第十二話
「おいクソババア! どういうことだ?」
「ババアじゃないもん! あとクソって使ったらダメ! アヤの事をセシルさんに任されてるんだから!」
「黙れ! ロリババアが俺のクラスの教師って……ダミア村に居た時と変わらんだろ!」
「じゃーダミア村にずっといればよかったの? 今ごろお嫁さんやってたかもよ?」
「このっ」
そう言われると何も言い返せない。
へへーんと、言いたげにロベリアは無い胸を逸らす。
失敗したかもしれない、と少し後悔する。
アヤが家についてから三時間程度だろうか、家のメイドの一人に帰ってきたら部屋までロベリアを呼んでくれ、と言っておいたのだが、どうやらゆっくりと食事を取ってお風呂にまで入ってからやってきたらしい。
ロベリアは薄着のネグリジェ姿だ。
そして呼び出したのは良いものの、言いようのない反撃を食らってバカに良い負けると言う屈辱。
「知ってるアヤー? お嫁さんになると男となにするか?」
「うるさいっ!」
「男だったアヤに耐えられるのかなー?」
く、とアヤは言葉に詰まる。
答えはムリ、ノーだ。
ロベリアは分かってて行っているに違いない。普段は途方もないバカだと言うのに何故こういう時に限っては頭が回るのだ。
「じゃー、素直に私に教わることね! 私の威厳を保つためにもアヤはずーっと私の弟子でいてもらうからね!」
どんな嫌がらせだ。
成長するのを抑えつけているようにしか思えない。
しかも理由が完全に自分のため、酷すぎる。
「それにしてもよかったー。アーベルと約束しておいて」
「……? アーベルとの約束……? もしかして試験の日にアーベルが来てたのは……ロベリアが教師になる……ってことか!」
「ピンポーン! アヤの担任にしてって頼んだの! どう? びっくりしたでしょ?」
人脈をフルに使って嫌がらせに来ているのかと錯覚してしまう。
とは言えこれ以上言ってもアヤは自分の傷口を広げるだけだ、と悟ってため息をついて思わず呟く。
「使い魔や召喚術に詳しい人と話せると思ったのに……」
「ふふん、そーおもってアヤにオススメできそうな本を探してきたんだよ!」
本当に教師っぽいことをしないといけないのは魔法学院ないであるのだが、今に限っては教師っぽいことするじゃん、と思い少しロベリアを見直す。
じゃーん、とロベリアは自分で効果音をつけて本を出すが、タイトルからしてなんて書いてあるのか分からない。
ロベリアから本を受け取るも、古代の文字だろうか。少なくともアヤは解読できなかった。
「なんて書いてあるんだ?」
「あれ、アヤ読めない?」
「むしろロベリアは読めるのか?」
うん、とロベリアが頷く。
何語だろうか、と言う疑問は浮かび上がるが、先ずは本の内容だ。ベッドの上へと移動し、寝転がるとロベリアもアヤにくっついて来て一緒になって寝転がる。
吐息がかかるか、かからないかの位置で寝転がっているロベリアの存在も気になるが、それ以外でもここのところ、更に大きくなって来たアヤの胸もうつぶせになると存在感を主張して来て少し鬱陶しい。
と、まあそんなことを言っていても仕方ない、とアヤはページをめくる。
いくばかのページをめくり本の導入部から少し進むとサラマンダーやゴーレムと言った知能が低い下級の使い魔が本に描かれている。けれどもこの辺りに要はない。
さらにページをめくってみると、イフリートやウンディーネ、シルフィードと言ったアヤの使い魔として活躍している絵が出てきた。
この辺りからロベリアも見たことがある使い魔が居たので口を出してくる。
「この辺はアヤ知ってるよね?」
「ああ」
翻訳の必要もないと思ったのだろう。ロベリアが黙ったのでアヤもページを進める。
さらにページをめくっていくと――あった。
タイタンの絵が描かれているページへと到達した。
