第十三話
ロベリアが外に出るよう促し、アヤを含めた五人は魔法学院の敷地内に中庭へと出る。
いわく、個人個人の能力を見極めたいらしい。
理屈としては間違いないだろう、全員の現在の実力を把握しておくのは悪くないし、それによってもしかしたら傾向が分かるかもしれない。
もっともロベリアがそこまで考えているかは分からないが。
ロベリアがアヤを除いた四人を見渡す。
三人は緊張した面持ちでロベリアを見ている。別にそんな畏まるほどのものではないと思う。
言ってみれば個人個人がどんな事が出来るのか、どの程度なのかを把握するだけであって、なにもここで評価が下されるわけではないのだ。
エド、シュティ、ララと順に魔法を使用したのを見る。
エドは炎、シュティは水柱、ララは優しい光、恐らく治癒だろう。
もっともアヤと決定的に違ったのは三人が三人とも詠唱していたころだろう。それぞれ小さな言葉を呟いてから魔法を使えていた。
確かにゲームであった当時、詠唱時間と言うものが存在して、魔法使いの頃は必須だった。
ある程度になると必要がなくなってくる場合もあったし、なにより詠唱が不要になると言うのはロベリアが使っていないことを見れば確認できる。
けれどもこの三人においてその域に到達するのはまだ先の話、と言うことなのだろう。
「うんうん、オッケー。だいたいわかったよ」
三人がどういう方針をすればいいのか決まったのだろうか、流石に無計画だとは思いたくないが、相手がロベリアであれば十分にあり得る。
ちらり、とロベリアを見れば如何にも教師ですと言いたげに頷いているが、よく知る人間から見れば貧乳少女がちょっと背伸びしているようにしか見ない。
「ところでロベリアさ……先生、その……アヤは……?」
「ん? アヤ? うーん、アヤは別になー」
ちらりとアヤを見てくるロベリア。アヤの事は分かっていると言いたげだ。
けれどもシュティとララはそうではないようで、少なくともララはシュティの主張に共感して頷いている。
エドは何やら複雑な表情をしているが、アヤにとって背景の一部と化した少年の考えていることなど、知る由もないので見なかったことにする。
さすがに特別扱いを受けるのはどうかと思うので、平等にしたほうがいいだろう、とアヤは思いロベリアに切り出す。
「良いよ、ロベリア。やるから」
「えー……しょうがないなぁ……」
むしろ乗り気ではないのはロベリアか。
何がそんなに嫌なのかそこまで嫌な顔をする必要があるだろうか。
アヤとロベリアのやり取りを見ていたシュティは小さくガッツポーズをとっている。
そこまでありがたがるものでもないのでは、とアヤは思うもののシュティ自身が喜んでいるのであれば、アヤにはよく分からなかったが、きっと楽しみにしていた一つなのだろう。
「やった! アヤお願い! もっと間近で見たかったんだよね」
「わぁーノームさん見れるんですねぇ」
「ララはノームが良いの?」
「うんー、ノームさん可愛かったぁ」
「分かったよ」
ララの要望がノームらしい。
本来であれば開けた場所であるしもう少し別の、シルフィード辺りでも、と思ったのだが要望があるのであれば仕方がない。
アヤは持ち歩いているラグナロクを地につける。
ゆらゆらと小さな扉が現れて、扉から白髪、白髭のノームの長が目をこすりながらスゴスゴと出てくる。
見慣れない緑と白のシマシマとんがり帽子をかぶって服もいつもと違って白地に緑の水玉模様だ。
様子がおかしいし、何よりその後が続かない。
どういうことであろうかと思い、アヤがノームへ語りかける。
「あれ……他は……?」
「むむむ……アヤよ……ワシは眠いのじゃ……」
「どういうこと……」
「精霊の使い方があらいのじゃー……ワシは帰って寝るのじゃぁ」
言葉を残してノームは再び扉の中へと消えて行き、すぐに扉もスっと消えてしまう。
なるほど、召喚してみなければ分からないこともあるのか。
おバカすぎると言う弊害もあったがまさか眠いから帰ると言う弊害まであったとは。
「あっれぇー、アヤどうしたのー?」
