を振るうと、ウンディーネは分かったわ、とため息を一つついて、水を槍のようにうねらせてグリズリーを貫く。

 どすん、と倒れる音が森に響くと同時にアヤとウンディーネがそれぞれ着地する。


「アヤ、私は貴女にひとついっておかねばならないと常々思っていました。良いですか、今のグリズリーは明らかにですね――」

「はいはい、また今度な」

「ちょっと! まだ話は終わっていません!」


 ウンディーネの叫び声むなしく、アヤがこつんと杖で地面を叩くとウンディーネが消える。

 ゲームの頃からも確かによくしゃべる使い魔であったが、この世界に来てからは説教じみたことが多く少し鬱陶しい。

 便利であるだけこの口うるささは傷だ。


 ともあれ口うるささに関してはずっと付きまとう問題で、それよりも今は目先の問題だ。

 アヤが目を向ける。


「これどうするかなぁ……」


 目の前のグリズリーの死骸を前にアヤは途方に暮れる。

 オオカミ程度であれば解体して、とも考えたのだがクマともなると解体するのにも一苦労かかりそうで、かといって持ち帰るともなれば、気性の荒いイフリートか、喧しいシルフィード、あとは口うるさいウンディーネに運ばせるか、ノームは……バカすぎて少し致命的で、そもそもサイズにも問題がある。

