第六話
ロベリアの突然の発表から一週間と数日。
さすがにその日のうちに発つと言うことは不可能であって、そもそもララやシュティ、それにエドはそれなりの家名を持った家となり、そもそも、その日中に許可を貰うと言うのは不可能と言うもの。
結果、許可が下りるまでに数日を要することとなった。
とは言え、数日と言う短い日数で許可が下りたのはイルレオーネを守ったロベリアとアヤの二人が居ると言うことが、やはり決め手となったのだろう。
しかし苦難はそれだけではない。
用意された馬車内で七日間と言う缶詰。
シュティもララもそしてエドも初めのうちはどんなものか、と言うことで楽しそうにしていたものの、当然と言えば当然であるが、危険な道を通るわけもない。
魔物が出ると言うこともなく、ただただ毎日が乗り続ける日々で次第に疲れが見えて行ったようにも見える。
次第に口数が少なくなり、最終的には誰もしゃべらなくなって馬車の中の空気は非常に重いものだった。
そんな中ようやく、七日目にして目的地であったフェランシの街へと到着したときには、皆が皆疲れ切った表情での到着になった。
もちろんアヤも例外ではない。
けれどもメンバーを見れば、アヤがしっかりしなければ、と奮い立たせ遥か昔の記憶を思い起こす。
ロベリアによれば、やはり魔力の結晶があると言うのはいわゆる深い深い洞窟内――アイリスであった頃で言えばダンジョンと言う言葉に置き換わる。
初めて踏み入れるとはいえ、ノウハウを考えればある程度の準備はできるであろう。
イルレオーネより先の地域に当たるフェランシと言う街は一度も降り立ったことは無かったものの、準備は万全にしておくべきだ。
アヤは街へと出て物色を始めた。
ゲームの頃で役立ったもの――傷を癒す薬や、解毒薬の類は多めに購入をする。解毒薬の類は特にハンナが同行していないので慎重に選ぶ。
二年の間にアヤも多少なりともハンナに治癒魔法について教わりはしたものの、元が召喚士であったせいか呑み込みがあまりよくなく、結局ある程度の範囲で終わってしまった。
そういった背景を考えても解毒薬は多めに、対応できるようにしておかなければ命に係わるかもしれない。
それ以外でも魔道具――たとえば緊急用の魔術書、瞬時に脱出できるもの、なんて便利なものはなかったが、それでも障壁を張る程度のモノはあったので購入を考える。
アーベルがある程度の資金は工面してくれていたので何とかはなるであろうが、宿泊費用と、どれだけの期間になるかが分からなかったので無駄遣いも出来ないだろう。
けれども、ここまでの資金工面をしておいて果たしてその魔法の結晶でプラスになるのだろうか、疑問もあるがその辺りはアヤの考える範疇を超える。
考えないようにしよう。
そんなことを考えつつも、すっかりと暗くなってしまったので休憩を兼ねて酒場へとアヤは足を踏み入れる。
理想は喫茶店のようなものであったが、周囲に見当たらなかったので仕方がない。
馬車の中でロベリアから財布を奪っておいてよかった。
「あれ、アヤちゃん?」
と、突然声がかかり、アヤが振り返るとまさかこんなところでまで会うとは、とアヤは思う。
マユユがアヤを見つけ、アヤの座るテーブルにまでやって来ているところだった。
「あ、マユユさん、こんばんは」
「うわー、おっきくなったねー。可愛いし、すっかりお姉さんだよ。もう私たちがイルレオーネから離れてから一年半くらい経ってたっけ?」
「だいたいそれくらいだと思います」
「そっかー。そうだよね、一年半もすれば大きくなるよね」
マユユが何度か頷いている。
背も見ていたが、胸も見ているのが視線で分かってしまうのが悲しい。
「それにしてもどうしたの? 今は魔法学院で勉強中じゃないっけ?」
「はい。そうだったんですけど……ちょっとイルレオーネの用事……と言えばいいんでしょうか……ロベリアが独断で決めたようなモノなんですけど……」
「もしかして、さいきん発見されたダンジョンのこと?」
どうやらそこそこに有名な話らしい。
「知ってるんですか?」
「もちろんだよ。冒険者にはネットワークがあるからね。今もたぶん結構多くの冒険者が来てると思うよ?」
「そうなんですか……」
競争率が高そうだ。
そんな中でアーベルの望み通りに魔力の結晶を採取することはできるのだろうか。
不安要素しか募らない。
「目的はやっぱり魔力の結晶ですか?」
「うーん、今回はそれ以外でもあるかもね」
「……? どういうことですか?」
「どうもこのダンジョンの最深部には――」
「おい、何をペラペラとしゃべってやがる」
「キサラギ!?」
声をかけられ振り返る。
そこにはキサラギとクレスの二人がセットでいた。
見当たらないと思ったら、手に地図やら薬やらを持っていることから買い物をしていたのだろう。
「良いじゃん別に。アヤちゃんなんだから」
「だがなあ……今回は出所が出所だ」
「クレスの言うとおりだ。少しはモノを考えろ」