ロベリアが背後で笑いをこらえている。
「ノームは眠いみたい……」
「召喚士なのにー」
「うっさいな、クソババ……ア……」
三人がアヤの言葉づかいを聞いて苦笑いを浮かべている。
これは引いている、と言うやつなのではなかろうか。
からかわれてつい、いつもの調子で言ってしまったことをアヤは後悔した。
「あ、あは、あははは……」
ごまかして笑うがもう遅い。
にやにやと嫌らしく笑うロベリアが憎い。
昨日の夜、一瞬でも良いのに、と思った自分も憎い。
「……うん、アヤは農家の育ちだからね」
「そうだよぉ、私は気にしないんだからぁー、アヤちゃんはアヤちゃんなの」
「ふ、そうだな。アヤ、今からでも間に合う。父上に会うまでに言葉づかいを治せばよいのだ」
エドはともかくとして、二人のフォローが痛い。
都市へと出てきた以上、こういった言葉使いには今までよりも注意を払わないといけないのかも知れない。
少なくとも罵倒しているところを見られる、なんてことを繰り返していては人が離れて行ってしまうだろう。
「……とりあえず別のにするね」
と、アヤは早いところこの話題が流れてくれ、とばかりに取り繕い再びラグナロクを地へ着ける。
すると先ほどのノームと同じように、ゆらゆらと揺れて水を纏ったウンディーネが現れ、同時にウンディーネの澄み渡った声が広がる。
「アヤ、貴女は全く。前回は私を盾に使って、次は見世物ですか?」
「うるさ……良いでしょ、少しくらい」
不本意な呼ばれ方だったのだろう。
しかしアヤの言葉使いを聞いてウンディーネが、あら、と顔を明るくさせる。
「ようやくアヤもお淑やかな女の子のような言葉を使えるようになったのですね。ですが――」
と、じろじろと次は服を見てくる。
つられアヤも見るが、今日は黒のズボンに半袖のワイシャツ。胸がふんわりと隠れるくらいのゆったりとした服であったが、それでも主張している分は仕方がない。
「淑女としてはあるまじき服装ですね。良いですか、私は貴女のことを心配しているんですよ?」
ララやシュティが居ることで強気に反論できないアヤの状況を良いことに、ウンディーネはペラペラと説教を続ける。
しかし今、無理に戻したら召喚士としてどうなのだろうか、と思われてしまうかもしれない。
いやもしかしたら、とアヤが二人を見るとなんだか既に召喚士に幻滅しているように見える。
そう、召喚士は大変だから目指さない方が良い。
一方でロベリアは楽しそうに嫌らしい笑顔を振りまいているし、エドはウンディーネの言葉をメモしている。
エドよ、お前は何がしたいのだとアヤは心の中で突っ込みを入れるが、届くことなく必死でメモを取っている。
分かっていたつもりであったが、もしかしたらアヤの想像以上に頭がおかしいのかもしれない。
そのような情けない状況ではあったものの、召喚士の効果とは絶大なものだったらしく、中庭へとドンドンと見物客が集まってくる。
アヤが自身の使い魔に説教される姿、どこが面白いのだ。
そもそもこの大勢の前で説教されるなど苦痛でしかない。
「あ、あの……ウンディーネ……みんな集まってきたからそろそろ……」
「あら、良いではないですか。アヤ、貴女はいつもいつも私の言うことを聞きませんからね。ちょうどいいです。全部言わせて頂きますよ?」
次第に面白くなったのか、もう声をこらえていないロベリア、謎のメモを取るエド、幻滅するララとシュティ、スゴイと集まる野次馬。
そんな中でここぞとばかりに説教をするウンディーネの話は、いつまでもいつまでも続くのだった。
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ウンディーネにこってりと絞られて魂が口から抜けかけていたアヤを見かねたのか、ウンディーネに解放された夕方、ララとシュティに誘われた。
誘われたのは良いものの、アヤはそもそもこの世界でお金と言うものを未だ稼いだことも、触れたこともなかったため、お金がない事を伝えると、シュティが払ってくれるという気前の良さ。
