第八話
シュティは程なくして立ち上がり、再び進み始める。
少し歩き始めたところで、エドがぴちゃん、ぴちゃんと水滴の音だけが響く洞窟内の静寂を破った。
「なんだあれで終わりか! まったく大したことないな!」
「クソガキが。バカか、お前は」
どうやら先ほどの口論で納得できていないキサラギは虫の居所が悪いようで、エドの言葉に不機嫌を隠そうともせず噛みつく。
「お、俺はクソガキじゃないぞ! エドゥアルド=フーカーだ! イルレオーネに居たことがあったんだ! 知っているだろ!」
「クソの役にも立たんガキなど知ったことか阿呆」
憧れの冒険者からの罵倒にエドは明らかに肩を落としている。
キサラギが特殊なような気もするが、アヤは敢えて突っ込むような真似はしない。自信過剰っぷりを少しでも削ぎ落として貰えれば、もしかしたらこの先の付き合い方についても変わるかもしれない。
そういう意味では良いお灸と言えよう。
「あんまり責めてやんなよ、キサラギ」
「知るか。死ぬよりはマシだ」
まあ確かに、とクレスが黙る。さすがにこればかりは反論は出来ないのだろう。
口が悪いとは言え正論だ。
さすがに機嫌の悪いキサラギを相手にしてしまったエドを不憫に思ったのか、マユユは元気づけるためだろうか、補足を入れる。
「エド、こういうところって奥に進むほど魔力が濃くなって、もっと強い魔物が出ることが多いの。だからエドだけじゃなくて、シュティちゃんもララちゃんもだけど、これで気を抜いたらダメだからね?」
三人はマユユからも言われて、言葉の意味とキサラギは何も的外れなことを言っているわけではないと悟り、首を縦に振る。
そうは言ってもヴリトラ以上の魔物が出ない限り、このメンバーなら対象可能だろうし、ヴリトラを越える魔物と言うのもそうそういない。
マユユからも念を押され、皆が一様に静まり返る。
足音だけが響くものの、ガーゴイル以降は魔物が出ると言うことはなかったが、敵は何も魔物だけではなかった。
迷宮と言う名のいりくんだ地形は冒険者を連れ去り、より深い所へと誘い、惑わす。
もちろん何もせぬまま、ただただ奥へと進んでいるわけでもなはなく、きっちりとマユユが進んだ道を記録しながら歩いている。
敵は魔物だけではない、その言葉を体現するかのように、さほど歩かぬうちに痛感させられることとなった。
めぐりくる時とは場にそぐわぬほど突然で、時に思わぬ事柄を運んでくる。
カチリ、とまるで人工物を思わせる音と共にクレスが声を上げた。
「しまっ――」
その言葉を言い切ることなく、クレスとそしてロベリアが突如、目の前から消える。
悲鳴のような、ロベリアの情けない声がだいぶ下の方でギャフン、と聞こえたのを確認すると、そろりそろりとマユユが近づく。
あったのは大きな穴。どうやら古典的ではあるが分断するための落とし穴のようだ。これは本当に自然にできたものなのだろうか、と疑わざる得ない。
もしかしたら本当に人為的に作成された可能性も、そこまで考えているとマユユが大穴へ向けて声を張る。
「クレス! ロベリアちゃん! 大丈夫ー?」
「おーう」
「こっちは平気だよー!」
どうやら結構な深さのようであるが、本当に大丈夫なのだろうか。
それともクレスの鍛え抜かれた肉体が人間離れしたそれを可能にしたのか、真相はお預けである。
「じゃあそっちはそっちで進めるー?」
「まかせてー!」
マユユの言葉にロベリアの声が返ってくる。
本当に大丈夫だろうか。心配になるがクレスもいるのでたぶん大丈夫だろう……初めて会ったときロベリアとわりかし意気投合していた点を考えると、クレスと一緒でもいささか不安ではあるが。
安否の確認が済むと問題はこちらにやってくる。
二人が落ちてしまったことで光源がないのだ。
イフリートを出そうにもキサラギの言うことを思い出す。
ともなれば仕方がない、手にしていたラグナロクの先端にアヤは炎を灯した。多くの光源を確保できた魔道具ほどではないが、ないよりはましであろう。
「ッチ、クレスめ。油断しすぎだ。バカが」
「はいはい、キサラギも言い過ぎないの。今は早く二人と合流しないとでしょ。下りれるところを探そう?」
なだめられたキサラギは、それでも不満気にしているものの、不毛だと分かっているのだろう、彼もまたアヤに習い炎を灯して光源を作る。
エドとシュティとララの三人は光源として活用できる炎を灯せるほどの技術は有していないので仕方がない。
それでも足元は見えるくらいの明るさで、六人は大穴を避けて通る。
敵は何も魔物だけではないと言う事実。そしてより深い深層に行けば行くほど強い魔物が出ると言ったキサラギの言葉が作用したのだろうか、余計な無駄口すらなく緊張の面持ちで進む。
そんな時間がどれほど流れたであろうか。
一向に下りが見えぬ中で突如、通路が広がりを見せせ、通路の一部と言うよりは部屋と言った方が正しいかもしれない。
けれそもそこはただの部屋ではなかった。
