第十一話
入学の試験から一週間後、入学式ではハンナが挨拶すると言うちょっとしたサプライズがあったもののつつがなく終了し、入学式を終えた生徒たちが一堂に集められている。
どうやらここで振り分けを行うらしい。
いわく魔力や使用できる魔法の強弱によってクラスを分けるとのこと。
その先、魔法使いとしての基礎を学び、更に上のランクへ行けると判断されると上級魔法、いわゆるウィザード、ソーサラー、死霊使い、召喚士、賢者と言った魔法を専門に教えてもらえるようになるらしかったが、それはまだ先の話。
学院に入ってから少なくとも二年間は魔力や使用出来る魔法の強弱によってクラスが数か月に一度、クラス替えを行うと言う説明があった。
教師が掲示版にクラス分けのリストを貼り、生徒たちが群がる。
アヤの名前は、と見ると一番上のクラスの一番上にキッチリ名前が書かれているのを確認し、アヤは群がる人波の外へと出る。
「ん、キミは……」
何か言っている人が居るがきっと自分に向けてではないだろう、そう思ってアヤは歩みを進めた。
一度どこかで見たことがあったような気もしなくもないが、自分の勘違いであろう、そう思うことにする。
「おい、待ってくれよ!」
人違いであろう。
気にする必要などない。
彼はかぼちゃ、パンプキンだ。
「おい!!」
肩をつかまれ、少年に無理やり振り向かせられる。
ッチ、と舌打ちをしてアヤが言う。
「なに?」
「何じゃない! 覚えてないのか!?」
じーっと少年を見つめる。
非常に残念な事であったが、覚えている。
一週間前アヤを裏路地から救い出したと自負し、勝手にヒーローごっこをやって、最終的に何故だかアヤがこの少年の事が好きだと遠まわしに言っている、と言う認定をしてきた電波少年だ。
もちろん並々ならぬ周波数を持った電波とは、関わりたいとなどまっこと思わないので、覚えていないふりをする。
「覚えてない」
「そんなわけあるか! あんなに絶体絶命のピンチを救われるなんて生涯に一度あるかないかだろう!」
「記憶にございません。私急いでるんで」
そう言って去ろうとするも、少年がしっかりと肩を掴んでいるので分配された教室へ行こうにも行けない。
ぱし、と手を払おうとするが、それでも少年は離さない。
アヤはあからさまにため息をつく。
「あの、離してもらえる?」
「ダメだ、まだキミは俺の事を知らない! それじゃ困るだろ! いいか、俺の名前は――」
「はいはい、そこで立ち止まってないの。早く教室に入りなさい」
助かった、とアヤは安堵する。
裏路地で襲ってきた変態男も相当であったが、この少年も相当な変人っぷりだ。教師に感謝せざる得ない。
さすがの少年も、教師に言われては抵抗もすることなくアヤを離す。
アヤはすみません、と謝ってから教室へと移動したのであった。
移動したはず、そして席にもついたはずだった。
おかしいと思ったのは移動して席に着いたあたりからだ。
始めは何でついてきているのだ、ストーカーか、と思ったものだったのだが――
「いいか、みんな! 俺の名前はエドゥアルド=フーカーだ! エドと呼んでくれ!」
だと言うのになぜ先ほどの少年が、少年の席が隣あるのだ。おまけに無駄に良い笑顔で口の隙間からは純白の歯がキラリと光っている。
そして頼まれてもいないのに自己紹介をするでない。
この一番上のクラスは特待生並の優遇っぷりでクラスに居るのはアヤを含めてたったの四人。
何故その四人のうちの一人がオーバークロックを起こしたのでは、と勘違いさせるほど過大な周波数を有した少年なのだろうか。
選考した教師を恨めしく思う。
いや今からでもアーベルに談判しに行った方が良いかもしれない。魔法学院にトンデモナイのが居ますよ、と。
「ん、なになに? 自己紹介するの? まあたぶん先生が来たらするだろうから、先にしとくのもいいかもね」
