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第二話

「どうしたのお嬢ちゃん。つまらないんかな? じゃあこんなのはどうだい?」


 声をかけられてアヤはびくりとするが、半年に一度辺境の村に寄ってくれる行商人は村では顔馴染みにまでなっていて、行商人のほうも勝手が分かっている。

 多少子供が身を引いて構えられたところで親からは何とも言われない。

 それどころかアヤの母セシルはアヤに対してほら、行きなさいとばかりに肩をつかんでポンと前に進めさせる始末だった。


 アヤとして生まれ変わってから三年と言う月日が経っていた。

 立って歩けるようになってからもうわかることが増えた。

 家は農家であること、貴族制度や豪商など格差が激しいということ。かくいうこの村も貴族の領地の一つであるということ。

 情報をつなぎ合わせることで中世の世界に紛れ込んでしまったようにすら思える。タイムスリップで過去に戻る。そんなことがあるのだろうか。


 けれどもそんなことよりも、アヤにとって重要なのは情報から導き出せる将来についだった。

 少なくとも農家の子であると言うことは、水を汲んで、田畑を耕し、そして母と同じように織物をする未来が待っていると言うこと。

 考えれば考えるほどに楽しいことなどあるのだろうか、と思えアヤは次第にふさぎ込み村に居る同じくらいの年齢の子供たちとも遊ばず、ただただ一人で家の中にこもるようになっていた。

 そんなアヤを案じてかセシルが半年に一度やってくる行商人の元へと連れてきた結果が今の状況である。


 アヤは下らないと思いつつも、抵抗することなく押されるがままに前に出る。

 行商人としても三歳の子供を楽しませれば少なくとも好印象になるし、子供を介してモノを売れるかもしれないと言う利点があった。


「よーくみててごらん」


 そう言うと行商人は積み荷からごそごそと綺麗に整えられた杖取り出し、腕を振り上げてから大袈裟に振るう。

 するとまるでホタルのような淡く小く仄かに温かい光がチカチカと飛んでアヤの回りを取り囲んでいく。

 アヤは目を見開いてどんなタネがあるのかと光に触れようとするが、手は空を切り叶うことはなかった。


「なんだこれ……? 手品?」


「ん? お嬢ちゃんもしかして魔法を知らないのかい?」


「……魔法……?」


 呟いたように小さな声が出て思考が働いて行く。

 魔法とはあの魔法だろうか、と考える。

 いわゆる漫画や、アヤのやっていたアイリスなんかにも出てきていた現代には、もちろん中世の世界にもありえない技術。


「そう、魔法だ。すごいだろ? 他にもこんなことが出来るんだぞ」


 再び行商人が積み荷から別の杖を取り出して振るう。

 すると今度は地面からボコボコと土が隆起する。


「お、おれにも使える?」


「アヤ、ダメ。乱暴な言葉を使わないの」


 ぺし、とセシルに優しく頭を叩かれる。

 アヤの将来を気にしているのだろう。男であった頃の言葉が抜けきらないアヤをよく注意してきていた。

 そんなわけで普段はなるべく注意していたのだが、今は圧倒的な魔法の杖という存在に気を引かれていて、気をまわす余裕がなかった。


「元気なお嬢ちゃんだね。この杖があれば誰でも使えるよ。やってみるかい?」


 魔法を使える?

 もしこれが少し遠くから見ていて、いわゆる男であった頃の手品のような感じであればアヤも信じなかったかもしれない。

 しかし実際にアヤ自身が周囲に魔法と言われかけられ、実際に光って仄かに温かい感じがしたのを考えるとあながち間違いではないのでは、とも思えてくる。


 何より今の世界は男であった頃の世界とは違うと言うのが嫌と言うほど分かっている。

 本当に魔法だってあるかもしれないのだ。

 もし本当に魔法があるのだとすれば、アイリスと言うゲームの中に居るようで世界が広がって楽しくなるかもしれない。


 そんなことを考えつつアヤは何度もうなずく。


「じゃあ少しだけ貸してあげよう、人に向けちゃダメだよ?」


 はい、と言って行商人はアヤに杖を渡す。

 アヤは杖を受け取って人のいない方向に向かって行商人がしたように杖を振ってみる。


 するとその方向に行商人が振った時よりも地面の隆起が激しい。

 おお、と内心驚いたアヤは気を良くしてそれに少しだけイメージを付け加え突起状になるように想像した。

 隆起した地面の形状が瞬く間に突起状へと変化し、ゲームのアイリスにあった魔法のような形状でその場に残った。


 行商人とセシル、そして買い物に夢中になっていた何人かの客がじっと隆起した地面と、アヤを交互に眺める。


「お、お嬢ちゃん凄いね。もしかしたら魔法使いの才能があるかも知れないね」


「本当か?」


 言葉使いセシルも注意することなくアヤをまじまじと見ている。

 魔法使いの才能があるかもしれない。言葉の重みをアヤは感じる。

 もしかしたら辺境の村で生きるために生きることをせず、もっと別の生きる道があるかもしれないと言う希望。

 充分であった。


「おじさんは魔法使いじゃないから詳しくは分からないけどね。でもおじさんと比べてずいぶん広い地面を動かしていただろ?」


「うん」


「それは魔法使いの才能がある人じゃないと出来ないことなんだ。もちろん本物の魔法使いはもっともっとすごいけど、それでもお嬢ちゃんくらいの歳でこんなにできるなんてなかなかいないと思うよ」


