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第十四話

 シュティの冒険者は今人気がある、と言うのは本当なのだろう。

 斡旋所はすこぶる賑わっており大繁盛と言えた。


 甲冑を着た重厚な戦士や、軽装のハンターのような人まで多種多様。

 ゲームを行っていたときもそういえばこうだったと思い出すような光景が目の前に広がっていて、カウンターの、恐らく受け付けであろう位置まで、アヤは出向く。


「お、可愛い御嬢さん三人組かい? ここはそういう場所じゃないんだけどね」


 カウンターに居たゴツイ男はアヤ見て話す。

 声をかけられると、ララとシュティの二人は体をビクリと震わせた。

 確かに女で十三歳と言う年齢の三人から見れば、男の体は巨体で山のように大きく見える。


 アヤは無視して話を続けた。


「受け付けってどこですか?」

「おっと冷やかしか?」


 アヤの質問への答えは嘲笑だった。

 ははは、とカウンターにいた大男がそう言って笑うと周囲の人間も笑い出す。

 例えアヤがどれだけ凄かったとしても、今のこの身なりでは、少なくとも到底、ヴリトラを一人で討伐する稀代の召喚士に見えない。

 そう考えれば仕方ない事なのだろう。


 元々の提案者はシュティとは言え、こんなところに連れてきてしまった二人を見るとララは居心地が悪そうに俯いて、シュティも少し恥ずかしそうだ。

 申し訳ない。そうアヤは思って二人にこんな思いをさせるくらいであれば一人で来ようと決心する。


「ララ、シュティ、ごめんね……帰ろっか」

「気にしないで。子供でしかも女が三人だけ、なんて普通は来ないよ」

「そうだよぉー……」


 その心遣いは非常に嬉しかったが、だからと言ってこのまま厚かましく居続けられるほど人間が出来ていない。

 いやもしかしたら、昔は聞けたのかも知れない。

 しかし今はもう無理だった。


 もっともこの相手がエドやロベリアであったら人間性と言う意味でも、別に笑われたところでもアヤはそのまま居続けるだろう。

 けれどもこの二人はアヤをとても気にかけてくれていて、そしてこのような嘲笑されるような状況になど、慣れていない。

 だからこそ二人に嫌な思いをさせたくない、アヤは首を振って、二人の気持ちを否定する。


「良いよ、私は大丈夫」


 そう言ってアヤは二人の手を取って入口の方へと大股で向かう。


「嬢ちゃんたち、もう冷やかしはやめるんだぞー」


 はははと、斡旋所内が再び嘲笑で包まれる。

 悔しいがまさかこんなところで使い魔を出して暴れさせる訳にもいかない。

 そんなことをしてしまえば、例えヴリトラ討伐の功績を持ってしたところで、大罪人になってしまうことだろう。

 なにより一番嫌なのはララとシュティの二人にアヤと言う人間性に幻滅されてしまうと言うこと。

 そんなことは望まない。


 だからどれだけ言われても――


「アヤちゃん……?」


 嘲笑の中、名前を呼ばれた気がして振り返る。

 そこに居たのは――


「マユユさん……?」


 嘲笑が一気に引く。

 笑っていた人々が眉を潜ませて、知り合いか、と疑問を口にする。


 ダミア村からイルレオーネに来るまでの間、一日だけ宿泊したヘブリッジ村。そこであった冒険者パーティーの女だ。

 マユユの後ろを見れば、細身で無愛想な男キサラギと、反面、大柄で優しそうなクレスがそれぞれアヤを見ていた。


「マユユさんイルレオーネに?」

「うん、キサラギがどーしても来たいって言うんだよね。なんかロベリアのことが気になったみたいで」

「……余計な事を」


 キサラギが不機嫌そうに舌打ちをして呟く。

 ロベリアのことが気になると言うのはどう言うことだろう、と考えすぐに思考が至る。

 恐らく、ラグナロクのことなのだろう。

 まさか本当にそれを追ってやってきたのか、と考えてしまうが、マユユの話を考えれば順当な思考構成だとアヤは思う。


「そういえばアヤちゃん、もしかしてイルレオーネに来る途中でヴリトラと戦った……?」

「え?」

「だってアヤちゃんもロベリアちゃんもマリウス王子と一緒にイルレオーネ目指してたでしょ? 私たちがその後通ったら山道が封鎖されてて、だいぶ遠回りしてイルレオーネにたどり着いたんだよ?」