ちらり、と金髪の少女はアヤを見る。
「どんな人か知りたい人もいるし」
そう呟くと、頼んでもいない自己紹介を始めたエドにつられ、金髪で元気そうな女の子までもが自己紹介を始める。
「私はシュティーナ=ベニーニ。シュティって呼んでね。じゃー、次キミ!」
キミ、と言われ、指差されたのはふんわりと栗色の髪の毛でボブカットの女の子で慌ててもごもご、と自己紹介を始めた。
「わ、わたしはぁ、えっとララ=ロイルって言います。ララって呼んでくれると嬉しいなぁ」
「そして最後は、この俺に何度も助けてもらいたい、キミだな!」
エドとか言う電波少年は見た目の爽やかさからは想像できぬ阿呆発言をアヤに振る。
風評被害だ。アヤにしてみればたまったものではない。
「あれぇ、お二人は知り合いなんですかぁ?」
「え!? そうだったの!? もう知り合いなの?」
女の子二人があらぬ方向へと勘違いしている。
なんて言う事をしてくれるのだ。
とりあえず電波のエドとやらの質問は無視して、女の子二人と話すことにする。
「私とエドは知り合いじゃないから。二人ともよーく覚えておいて」
「なぁーんだぁ」
ララは少しがっかりしたらしくおっとりとした口調で残念がっていたが、対照的にシュティの方はなんだか少しホッとしたような様子さえ見える。
ララには後でどこに残念がる要素があるのか聞いた方が良いのかも知れない。
「そっか、分かったよ! えーっと……」
シュティが困ったようにアヤを見る。
そういえば名前をまだ言っていなかった。
「あ、ごめんごめん。私はアヤ、よろしくね。二人とも」
「アヤ、よろしく!」
「アヤちゃん、よろしくね~」
「俺は!?」
エドは無視して、アヤはシュティとララによろしく、とそれぞれ挨拶を交わす。
大根に挨拶しておいしくなるのは土に埋まっているうちだけ。無事、土にかえることが出来たら挨拶をしてやろう。
「ところでさ、アヤって試験の時ノーム召喚してたよね? どうやったらあんな風になれるの? 私、ノームなんて初めて見たわ」
「あ、それ私も気になるよ~」
「む、なんだそれは?」
そう質問されると答え難い。
さすがにこの世界をゲームとして知っていて、そしてプレイヤーであって、そのゲームのキャラクターの能力がほとんどそのまま使えた、等と言っては頭がおかしいと思われることは間違いない。
あのバカなロベリアですら疑っていた位なのだから、エドは良いとしても残りの二人、ララとシュティには危篤の目で見られるだろう。
何としても避けたい。
何かいい考えは、と思うとすぐに思い浮かぶ。
そういえばイルレオーネではロベリアの名前が馳せていて、英雄視されていた。
ロベリアの力を借りるのは癪であったが仕方がない。理由にさせてもらおう。
「あー、えっとね。ロベリアから教わったんだよ」
「えぇ~!」
「ロベリア様から!?」
「ば、ばかな!?」
三者三様驚きの表情に変わる。
誰一人として疑わぬ目で、アヤを見ておりロベリアの威力はこんなに高かったのか、と実感した。
ただの幼稚なロリババアではなかったらしく、初めてイルレオーネの街をまともに歩けない、と言っていたハンナの言葉も理解できた気がする。
一番初めに衝撃を処理したのはシュティだったようで、再びアヤに質問を投げかけてきた。
「そっか……なるほどねー。それなら納得かも。でもロベリア様に教わってたなら何でわざわざ魔法学院に来たの?」
ここはロベリアの尊厳を保った方が良いのか、それとも真実を伝えるべきなのかと、考えていると――
「やーやー、みんな! 元気かな!」
まさかの本人がご登場なされた。
少しだけ高い教壇にロベリアは立ったものの、あまり身長が伸びたように見えないし、何より教師として必要な要素を微塵もを感じることが出来ない。