 問題はまだある。たとえ運ばせたとしてもクマを持ち帰れば森に入っていたことは明白となり言い訳も面倒だ。

 そういった理由からさてどうしようか、と考えていると背後から少しばかり歳を取ったようにも思える女の声がかかった。


「わっ、グリズリー!? ってキミ平気なの? 大丈夫?」


 びくりとして振り返ると声とは裏腹に十四、五くらいのフードを被った少女が立っている。

 アイリスをしているとき、今いる森にこんなNPCは居ただろうか、と考えるがアイリスとズレも生じているのは村の人たちで分かっていた。

 いたはずのない人が、子供がいたので完全に一致していないことを考えればこの少女もその部類の一人だろう。


「あ……はぁ……。大丈夫です」


 内心、なんだこいつは、と思いつつ答える。

 食い入るようにジロジロと眺めてくる謎の少女。

 フードを被った少女のほうが今のアヤより背が高いため威圧感もある上に、そうジロジロと見られると、かなり居心地が悪い。


「そっか、よかった。でも他に誰もいないよね? もしかして……うーん、でも流石にちょっと無理があるような……」


 うーん、うーん、とトイレに籠っているかのようなうめき声をあげていた少女がアヤの手の中のモノにくぎ付けになった。

 なるほど、そういうことか、と呟きフードを被った少女は首を縦に振る。

 どうやら何かに納得をしたらしい。


「もしかして、ラグナロク?」


「えー……と……それは……」


 アイリスでは確かにラグナロクと呼ばれ、入手した職によって形状が変化すると言われている武器と言われていたので、そもそも形状を分かっている人間が少ないはず。

 それにこの世界でも同じ名前で呼ぶのか、はたまた本当にあの時手に入れた本物であるのか、なんてのは分からない。

 だからその問いにしっかりと答えられる要素がなかったのだ。

 問いかけるだけ問いかけて解答を聞く気がないのか、思ったことだろう、少女は独り言のように続ける。


「うーん、けどこんな小っちゃい子が……? やっぱり違う気がするけど……」


 うーん、と再び悩み始める。

 少なくともアヤより少しだけ歳を取っているようにしか見えない子供に、こんな風に上から言われるような筋合いはない。

 何よりアヤにはアイリスで積み立てたこの世界に対する知識がある。

 正直なところ、お前に心配されることなど何もない、と言うのがアヤの感想だった。

 うん、と少女が一つ頷く。


「ねえ、やっぱりさ、近くにパパとかママとか大人の人がいるんだよね? キミはたまたまここに居ただけだよね?」


「……なんか無理やり違うって言わせたいように聞こえるけど」


「じゃあやっぱりキミがやったってこと?」


「そうだよ」


 うーん、と少女が腕を組んで悩んでます、と言いたげなポーズをとってしまった。

 先入観からだろうか、少女は信じないらしい。もしこれがゲームだったら間違いなくPK対象にしてやっているところだ。


「でもねー……だってどう見ても魔物化したグリズリーなのにこんな事が……」


 アヤを一人置いてけぼりにして勝手に話を進め、詰まると勝手に悩むちょっと頭の弱そうな少女にだんだんとイライラしてくる。


「ねぇウソついてないよね??」


 いい加減イラっとして黙らせると言う意味でも、ウンディーネを出して見せる。

 これなら疑いようがないであろう。

 仕方ない、とアヤはトンと地面を杖で突いて先ほどのようにウンディーネを出して見せる。


「アヤ、少し扱いが粗いと思います」


「別にいいだろ」


 ふぅ、とウンディーネがため息をついているのを無視する。

 これはもしかしたら説教のパターンかも知れない、そう思いアヤはすぐにウンディーネを消す。頭の弱そうな少女に絡まれて、その上説教まで食らったらたまったものじゃない。


「どう、信じる?」


「本当に? ラグナロクも使いこなしてるしウンディーネって……確かにウンディーネなら魔物化してたグリズリーくらいなら……」


「まだ信じようとしないわけ? ずっと言ってるじゃん」


 心の中で舌打ちしつつも、アヤの中でバカの烙印を押す。

 むむむ、と少し少女がうつむくが知ったことではない。

 俯いているし、もしかしたらこのまま去っても気づかれないかもしれない。あまり関わる必要もないし、付き合ってられない、とアヤは去ろうと決意する。


「ハンナの言うとおりだったわけね……」


 と去ろうとしたのを感じ取ったのか、それともたまたまだったのかは分からないが聞いたことのない名前が出てくる。

 人物だろうか。しかしそんな名前の人物やもちろんゲームの時代のNPCとしても聞いたことが無い。


 まあ良い。とっととどっかに行こう。

 グリズリーの死骸はこの謎の少女が何とかしてくれると信じて。

 けれども去ろうとした絶妙のタイミングで、よし、と何かを決意したかのように少女は顔を上げ、質問をぶつけてきた。


「ねぇ、お嬢ちゃん、名前は?」


「お嬢ちゃんってあんたもあんまり変わんないと思うけど」


 はぁ、とあからさまにため息をついて答えるが少女は気にした様子などなく再び聞いてくる。


「良いからお姉ちゃんに教えてよ、ね?」


「いやだって言ったら?」


「意地悪しないで教えるの! お願い!」


 少女は手を合わせてアヤに懇願してくる。

 何をそこまで名前など聞きたがるのか。

 これ以上拒否するとふて腐れた子供のように思えた気がしたので、素直に名前を答える。


「……アヤ」


 別に名前を知られたところで何かが変わるわけでもない。

 ましてやこの世界にはインターネットもなく、プライバシーの権利なんてものも無いようなものだ。


「アヤ……アヤちゃんか、うん。なるほど。アヤちゃんが住んでるのはやっぱりこの近くなのかな。だとしたらダミア村? どう? あってる?」


「……よく分かったね」


「やった! と言うことはアヤちゃんの魔法は独学ってことかな? そうだよね?」


 次々と当てられて少し面白くないが事実なので、こくり、とアヤは頷く。

 なるほどなるほど、と少女は顎に手を当てて考えてる風のポーズをとる。

 もしも現代の日本でこういう感じの少女がいたとしたら、迷子になった女の子を送り届けようとして自分も迷子になってしまうような、そんな少女と同じような匂いがする。

 要するに後先を考えないような、そうただのバカじゃない。常軌を逸した、物凄いバカじゃないか、と言うこと。

 なるべく早く去ろう、と決意したのだが、驚きの一言が発せられた。


「アヤちゃん、一つ提案なんだけど。私に魔法を教えさせてくれないかな?」


「え? バカなの……?」


「バ、バカって! 私の名前はロベリア、ダミア村がいくら辺境って言っても知ってるでしょ?」


 ロベリア……そんなNPC居ただろうか。と言うかこんなバカっぽいキャラがいたかどうか考えてしまう。

 アヤは首を横に振った。

 居たと言う記憶はなかった。そもそも居たとしてもNPCで直接アヤと関わりがあるわけでもないのでそこまで記憶に残っていなかったのかも知れない。


「えー……三十年くらい前にあったイルレオーネの危機を知らないの……?」


「イルレオーネ?」


 ううむ、とロベリアと名乗った少女がうなってしまう。

 と言うか三十年前?