そこにいたのはワイバーンの群れで、ただし、地上のそれとは違う目が退化して無くなっているそれであった。
その先――多量のワイバーンの背後には炎の光を吸収し、振りまく火の粉のように幻想的に輝く結晶。
アヤも遠い遠い昔、画面越しに見たことがある。
あれは――
「すご……アーベルさんが欲しがるのも無理はないかなぁ……」
「そのようだな。だが――あの量のワイバーンはさすがに厄介だ」
キサラギとマユユ、二人の話にアヤも加わる。
「しかも地上のとはだいぶ様相が違いますね」
「討伐経験ありか?」
「はい」
「だとしたら話は早いな。俺がこのヒヨっ子たちを見ていてやる、お前とマユユ、二人でいけるか?」
少なくともアヤがワイバーンを相手にするくらいであれば苦とすることはないであろうが、マユユは分からないので、視線を走らせる。
と、マユユは不安げながらも頷いるところをみればある程度は平気、と言うことだろうか。
マユユの不安はぬぐいきる事無く、侵入者を察知したのだろう、ワイバーンが向かってくる。
と、アヤは飛んでくるワイバーンの一匹をラグナロクに炎と風の両方を纏わせて弾き飛ばした。
後方でシュティとララ、エドの歓声のような、おぉ、と言う声が部屋内に響き渡る。
「風力を利用したか。やるな」
「ありがとうございます」
言い切るか言い切らぬか、アヤも後方で待機している四人へ危害を加えられては困る。ワイバーンの方へと駆けだした。
アヤは周囲に風を起こし、まるで人とは思えぬ跳躍を見せ暗がりの中でワイバーンの一匹を再び弾き飛ばすと、低いゴロゴロと悲痛を訴える叫びのようにも聞こえる声が響く。
そのような声を出されたところで躊躇う訳にもいかない。
アヤが着地したのち、次々とワイバーンが群がってくるのを捌き、避け、そして背後から弾き飛ばそうとする――がワイバーンも学習能力があるようで、ただただやられるわけではなく、避ける。
目が退化しなくなったせいだろうか、背後からの迫るアヤのことがまるで見えているかのような動きを見せ、なかなかに実体を捕えさせてくれない。
ちらりと隣を見ればマユユは少しばかり苦戦気味にも見える。
これでは後方の四人にワイバーンが流れてしまうのも時間の問題と言えた。
ともなれば仕方がない。
のちにどれだけキサラギに追及されるやも知れないが、背に腹を変える事など出来まい。死んでしまえばそこで全てが終わりだ。
こつん、と一つ、アヤが地をつくと瞬く間に複数の小さな扉が現れ、そこから小人――ノームが姿を次々に現れる。
今回は寝ているところを叩き起こしたわけではないようで、何時しか見た水玉模様の寝間着姿ではなかった。
「むむ!? ここは暗いぞ!? どうしたのじゃ!?」
「まっくらだー!」
「とぉー!」
「うぎゃー! だれだぁー! くらいからってー!」
「ひゃー! いつものおかえしだー!」
途端、騒がしく、そしていささか厄介な局面であるにもかかわらず、和やかな空気になる。
が、和やかな空気でワイバーンが撃退できるわけでもない。
アヤは指示を出す。
「ノーム、後にして。ワイバーンが来てる」
「む! 分かったのじゃ!」
すると白髪にて白髭の小さな小さな老人は、まるで楽団の指揮でも執るかのように大きく手を振るうと、なにかの合図を察知したかのようにノームは次々にワイバーンへと襲い掛かる。
まるで小人とは思えぬ腕力と、そして洞窟内にある無数の岩を巧みに操ることで味方に付けたノームはそれこそ、一つ瞬きをするごとに一匹のワイバーンが悲鳴を上げるような光景が広がる。
さすがのワイバーンも多くのノームを避けることが出来ない。
「すご……」
マユユが呟いたと思う頃には既にワイバーンは全て羽をもがれたかのように地へとひれ伏していた。
すると、そんな恐るべき返り血をたくさんに小人はトコトコとアヤのところへとやってきて、胸を張る。
「どうじゃ!」
と、言われても普段の風貌からは予測できぬほどのグロテスクな状況。
これはララのノーム評価もワイバーンと共に地に落ちただろう。
「とりあえず……血は流そうか」
そう言うとアヤはラグナロクの先からちょろちょろと水を出して、ノームの返り血を洗い流す。
「あ、アヤ凄いね……」
「ありがと、シュティ」
少しばかり引いて居るような気もしなくもないが、やったのはノームだ。
そう言えば、とアヤは思う。
実際の戦闘はシュティも、ララも、エドも見たことが無かったかもしれない。
「ノームさん怖いよぉ……」
「あはは……ごめんね、ララ……でもララにはこんなことしないから……ね?」
ノームの風貌に騙された、と思っているのかも知れないが、ノームはそもそも使い魔であってランクを言えばタイタンの一個下に当たる。
ともなればそれなりの戦闘能力を有しているのだ。
ララがノームと触れ合いたいような、触れ合いたくないような、そんな様子でいるとエドの言葉が響き渡る。
「おい、下りる道があったぞ」