アヤ本人も驚きを隠せなかったが、他の三人は目の玉が飛び出すんじゃないか、と思うほどに口を開けている。
そしてロベリアから驚愕の言葉が発せられる。
「今日から私がこのクラスを担当することになったロベリアだよ! よろしくね!」
これは……どう言う事であろうか。
魔法学院に来て学ぶ。
そう、その予定であったはずだ。だと言うのに教師がロベリアでは今までと何一つ変わらないではないか。
言ってしまえば環境が変わっただけ。
「ロベリア! どういうっ」
「スゴイ! ロベリア様に直接教えて頂けるなんて!」
アヤの言葉を掻き消してシュティが有頂天になって叫び、ララも恍惚とした表情で、スゴイ、なんて呟いている。
おっとりとしている感じが、ララの周りだけより時間がゆっくり流れているようにも見えた。
もちろんその衝撃は何も、シュティとララだけではなかったらしく、エドも同じようで――
「これは、父上にご報告だっ! 素晴らしいぞ! いや今日だけじゃない……この一週間は本当に素晴らしかった! 魔法学院へ合格し、しかもトップのクラスに配属……さらには未来の嫁を見つけ……そしてロベリア様から魔法を教われるなんて……」
感涙している。
と言うか未来の嫁と言うのはアヤの事なのだろうか。
いや、とアヤは考えを捨てる。証拠があるわけじゃない、バカではあるが流石にそこまでネジがぶっ飛んではいない事を祈ろう。
「じゃー、みんな席についてー!」
アヤの周りに集まってきていた三人がロベリアの言葉に従ってそれぞれの席へと座る。
「じゃー、出席取るよ! って言っても四人だし入学式が終わったばっかりなんだからみんないるよね?」
ロベリアは席についたのを確認してから、そう言ったものの一人勝手に納得して四人を見渡してうんうん、と頷いてる。
そのだらけきった適当発言は教師として良いのだろうか。
「とりあえず今日はもうおしまいなんだって。で、明日から普通通りに授業やるからよろしくね。それから、興味がある人は研究会とかもあるから明日以降だけど所属するのとか決めるといいよ!」
それじゃあ、かいさーんと、誰の質問すらも受け付けずロベリアが言って教室から出て行く。
果たしてこれが教師として有るべき姿なのか疑問に思う。
だがアヤの思いとは裏腹に、三人はやたらとはしゃいでいる。
一人この先、を見据える。たぶんすごく大変なことになるのではないか、と。
イルレオーネに来る前に言われた、学院の図書館とやらに行った方が良いのかも知れない、そう思って席を立ったところで、シュティに呼び止められる。
「ねえ! アヤは研究会とか入る予定あるの?」
「え?」
「だってノームが召喚できるなんてスゴイじゃない。自分の入りたいところをしっかり決めとかないと、噂になったらきっと色んなところからオファーが来ると思うよ?」
うーん、と考え込む。
ノームが召喚できた程度で引く手数多になってしまったらこの先ヴリトラの勲章を授与した後はどうなってしまうのだろうか。
学院内でも身動きが出来ないくらいになっては困るし、何よりより多くの勧誘を受ける羽目になるかもしれない。
そう考えると早いうちに入るなら決めておくか、とアヤは思う。
と、すればアヤは召喚士であるから、やはり召喚の特にアヤの知らない使い魔を持っていそうな研究会が良いだろう。
「そうだな……」
「やっぱり入るなら召喚士の系統?」
「かな。でも入るならとりあえず色々とみてから入りたい気もするけど……とりあえず今日はもう帰るよ」
「あ、待って、私も帰る!」
そう言ってシュティとアヤが教室から出るとそれに気づいたのか、ララとエドも教室から出てついてきた。
何もみんなで帰る必要などないのだが、と思うが仕方がない。
特にエドは邪魔だ。
「あー、そういえばぁ、アヤちゃんって本名なんて言うのぉ?」