既に残りのページ数もだいぶ薄くなっては来ていたが、この辺りになってくるとアヤの知らない使い魔が居るかもしれない。
「タイタン……この前ティターニアと一緒にヴリトラ倒したときに使ってたよね」
「ああ、なんて書いてあるんだ?」
「ん? うん、えっとね」
アヤの持っていた本をロベリアは自分の方へと引き寄せて、ふんふん、と読んでいる。
ゲームの頃のタイタンはダンジョン最深部に楔で繋がれてるのを解放することで使い魔として使役する、と言う設定だったはず。
さらに何故だか設定もやたらリアルで、タイタンは解放した「初めの一人」のみがタイタンの使役が出来る、と言われておりトップギルドで争った末、なんとか使役出来たと言う記憶がある。
「うーん、と。なんか最後に現れたと言われているのが五百年くらい前みたいで、どうも巨体で暴れすぎてダンジョンに封印されているのではないか、って言われてるみたい」
「……この本っていつ出たんだ……?」
「千年前……かな?」
そうだろう、だいぶ古いのは見てわかる。
千年前の更に五百年前……つまり千五百年前か。
確かにダンジョンの奥に封印されていたので設定としてはあっていた。
アイリスと言うゲームはゲーム本質、プレイの幅広さもあったがその設定の多さも注目されていた。たと今更ながらもっと設定を見ておけばよかった、と後悔するがもう遅い。
「なるほどね……とりあえずもう少し見てみる」
「ん、わかった」
アヤは呟いて、再びロベリアから本を受け取って再びページをめくり出す。
フェニックス、ジン、リヴァイアサン――
この辺りはアヤも知っている。
それぞれダンジョンの最深部に居て召喚士を待っていたのだ。そしてこれも何故だかサーバーでたった一人しか使えなかった。
そのうちでアヤが使用できるのはフェニックス。
タイタンに負けず劣らずの巨体で、太陽のように眩しく幾度となく無限に復活する不死鳥はやすやすと召喚してしまえば大惨事になることは間違いない。
リヴァイアサンとジンに関しては他のトップギルドプレイヤーが持っていった、と言う話は聞いていたのでアヤの知る身ではなかったが、今この世界となってからはもしかしたら居るかもしれない。
そう考えてジンとリヴァイアサンのページ部分を読んでもらうようロベリアに差し出す。
「ロベリア、この二つお願い」
「あれ、フェニックスはいいの?」
「あー、それはいい」
ふーん、と何やら疑いの目を向けている。
まあロベリアであれば別にフェニックスが使えると言うことがばれても構わないが、それ以上の追及が無かったので何も言わない。
「ジンは……八百年前にニーズヘッグに敗れて以来、目撃情報はないみたい」
「場所は?」
「うーん、そこまでは書いてないかな」
一番知りたかったのは場所であったが記載がないのでは仕方がない。
ニーズヘッグ。
アイリスでは確か、世界の根幹を成すと呼ばれる龍の一匹だったはず。
もっともそれは公式が発表しているわけではなくて、どこだかの廃人ギルドから流れ出た情報の一つだったとアヤは記憶している。
噂程度の話であった上に、ラグナロクを作成することで右往左往していたアヤや、所属していたギルドでは話題に上がることも少なく、少なくとも『探す』と言うことはしなかった。
とは言えその後の続報がアヤの耳にも入っていなかったため、もしかしたら未実装で存在を知る事すら叶わなかったのかもしれない。
そこまで働いた思考はロベリアがページを捲ることで断ち切られる。
「リヴァイアサンの方なんだけどこっちはこの本に載ってる頃だとジャック・オー・ランタンって言う人が使役してたみたい」
「それって人なのか……?」
「って書いてあるけど?」
「うーん、そうか……サンキュ」
いまいち納得しきれないところではあったが、そう書いてあるのであれば仕方がない。