「ここからダリア村の北にある大国イルレオーネ、アヤちゃんのパパもママも何も教えてくれなかったの?」


「うーん」


 そんな風に言われても何も聞いていなどいないし、ダリア村より北と言えば七年前ゲームとしてやっていたアイリスでは未実装の地域だったはず。


「たぶん聞いてない」


「むう……。ここ十年くらい冒険者の質が急激に上がったからかなぁ……私のスゴさも薄れちゃったのかも……」


 普通、自分でスゴイなんて言うだろうか。

 と言うかどう見たってスゴイように見えない。容姿と言ってることがチグハグすぎて、バカ度合いを更に上げたように見えるのはきっと気のせいじゃない。


「とりあえずさ、おバカさんの言いたいことは分かった。でもさ、私に魔法を教えるってギャグだよね? 万が一にも本当だとしたら当然だけど私よりすごいってことだけど意味わかってる?」


「ま、またバカって言った! ってかどんだけ自信あんのよ! アヤよりもぜんっぜんスゴイに決まってるじゃない!」


 アヤからしてみればむしろ、ロベリアのどこにそれだけの自信があるのか謎だ。

 そもそもいったいどれだけの時間をアイリスに費やし、このラグナロクを手にしたと思っているのか分かっていない。

 杖の効果はこの四年間でじっくりと調査しており、持っている時と手放している時ではだいぶ威力が違うと言うことは明白であった。

 それに加えて昔使っていたキャラと遜色のない召喚士としての能力。自信がないわけがない。


「少なからずバカに教わることはないね」


「バカにして!!」


 意味が分かっているのだろうか。

 バカにしているからバカと言っているのだ。


「あんたなんかちょちょいのチョイなんだからね!」


「寝言は寝て言え」


「可愛くない!! すっごく可愛くない!! だいたいね、人よりちょっと凄い召喚魔法が使えるから自信あるんでしょ? そんなの私からしたゼンッゼン大したことないんだからね!」