なんて気前の……いや、良い娘なのだ、と思いつつアヤはその言葉に甘える。
そんなわけで大通りの喫茶店へと入り、先ほど注文をしていた品が届いて一息ついたところであった。
シュティから質問を投げかけられる。
「そういえばアヤって冒険者になるの?」
「冒険者?」
「そ。今はね、少しでも特殊な分野で秀でる人はみんな冒険者を目指してるんだよ」
「そもそも冒険者ってどういうのなのかな……?」
残念ながらその冒険者たるものがなんたるか、と言うことから不明だ。
シュティがしまった、と言う顔になる。
どういうことであろうか、もしかしてダミア村が田舎すぎて世の中の流行に疎いとでも言いたいのだろうか。
「えーっとね、冒険者って言うのはギルドから発行された依頼とか、後はそのまま。まだ探索されていないダンジョンとか、森とか、海とか、山とか、そういうところを解明していくの」
「へー」
ようするにゲームであった頃のプレイヤーと同じと言うことのようであった。
元々ゲームとして知っていたこの世界で、冒険者と言う形で様々な地域を旅して見るのも選択肢は割とありかも知れない、とアヤは考える。
どこぞの農家の嫁や、たとえ農家でなくても妻として迎え入れられるくらいであったら冒険者で独り身であった方が良い。
「考えてみようかな」
「うん、召喚士の冒険者は少ないから良いと思うよ」
「でもなんで冒険者が人気なの? 未知の地域を探索ってことは危険でしょ?」
「それなんだけどね。なんで今多いかって言うとちょっと前、って言っても十年くらい前からなんだけど冒険者がいろんなところで活躍するようになったんだよ。
だからいろんな国で冒険者が名を上げるにつれて、冒険者の人気が上がっていったってわけ」
十年前か、アヤがこの世界に生まれた時期とは少しずれる。
ただ一つ気になるのは十年間探し続けたと言っていたレヴィンの言葉。今から十年前に何かが起きたと言うことなのだろうか。
「なるほどね。で、シュティとララは冒険者になりたいの?」
「うーん。なって色んなところを見たいとは思うけど、どうかな……」
「私もぉー」
二人とも顔が浮かない。
せっかく魔法学院へと入学したのだから冒険者としての道もあるはずだろう。
「なんで?」
「私もララも貴族だからね、家の縛りとかあるの。だから危険な冒険者を軽口でやります、なんて言えないんだよね」
まあ貴族でなくても命がけだから軽口では言えないけどね、とシュティは付け足して苦笑いをする。
ララも一緒のようでシュティに補足を入れてきた。
「それにねぇ、女の子はやっぱり誰かと結婚させられちゃうことが多いんだよぉ……あーぁ、私はそんなのやだなぁ」
「そうなの?」
「そうだよぉ、アヤも農家だったんだよねー。たぶんそのまま農家だったらきっともうすぐお嫁さんに出されちゃうよー」
確かに言われて見ればその通りだった。
母、セシルはアヤの生理が始まったのを知って嫁に出す気だったのだろうか、大人しくするように、と言われたのを思い出す。
「そっか、二人とも大変だね……」
「そ。でも少なくともアヤは農家の妻として嫁ぐ以外の道もありそうだからね。羨ましいよ」
シュティの言った通り、そうなってくれれば願ったりかなったりである。
もちろん冒険者以外の道もあれば探すべきだろう。
早計に決めてしまっては後悔するかも知れないが、冒険者になる手立てを聞いて一つの候補に入れるのは決して早計ではないはず。
「じゃあさその冒険者ってどうやってなるの?」
「ん、特に何かが必要って訳でもないけど仕事を斡旋してるところはあるよ? だいたい冒険者はそこに集まってることが多いかな?」
「へー、そこってイルレオーネにあったりするのかな」
「もちろん、イルレオーネは国の中心だからね。他のところより大きいくらいだと思うよ。興味あるなら行ってみる?」
アヤは頷く。
「オッケー、じゃ行ってみよっか」
そうシュティが言うと立ち上がり会計を済ませ、三人は斡旋所へと向かうのであった。