 なぜ一般人でも何故魔法が使える杖と言うことが売りのハズなのに、魔法使いの才能がある人は普通の人よりも広範囲の操作が可能になるのだろうか。

 恐らく見た目が三歳だからだろう、オブラートに包まれたような言い方をされている気がしてならなかった。

 言葉使いに気を付けつつもアヤは行商人に質問をぶつける。


「どういうこと? おじさんは魔法使いじゃないってことは魔法使いじゃなくても使える杖ってことだよね?」


「うーん、おじさんもあまり詳しくないんだけど、魔法が施されてる杖を使っても効果の大きさは魔力が関係してるらしいんだよ」


「魔力?」


「そう、魔力が大きい人ほど杖に使える魔力が多くなるからね」


「つまり自分の持ってる魔力を魔法に変換してくれる杖ってこと?」


「うーん、だいたいそんな感じかな? 少し違ったような気がするけど……っていうかお嬢ちゃんと話してると大人と話してるみたいだなぁ……」


 行商人は頭をかきむしる。

 大人と話していると言うのは当然そうだろう。何しろ男として二十六年生きた後のアヤとしての人生なのだ。

 実質で言えば二十九歳になる。


 しかし、とアヤは思考を切り替える。

 確かに行商人のオッサンよりもだいぶ広範囲を長い時間操作できたということは、恐らくより多くの魔力を有していると言うことなのだろう。

 だとすれば後はデバイスの問題。

 最初はあの魔法の杖を使いつつ自分で試せるようになれば……


 そこまで考えてチラリ、とセシルのほうを見る。


「お母さん、あの杖欲しい……」


 少し困ったような表情を見せるセシル。

 しかし将来の道が変わるかもしれない、我が子のためと思ったのだろう。


「あの、これいくらですか?」


「お、買うのかい? まあお嬢ちゃんのあれ見ちゃったら確かに教材としても良いかもしれないからな」


 コクコクと人形のようにアヤが頷く。


「あのそれでお値段のほうは」


「金貨一枚だ。お嬢ちゃんがこれから凄くなるかも知れないって考えても、これ以上はちょっと厳しいな。大値引きだ」


 金貨一枚、その価値がどれくらいなのかアヤには分からなかったがセシルの表情を見ればだいたい無理なのだろうと予想がつく。

 諦めの表情が見て取れた。


「アヤ、ごめんね。ちょっと買えないよ」


 一介の農家であるアヤの家で、ほとんどが物々交換で済まされるような小さな村だ。

 お金と言う蓄えもそうあるとは思えなかった。


「分かった……」


 残念であったが諦めるしかない。

 別に杖がないからと言って何もできないわけではない。あくまで出力を補佐するデバイスでしかない。

 先ほど使用した時、イメージ通りに動かせたのだ。もう一度イメージをすればもしかしたらできるかもしれない。

 出来なければ繰り返してみるまでだ。

 手品でもなんでもない。実際に自分が魔法と言うモノに触れたのだから存在はするのだ。


「そういうわけなので」


「そうか、分かった。すまんなあ、お嬢ちゃん。俺がもう少し余裕あったらもっと安く出来たんだけど」


「ううん、大丈夫。おじさんありがとう」


 魔法と言う存在を知れたというのはあんな杖よりも大きな収穫だった。

 何も気にすることなどない。

 セシルが行商人から塩や砂糖などの普段は村で手に入らないようなものを購入して、岐路へ着く。


「アヤ、あの杖欲しかった?」


「うん」


「ごめんね、でも杖はお家にもあるから、それあげるからね?」


「うん、わかった」


 セシルは勘違いしているとアヤは思う。

 アヤ自身がここ三年で初めてまともに何かに興味を示した気がしたからだ。

 つまりこの三年間、セシルは何にも興味を示さないアヤに手を焼いていたと言うこと。

 ずいぶん世話を焼かれている、という気はしていたもののレールの敷かれた未来に向けて何かをやろうとの気も起きずただただ無視し続けた。


 それが今日になって突然、魔法に興味を示したのだから、きっと繋ぎ止めたいと思ったに違いない。

 だからこそ杖という物で釣ろうと試みているのだろう。


 しかし本当に重要な場所は杖ではなく、また魔法が使えると言われる杖でもない。もっと根底にある魔法が存在すると言う事実。

 知ってさえいればアヤは魔法に興味を持ったであろう。即ち杖などその過程にすぎない、使えるようになりやすいのであれば杖が必要かもしれないが、なければないで何とかしようと思う。


 そんなことを考えているうち、小さい村の中を横断して家へ着く。

 家に着いたセシルはすぐに戸棚を開けて杖を取り出した。


「アヤ、これでいい?」


 差し出された杖を見てアヤは驚いた。

 その形状はアイリスのゲームで手に入れた武器と同じ。

 ラグナロクと呼ばれるアイテムの形状をしていたからだ。

 

「どうしてこれ……」

「アヤが生まれた日にね、パパが拾ってきたの。なんか古いし私もパパも杖なんかよく分からないからとっておいたんだけど」


 ふと、頭の中に過る。

 今すぐ確認しなければ。


「……遊んできていい?」

「え? あ、うん、遅くならないようにするのよ」


 普段は外に行きたいなど自分から言い出さないアヤが遊びに行きたい、などと言ったものであったからかセシルは狐につままれたような顔をしていた。

 アヤは家から出て村を歩いてまわってみる。


 ピースが一つ、一つと嵌っていくような気がした。

 なぜ今まで気づかなかったのだろうか。

 誰よりも詳しく知っているつもりであった。


 魔法、行商人の到来時期、家の位置、畑の位置、村の形、村の名前。

 村から延びる道、村のはずれにある川、川の形。


 全てがアイリスの最初に降り立つ村と一致していた。

 一つの可能性に達する。

 つまりこの世界は――


「ゲームの世界と同じってことか……?」

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