「吠えてろ」


 うぐぐぐ、と唸り声を上げるロベリア。


「確かにハンナは言ってたけどこんな性格悪いなんて……」


 性格が悪いとはどういう了見だ。

 そもそも師がどうとか、はっきり言って迷惑なわけで先に意味の分からないことを言ったのはロベリアの方。

 もとより師など居なくともやっていけるし何よりバカに教わる気などない。

 もしも教わる事があるとすればこんな小娘でなく、もっと聡明な人間に頼むか自分で調べる。


「ともかくバカに教わる事など何もないし、必要ない」


「口を開けばバカバカバカ! その上このロベリア様が必要ない!?」


 ふふ、ふふふ、と不気味な笑い声をあげたかと思えば大げさにアヤを指差して叫ぶ。


「わかったわ! このロベリア様の凄さを体で分からせてあげる! 私があんたに勝ったら意地でも魔法とはなんたるかを、体に教えてあげるんだからね!」


「バカか? こんな小娘に負ける方が難しい」


「コ、コムスメェ……!? これでもアンタなんかよりねぇ……!」


 もしかして噂のロリババア……いやないか、と考えを捨てる。思考が幼すぎる。

 例えロリババアであったところで今後一切の関わりを持つこともないだろう。


「よぉーし、分かったわ……! この森は少し先を進めば抜けれるの。それで抜ければ草原が広がってるからそこまで来なさい! 思い知らせてあげる!」


 そういうとロベリアは地を蹴って最短距離で森を抜けていった。

 負けるのも癪なのでアヤもすぐに体の周囲に風を巡らせて地を蹴り、最短距離で森を抜ける。

 けれどもアヤはロベリアに追い付けず、結局ロベリアが先に森を抜けた。

 アヤの頭の中を少しだけ過る。

 もしかするとこれくらいは魔法使いであれば誰でも出来るのではないだろうか、と。

 しかし深くは考えさせてくれなかった。


「さーて、アヤ……もうこのロベリア様をバカなんて言わせないからね」


 ロベリアがアヤのほうに手を向けると地面が動き出す。


「いきなりっ、バカはなんでも突然だな」


 アヤは魔力を纏って地面を蹴る。


「またバカって言った! 私はバカじゃない!」


 言うや否や、ロベリアは間髪入れずに水を鞭のようにうねらせ、アヤの両手を縛ろうとしてくる。

 ヤバい。

 バカだが意外と出来る。


「シルフィード!」


 応戦しようとアヤが宙で風の精――緑色の服を纏った女性がアヤの横に現れる。


「アヤには手出しさせないよっ」


 元気な高い声が響くと同時に、シルフィードは風で水を切り裂くがすぐに水は元の形状へと再生する。


「ふーん、シルフィードね。ちょっとできるからって調子に乗りすぎよ!」


「うざ……」


「アヤ、あの子、結構やるよ!」


 分かってる、と思いつつアヤは腕を振るう。すると鞭のようにしなってきていた水を再びシルフィードが風で弾き、そのままアヤには風を纏わせて宙で方向転換をする。

 けれども何度やっても同じだった。ロベリアは再び水を鞭状にしアヤを追う。

 シルフィードの風で方向転換を繰り返し、ぎりぎりで避け続ける。


 が、これでは拉致があかない。

 逃げてばかりではあのバカには勝てない。


「イフリート!」


 シルフィードを保持したまま火を纏った男がアヤの背後に現れる。


「はっはっは! やっと出番か! 早く俺を出していれば良いものを!」


「良いから吹き飛ばせ」


「っは! 言われずともやってくれるわ!」


 その言葉を言い終えるか言い終えぬかのうちにロベリアの居た場所に大爆発が起き森の木々が少し吹っ飛んだ。

 しまった、とアヤは思う。

 我を忘れて全力で吹っ飛ばしてしまった。

 これでは本当にあのバカが死んでしまったかも知れない。恐らく決着は決まったであろう、アヤはイフリートとシルフィードを消す。

 バカとは言えあそこまでこの俺についてくるとは平凡な割になかなかやるやつ。惜しいやつを亡くした、とアヤは思い、せめてもの手向けとして粉塵が収まるのを待っていた。

 その時――


「は……?」


 鞭状の水がアヤを捕えに来た。粉塵の中から突然のことで対応しきれずに捕まる。


「その歳でイフリート、シルフィード、ウンディーネ、そして何より二体同時に使い魔を使役出来るなんて、粗削りなだけ勿体ないわ」


 無傷だった。


「ふふん、どうやってって顔してるね」


 心を見透かされたようでムカつく。


「こうやったの」


 パチンとロベリアが指を弾く。するとガラスのようなキラキラとした壁のようなものが彼女の目の前に現れた。


「なんだそれ……」


 七年前、ロベリアに居た頃にあんなエフェクトの魔法は見たことが無かった。

 今の現実となったロベリアは知っていると思っていた世界とは似ているが非なるものだと言うのは多少は分かっていた。

 けれどもここまで違ったとは予想外だった。


「魔導障壁。まぁ、とーっても頭が良くて私くらい凄くて、それで高位の魔法使いであればトーゼン知ってることね」


「うぜ……」


「魔法も粗いけど言葉使いも粗いの? 野蛮ー」


「うるさい!」


 リア充っぽい話し方はやめろと言いたい。

 この世界じゃリア充なんて言葉もないだろうから、アヤは心の中だけで叫ぶことにしておく。


「まあアレだよ。よーするに、アヤも私に習えばこういうことも出来るようになるってこと。まあアヤは魔術師と言うよりは召喚士としての素質が開花してるから全部が全部って訳でもないかもだけど。けどどっちも魔力を糧にする点、基礎は同じだからね」


