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第一話

 男がこの世界に来てからの初めての記憶はパチパチと火に暖炉が灯っている記憶となった。

 辺りは暗く暖炉に灯った火だけが仄かな明かりとなって今の状況が少しだけ垣間見える。

 どうやら少しごわごわとした布を男にまとわせて、その上から女性が優しく抱きかかえられているらしい。

 男よりも若く幼くも見える女性であったが、しかしゲームに夢中になっていた男よりもずっとずっと強い表情をしていた。


 幻想的にも見える雰囲気に男はひと時の間、何故自分が女性に抱かれているのかと言うことに疑問すら覚えずにいる。

 そのせいでゲームでラグナロクと呼ばれるアイテムを手に入れその性能を試さねばいけないのでは、と思い出すまでにパチパチと燃えていた暖炉の火がすっかり消えてしまっていた。


 暖炉の火が消えると同時に男は夢から覚めたかのようにハッとなり、ふわふわとした考えの中で必死にゲームをするためにパソコンへ向かおうと動き出す。

 ところが男を抱えた女は寝ているらしく身を動かすことすらも出来ない。

 女性に向かって離せと問いかける。


「ああう……?」


 口が麻痺でもしたかのように上手く声が出ない。

 何度も試してみるが思った言葉を発せすることが出来なく次第にイライラとしてくる。

 するとそれに気づいたのが女性が目を開けて男を覗き込んで来た。

 あまりにもまじまじと見てくるもので、男は少し恥ずかしくなる。女性は暗がりながらも整った顔立ちで少なくとも日本人のような顔立ちには到底見えなかった。

 そして何やら聞きなれない言葉を発し、女性はまるで男をゆりかごの上に居るように揺らし始める。


 女性の行動は妙に男を落ち着かせて次第に思考がまどろんでいく。

 同時に先刻までの幻想的な雰囲気、そして金縛りにあったかのように動けず女性がやたらと大きく見え赤ん坊をあやすように揺らしている今。

 考えを巡らせた男の中に一つの結論が浮かび上がる。

 夢である、と。


 そんな結論へと達すると途端、眠くなり男は再び眠りへついていくのだった。



―――――――――



 約半年ほどの月日が流れた。

 男――いや彼女となってからの記憶は目まぐるしいものであった。


 状況を理解することに一か月ほどかかり、今でも全ての事柄を把握できているわけではない。

 もう少し言ってしまえば未だに夢ではないかとすらも思える。


「アヤ」


 アヤと呼ばれ赤ん坊である彼女がそちらの方を向く。

 MMORPG、アイリスをやっていた男は現在アヤと呼ばれている女だ。

 女であることに気付いたのは三か月ほどたったころ。

 彼女居ない歴=年齢であった男が女性の胸を見ても何も反応しなかったことに疑問を思えていたが決定的だったのは自分の股間を見れた時だ。

 その時期はちょうど三か月目くらいでしっかりと座れるようになってからだった。

 あまりの衝撃と興味深さからまじまじと見すぎて、母が首をかしげていたのをしっかりと覚えている。


「おいで」


 言うや否や、手を伸ばしてきてアヤを抱きかかえて織物を始める。

 ここ数か月、ずっとこんな感じだ。もしかしたらこの地域の伝統的な織物でこの先アヤが大人になるとやらなければならないことなのかもしれない。

 そのことを考えると激しい絶望的な感情に包まれる。


 パソコンがあり、インターネットに繋がって、電気が、水道が、ガスが。

 男であった頃、当然のようにあった環境が少なくともないであろうことが伺える。

 まず暖炉に火を灯す時は少なくとも、どこからか父が松明を持ってきて灯していし、水は母が汲みに行っているところを目撃した。

 そんな様子は楽しみなど何もない、ただ生きるために生きている、豊かだった環境の記憶を考えるとアヤにはそういう風にしか見えなかった。


 半年前サービス開始以来のアイテムを手に入れたあの日、本来であれば普通に寝て、普通に起きて、普通に朝が来て今ごろアイテムを使って他ギルドを蹂躙していたに違いない。

 願い、願って、手が届いたところで突き放される絶望感。

 途方もない時間と苦労をかけたものが一瞬で崩れ去った絶望感は半年たった今でもふとした時に思い出す。


 現実世界を考えれば男であった頃よりも今のアヤであった方が可能性があるのかもしれない。しかしアヤにとって男であった頃は、アイリスこそが現実だった。

 他愛のない話をギルドでし、レアアイテムを必死で集め、ボスを争奪し、ギルド対抗戦をする。

 対人戦で勝った時の高揚感、ボスを倒せなかった時の哀愁、ギルド対抗戦で連勝した時には賑やかになるギルド。

 全てが現実だった。

 しかし今ではまるで抜け落ちたパズルのピースのようにポロポロと、一日ごとに落ちていくような気がして、楽しみが世界が消えていくような気がしたのだ。


 中世のようなこの世界で楽しめることなど何もない。

 繰り返す日々にアヤの思考が、コトンコトンと音を立てる漉き機のように延々と繰り返されてさらに深く思考を誘っていった。

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