「ひどーい。アヤちゃん、二人がいじめるよー」
ううーとアヤに抱きついてくるので、はいはい、とアヤは頭をマユユの頭を撫でてやる。
ララとシュティには身なりや、普段の散らかしっぷりは堕落していると言われているが、精神的な意味で言えば、認めたくはないがお姉さん的なそんなポジションではないのだろうか、と思えてしまう。
もっとも十五歳と言う年齢に加え、それ以前の記憶の年数を考えれば当然の帰結と言えるかもしれないが。
ひとしきり撫でてやると満足したのかアヤから顔を離すマユユ。
「マユユさん、別に気にしてないので無理に言う必要はないですよ」
「アヤちゃん、ごめんねー……」
「構いません」
そう言うとクレスとキサラギがアヤと同じ席に座る。
いくつかの注文を終え、初めに口火を切ったのはクレスだった。
「いつも一緒だったロベリアは居ないのか?」
「今はたぶん、宿で寝てますよ。イルレオーネから七日間ぶっ続けで馬車の中で疲れてるんだと思います」
「七日……バカか?」
キサラギの顔が呆れている。確かにバカだと思うが、日程としてそう組まれてしまったので仕方がなかった。
ただでさえ準備等々で出発が遅れていたし。
「私もバカだと思うんですけどね……」
「アヤ、お前が進言すれば良かっただろう」
「進言してもたぶん無理だったんです……相手はロベリアなので……」
キサラギもそれを聞いて黙る。
半年と言う短い期間であったが、ロベリアと言う人物がどういう性格をしているかを把握したらしい。
特にロベリアの性格を知ってからと言うものキサラギは出来るだけ近づかないように心掛けていたようにも思える。
「まあ良いじゃねえか。もう来ちまったもんはしょうがねえ。それよりダンジョンへはいつから行くんだ?」
「予定では……明日から……」
とんだ弾丸スケジュールだと思うし、本来であれば二、三日休んでから行った方が間違いなく良いと思えた。
「アヤちゃん……頑張るね……」
「あんまり頑張りたくないんですけどね」
心からの本音が漏れる。
するとクレスがアヤの方をみて提案を入れてきた。
「なるほどな、そしたらどうだ? 明日からってんなら俺らも明日ダンジョンに行ってみる予定なんだが一緒に行ってみないか?」
「おい、クレス」
「良いじゃねえか、キサラギ。最深部までは行けねえだろうしな」
クレスがキサラギを制し話を続ける。
「悪い話じゃねえだろ? メンバーは誰なんだ?」
「ええと、私と、ロベリア、ララとシュティ、後はエドです」
「足手まといばかりだな」
「おいおい、キサラギ。そう言うんじゃねえよ。きっとそこも含めてアヤとロベリアなんだろ?」
確かにな、とキサラギは頷く。
「どうだ? 冒険者としても魔法使いとしても半人前を連れて行くんだったら俺らと一緒に行った方がカバーも出来るだろ?」
「……確かにそうですね……クレスさん、とてもありがたい申し出です……でも……」
「他の奴らの意見か?」
「はい」
アヤはキサラギの言葉に頷く。
一人で決めてしまっていいのだろうか、と思うところはある。
もちろん安全性を上げると言う意味では冒険者として既に生計を立てている、この三人が居た方が良いだろう。
「気にするな。そのメンバーならアヤ、お前が指揮を執った方がいい。少なくともロベリアのバカにさせるよりはな」
「別に私は……」
「ふん、何も俺だけの意見ではないと思うがな。マユユはどう思う?」
突然振られ、いつの間にやら来ていた料理に手を伸ばしていたところで固まる。
「え、うん。アヤちゃんが指揮した方が良いと思うよ。うん」
本当に聞いていたのだろうか。
なんだか最後だけを聞いていたような気もしなくもない。
「そういうわけだ」
うーん、と悩むが、確かに安全面を考えればこの三人と一緒に行動した方が良い。
特に魔法系に特化した人間しかいないなかで、クレスとマユユの存在は大きいと言える。
独断になってしまうが、仕方ない。
「分かりました」
「よーし、決まったな! キサラギ、場所はどうする?」
「そうだな、フェランシの西門なら近い。アヤ、良いな?」
こくり、とアヤが頷く。
「おー、じゃあしばらく一緒かな?」
マユユがちょっと嬉しそうにアヤに話しかけてくる。
「たぶん……お世話になります」
ぺこり、と挨拶をする。
前途多難なスケジュールと、構成だと思っていたが、思わぬ助っ人、と言えばいいのだろうか。
三人にも何やら目的があるようでハッキリもしないが、まあ良いであろう。
危険が一つでも減ればアヤとしても気を張る要素が減る。
「よーし! アヤ飲め! 前夜祭だ!」
「お、お酒ですか?」
「いくつだったっけか?」
「まだ十五です……」
うーむ、とクレスが悩む。
そう言えばこの世界のお酒解禁はいつなのだろうか。
「しょうがねえ」
そう言うとアルコール抜きの飲み物が出てきて、長旅によって疲れているアヤの気を無視し宴は夜遅くまで続くのだった。