 で、と得意げにロベリアは続ける。


「これでどれだけ私がスゴイかって分かったでしょ? 素直に認めて私に教わったらどう? アヤよりもずーっとずーっとスゴイ高みにこのロベリア様はいるのオッケー?」


 完敗なのは間違いがなかった。

 恐らくロベリアはアヤを怪我させないよう手加減をしていたのだろう。

 今現在、少女であるアヤが水に縛られると言うちょっとしたプレイにも見えない状態だったが、かすり傷一つついていない。


 けれどもやはりバカには教わりたくない。

 いくら魔法使いとして優れていても言動がバカだ。


「バカには教わりたくない」


「バカじゃ……わかった……分かったわ。そうね、もっと賢くに行くことにするわ。こんなおちびちゃんなんだもの。しょうがないわ」


「なっ」


「そうでしょー? おちびちゃん。まあいいわ。解放してあげる」


 そう言うと何を思ったのかロベリアはアヤを水から解放する。

 賢いって言葉の意味が分かっているのだろうか。ちなみに頭がいいとか才知が優れているという意味だがどう見たって当てはまりそうにない。


「ようやく言葉の通じないお馬鹿さんには余計なお世話って分かったんだね」


「ふふふ……言ってなさい、おちびちゃん」


「うるさい!」


「チービチービ」


 落ち着け、落ち着け。大人の対応だ。アヤはそう言い聞かせる。

 そもそも昔は女として生まれ変わってしまった以上、しょうがないことなのだ。そのうち大きくなるし、成長もする。

 だいたいチビチビと罵るっている時点で語彙力の少ないさ、バカ加減が見て取れる。オーラが、バカが滲み出ている。そんなのと争えば同じレベルだ。


 チビチビ、と野次を飛ばすロベリアを置いてアヤは帰路につく。

 今日は森に入って早々グリズリーに出会ったり、意味の分からないロベリアと言うバカな女にもあった。

 もう今日は十分だろう。

 さすがに一日に二度もあんな巨体に出くわすのも嫌であったし、死肉を漁る動物がいるとも限らない。少し遠回りするルートを選び進んだ結果、特に何事もなく家につけた。 


 そして――


「ただいま」


「アヤーおかえりー、ふっふっふ」


「え……」


 ドアの前に立っていたのはロベリアだった。

 どういうことだ。


「アヤ」


 セシルがアヤに寄ってきて、パンと頬を叩く。

 びりびりと痛みが頬に走る。


「なんで森に行ったの! 行っちゃダメだって言ったでしょう! ロベリアちゃんがいなかったらどうなってたと思うの!」


 アヤは内心で悪態をつく。

 ロベリアが何かを言ったんだな。

 けれどもとっさに思いつく言い訳が出てこない。

 森に行ってたのは事実だった。


「心配かけさせないで」


 泣きながらセシルがアヤを抱いてくる。

 なんだか申し訳ない気分だった。今までセシルをあまり親だと思えたことが無かった。前の記憶があるせいだろう。

 アヤを心配し、いつも気遣ってくれていた。分かっているつもりだったが、実際に泣かれるまで分かっていなかったのかも知れない。

 もしかしたら三歳までいつも家の中で引きこもっていたときは陰で泣いていたのかもしれない。

 そう思うと途端に苦しくなる。


「ごめんなさい……」


「うんうん、アヤ、自分を大切にしないとダメだよ。ママもこんなに心配してるんだから」


 例え茶々を入れてきたのがロベリアであっても何も言えなかった。

 心配させていたのは事実だ。


「さてセシルさん。じゃあこれからちゃーんと、アヤが危険なことしないように私が見張りますね」


「お願いね、ロベリアちゃん」


「え?」


 ふふふ、とロベリアが不敵な笑みを浮かべる。

 セシルがアヤの肩をもつ。セシルと対面になる形で目が合う。


「暫くロベリアお姉さんはうちに居ることになったの。あんまり余裕ないけどアヤの恩人だし行く当てもないって言うから。それにアヤがまた危ないことをした時もロベリアお姉さんがいれば安心だし……でもだからって言う事を無視しちゃダメよ。ちゃんとロベリアお姉さんの言う事を聞く。分かった?」


「え……?」


 意味が分からなかった。

 ロベリアを見ればニヤニヤと得意げに笑っているのがまた憎たらしい。


 知恵比べでバカに負けたのは非常に悔しかったが、セシルの決定事項。

 保護された家、親にはどうやっても勝てない。


 こうしてロベリアはこの家の住人となったのだった。

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