「それは……」


 周囲を見る。

 嘲笑していた人間たちは冒険者のパーティーの一組と知り合いだったと分かったのか、嘲笑を止めて、それぞれがそれぞれの話へと戻っていた。


 その現状を確認してから、アヤは悩む。本当のことを言うべきなのだろうか。

 どのみちこの三人がしばらく滞在するのであれば、ヴリトラ討伐のことについては知ることになるだろう。

 ならば少し早いか、遅いかの差でしかない。

 そんなことを考えているとキサラギがアヤの方へと向き直る。


「隠す必要などないだろう。言ったらどうだ」


 キサラギの冷たい声がアヤの耳へと届く。

 その言葉がアヤを後押しして、やはり言うべきなのだろうかと思わせる。


「ロベリアは以前、ヴリトラを討伐したことがあったな? ならば可能性としてはゼロではないはずだ」

「でもキサラギ! ヴリトラってプレイヤー(・・・・・)でもないのにソロで……?」

「マユユ、プレイヤー(・・・・・)でないから一人で討伐出来ない理由などあるのか?」

「おい、やめろ」


 マユユとキサラギの間でプレイヤー、と言う言葉が行きかったのを見てなのだろうか、クレスが制止した。

 この三人はアヤの知らない何かを知っている。


 アヤは線と線を、まるで蜘蛛の糸のようにつなげるように、思考と思考が繋がって行く。

 プレイヤーとは恐らく『アイリス』のプレイヤーと言うことではないのか、そしてマユユとキサラギとクレス、この三人は恐らく。


 ――その時。


 アヤは世界が大きく揺れたように感じた。

 何が起きたのだろうか、と周囲を見れば、アヤが感じたのは間違いではなかったらしい。

 斡旋所内にいた冒険者たちは手慣れており、我先にと建物の外へと出て行く。


「三人とも早く!」


 マユユがアヤを含めシュティとララを外に出そうと手を引き、キサラギは一人で、クレスはマユユを待って一緒に外に出た。


 見えたのは巨大な死肉。

 否、ドラゴンの死肉。


 けれどもその死肉は強烈な腐敗臭を漂わせ動いていた。

 悪臭がイルレオーネの街全体へと漂っているようで、人々は鼻と口を手で押さえ、少しでも匂いを軽減しようとしている。

 アヤもその例にもれず、腐敗臭を少しでも取り除こうと鼻と口を押えた。


「ッチ、あのヴリトラ、やはりゾンビ化したか。クソ兵士ども処理が遅すぎるんだ」


 キサラギがイライラと吐き捨てるように言うと、クレスがフォローを入れる。


「そう言うな。ヴリトラなんてのはそう居るもんじゃねえし、討伐の難易度もべらぼうにたけえ。素材も超の付く一級品だ。独占したいのも分かる」

「だがこの面倒は誰が片づけるんだ? ゾンビ化したヴリトラなんて誰も相手にしたがらん」


 見ろ、と吐き捨てるようにキサラギは我先にと逃げ出す冒険者を指差す。

 クレスがため息をついて、諭すようにキサラギに語りかける。


「……俺たちがやるしかないだろ。幸いここには討伐経験者のロベリアもいるんだ」

「そうね、うん……」


 クレスの言葉にマユユは同意するが、心なしか声にも元気がないように見える。


 ――ゾンビ化したヴリトラ。


 ゲームであった頃の設定で言えば、ゾンビ化は通常種よりもより強力で何よりジワジワと体力を削る腐敗毒を散布する言う能力を持っていた。

 ヴリトラはそもそもクレスの言うとおり、最上級のドラゴンで、ただでさえ苦戦は免れない。

 その上でゾンビ化とあれば討伐の難易度は更に跳ね上がる。

 アヤの知る限り、ゲームの頃に一度だけゾンビ化したヴリトラが現れたことがあった。

 けれども結局、誰一人として討伐することが出来ず、サーバーがメンテナンスになるまでその地域には誰も近づけなかった。