パタパタと急いで教室からアヤを追ってついてきたララの質問で、少し息を荒げているが普段はあまり運動しないのだろうか。
運動に関してはアヤも人のことは言えないが。
と、そこで思考を打ち切り本名とはどういうことであろうか。
質問を質問で返す形になるが仕方がない。
「ええと?」
「家名だよぉ」
「家名……」
そういえばダミア村に居た頃に家名など気にしたことなどなかった。
確かに日本に住んでいた頃は苗字を名乗っていたのに、この世界に来てからはそういったものが一切なかったし、そもそもセシルが名乗っている所など見たことがない。
「聞いたことないかなぁ」
「え!? アヤってどこ出身なの?」
シュティが驚いたようで、ララの質問をくみ取ってアヤに投げかける。
「ダミア村」
「……田舎だね……」
「そーなんだぁ……」
どれだけ田舎だったのかと言う事が二人の反応を見るとなんとなくわかる。
確かにあの村は山の奥にあって魔物も比較的多く出るらしく三日と言う日数で到着するものの、交通の便は良いとは言えない。それに加え特に名産品があるわけでもない。
イルレオーネからの中継点としては途中にヘブリッジがあるお蔭で中継点としてのお株も奪われている。
そんな不遇な立地のせいだろう。
半年に一度しか行商人はやってこないし、ほとんど自給自足で村で回すくらいであるから、はっきりいて超のつくド田舎だ。
「じゃあ家は農家なの?」
「そうだよ」
「良く魔法学院に入れたね……ロベリア様のおかげ……なのかな……」
「どう言うこと?」
「魔法学院はお金がかかるからね、貴族とか、豪商しか入れないんだよ。みんな家名があるでしょ? 家名があるのってだいたい貴族とか豪商のところだけなんだよ」
シュティの説明になるほど、とアヤが納得する。
確かに三歳の頃、魔道具の杖一本すら買えない農民がまさかこんな魔法学院などと言うところに入学させられるだけの資金などあるわけない。
どれだけお金がかかっているかは分からなかったが、少なくとも清潔で綺麗に整備された学院を見ればお金のかけ具合は少しくらいは分かる。
と、交差点に差し掛かったところでララとシュティの二人が分かれた。
ついてきているのは……とアヤが横を見るとエドだ。
嫌なやつが残って嘆息する。
「しかしアヤは農民の生まれだったんだな」
ゴボウがしゃべっているが無視しよう。野菜と会話するだけの魔力も電波も持ち合わせていない。
アヤは足を速める。
「それにノーム! まったく、アヤ、キミはあの時本当は一人で何とかできたんじゃないのか? だからあの時、裏路地に入るなと言ったのを断ったんだな」
うんうん、と一人頷いているが、会話になっていないことに気付いていないのだろうか。
ロベリアに続く稀代の大馬鹿ではないか、もしかしたら道端で二人そろえてコントでもやらせたら儲かるかもしれない。
「だが安心したまえ、アヤ。キミはこの俺がちゃんと俺のお嫁にしてあげよう」
「寝言かそれは」
さすがのアヤも聞き流せぬ言葉を発してきたので、舌打ちをしてエドを睨み付ける。
だがしかし、アヤの三白眼を物ともせず無駄な笑顔を振りまきながら、目を瞑って首を左右に振る。
寝言じゃないと言いたいのか、それとももっと別の何かを言いたいのか分からないがチャンスだ。
アヤは咄嗟に駈け出して、人ごみの中へと紛れ込んでいく。
あんなのが毎日ついてこられては困る。いつだか必ず闇討ちをして本物の野菜にしてやろう。
振り向くと既にエドの姿は人ごみの中に紛れて見えず、アヤはようやくふうと落ちつく事が出来た。
だがその落ち着きもすぐにかき消される。
そう、ロベリアに今日の事をキッチリと問い詰めてやる必要がある、そう思うとため息が出るが仕方がない。
アヤは再び家路へと歩みを進めるのであった。