しかしこの本が刊行された当時、使役されていたと言うことはリヴァイアサンを探す手がかりはないと言うことだ。
ロベリアがあと少しであったためか、ページをペラペラと早足でめくと最後に申し訳なさそうに、アヤの知らない使い魔らしきものが乗っていた。
「ロベリア、ストップ」
「ん?」
「なんだこれ」
載っていた絵は世界が真っ黒な谷間に分断され、その先に小さく少女にらしき人が映っている、今までとは異質のもの。
「あれ、アヤ知らないの? 結構有名なんだよ?」
「知らないな」
「ふーん、アヤなら知ってると思ってたんだけど。これクロノスだよ」
「クロノス……」
「そ、時の神って言われてるんだけど実際に召喚士に召喚されたことがあるのかどうかもわからないんだよ。存在はいるって言われてるんだけど誰も見たことが無いんだって。
この本にも注釈で書かれてるけど絵はあてにならないみたい」
「それ以上は書いてないのか?」
「こればっかりはねー。しょうがないよー。たぶんどの本を見ても同じだと思うよ?」
残念だが仕方がない。
ゲームとしてアイリスをプレイしていた頃もクロノス、と言う単語は見たことが無かった。
と、なるとアヤの知らない未知の使い魔と言うことになる。
どこかに居るとしても未だダミア村と、イルレオーネと言うごくわずかな行動範囲、本当に見つけようと思ったら霞を掴むような話になるだろう。
そもそも本当にいるかどうかも分からないのであれば、積極的に見つけに行くなどもってのほかだ。
アヤは頭の片隅に入れておくにとどめよう、そう、軽い気持ちで考えておけば良い。
「ロベリア、ありがとな」
「良いの、アヤのためだからね!」
ベッドのよこで笑顔になるロベリア。
不意の笑顔にアヤは思わずどきっとする。
少しバカを治し、普通にこうやって献身的になっていれば可愛いのにな……とそこまで考えて難しいかもしれないと考え直す。
もし今のアヤが男であったら、今の状況は……いや女である今となっては考えても仕方ないことだ、と頭を振る。
何よりロベリアの言っていた通り、女の子が女の子を好きになると言うのはどんなに頑張ってみても普通とは言い難い。
それはたとえ元男であってもはたから見れば同じことで、恐らくロベリアも同じことを思っているに違いない。
「どうしたの?」
「なんでもない……」
ロベリアに言われて目をそらす。
「なあ……今日ここで寝ないか?」
「どうしたの急に?」
あ、とアヤは思う。
何を言っているのだ、と。
こんな暴挙を犯すとは自分らしくない、そう思うも、考えてみれば女同士だから良いのか、とも思う。
しばらくアヤが黙っていると、ロベリアが分かった、と声を上げる。
「あー! もしかしてホームシックでしょ!」
「違う!」
「えー、じゃあなんで?」
そう言われるとアヤも黙ってしまう。
まさかロベリアの事を少し良いな、と思ってしまったなんて口が裂けても言えない。
再び沈黙が続くと、ロベリアは勝手に納得したらしい。
「仕方ない、可愛いくて寂しがりなアヤちゃんのためにロベリアお姉さんが一緒に寝てあげましょう!」
「良い! じゃあ帰れ!」
「えー、ヤダ! せっかくアヤが甘えてくれたのにっ」
そういうとロベリアはいそいそと自分の部屋から枕を取ってきてアヤにくっついて早くも吐息を立て始める。
こういう状況で鼓動が高鳴るところはやはりまだアヤが男である、と言うことだろう。
果たしてそれが良いのか悪いのかは分からない。
ともあれ今のこの状況、男であったら素晴らしいイベントなのに、と思うが仕方がない。
腹いせにたずらでもしてやろうか、とも思うが、あんまりにも気持ちよさそうなのでやめてやる。
こんな風に鼓動が高まるのはいつぶりだろう、そう思いつつなかなか寝付けないアヤなのであった。