 それほどまでに厄介で極まりなく、そして何より過去の討伐前例も経験もない。


「クソが」


 キサラギが悪態をつく。

 だが悪態をついていても仕方がないと思ったのかアヤへと向き直る。


「おい、クソガキ。ロベリア呼んで来い」

「でも」

「でも、じゃねえ」

「……私も戦います」

「バカ抜かしてんじゃねえぞ! 死にてえのか!」


 あまり声を荒げず、冷たい声でいつも受け答えしていたキサラギが声を荒げる。

 アヤはそれに驚いて思わず肩を震わせてしまう。

 だが、ロベリアを呼んできても恐らくこのゾンビ化したヴリトラの討伐は叶わないだろう。


「私も冗談で言っているわけではありません」


 だからこんなところで引くわけにはいかない。

 まっすぐとキサラギを見つめ、言い返す。

 このイルレオーネには大切な人がいる。

 ロベリアも、少し口うるさいハンナも、出会ったばかりであったがアヤを気にかけ、心配してくれる、ララも、シュティも。

 エドは……まあいいとして。


 守りたいと思える大切な理由がアヤにはある。


「勝手にしろ。ただクソガキ、そのせいで死んでも知らねえからな」


 アヤは頷き、それを確認したキサラギはくるりと振り返りゾンビ化したヴリトラの方へ向く。


「私たちも余裕ないから……アヤちゃんは逃げた方が良いよ……」

「そうだ、って言っても隠れる場所があるかわかんねぇけどなぁ……」


 マユユは弱気に、一方のクレスは、ははは、と乾いた笑い声を上げた。

 まるでここで死んでしまうとでも言うように。

 そしてキサラギが、クレスとマユユをそれぞれ見ると、まるで三人はテレパシーで繋がっているかのように頷いてゾンビ化したヴリトラの方向へと駆けて行く。


 アヤも向かおう、そう思って風を纏わせると、ララとシュティが行かせまい、とばかりに弱々しい声を上げる。


「ア、アヤ……やっぱりあの人の言うとおりロベリア様を呼ぼうよ……」

「そうだよぉ……」


 いつも元気で明るいシュティが暗い。

 現状を考えたら当然だろう。アヤも初めて対峙するゾンビ化したヴリトラ、怖くないと言えば嘘になる。


「大丈夫、二人とも逃げてて」


 アヤはそういうと二人を振り切って風を纏って高速で駆ける。

 初めてだろう。

 いや初めてだ、とアヤは思う。

 男であった頃は守りたいものはなかった。

 家族なんてどうでもよくて、ゲーム内の友人も自分が利用できればと思って廃人になるまでインさせていた。

 例え、いつ親が、兄弟が、祖母が、祖父が、ネトゲの友人が、誰が死んでも良いと思っていたのに。


 もっと人と関わることを覚えていれば、前世と言えばいいのだろうか、男であった頃、もっと別の人生だっただろう。

 前の人生のことを考えても今更で、思っても仕方ない、とアヤの思考によぎる。

 だからこそ、大切にしたいのは今。

 マユユは初対面にも関わらずアヤを大事にしてくれた。

 クレスはロベリアとアヤの二人が途方も暮れている……と言えば良いのだろうか、そんなときに話しかけてくれた。

 キサラギは……よく分からなかったが、みんなたった一度しか会っていないのに優しく接してくれた。


 ――失いたくない。


 関わった人を助けられるだけの力を持っている今、もし動かず一人、また一人とアヤに関わってくれた人を失っていけば必ず後悔する。

 その気持ちがアヤを動かしてゾンビ化したヴリトラの元へと向かうのだった。

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