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Prologue

 アイリスと呼ばれるゲームがサービスを開始したのはおよそ一年前。

 既存オンラインゲームの数倍とも言われるオープンワールドのマップが用意され、画質も細かく鮮明により現実に近い描写が施されている。

 広く美しく描かれた大地は見るものを魅了し、その度に多くの人々を虜にした。


 そんな現実を追求したアイリスは自由度でも多岐にわたる。

 依頼を聞き、家を建て、交易をし、船旅をして未知の大陸を発見する。

 はたまた犯罪者をとらえる牢獄、サービスから一年たつ今も攻略されないダンジョン。

 何十人で立ち向かうような超巨大生物。

 想像力を掻き立てる様々な生産。

 数えればキリがないほど自由なアイリスと呼ばれるオンラインゲームは多くの話題を呼び、多くの人が飛びついた。


 そんな広大なゲームに魅了された男がまた一人。

 目の下に隈を作り、明かりのない暗い部屋でニヤニヤと不気味に笑いながら、食い入るようにキャラクターを操作している。

 またばきもせず必死にキャラクターを操作するその男がアイリスと呼ばれるゲームを始めたのは、サービスが開始した一年も前の話。

 仕事もせず、外にも出ず、ただただそのゲームを行うことで巨万の富を有すほどになっていた。


 男が操作するキャラクターと共に、数人がかりで巨大な生物と戦っている。

 次第にカチカチとマウスのクリック音と、カタカタというキーボードを叩く音が激しく響くようになり――ぴたり、と止む。

 画面の中ではちょうど、巨大な生物が倒れたところだった。


「あと少しだ……」


 久々に声を出したのだろうか、クックックと男の掠れた笑い声と共に小さく呟いた言葉が部屋に響く。

 そう言葉を発するや否や男は画面を切り替えて匿名掲示板をディスプレイに映し出す。


「ラグナロクは完成しない。そもそもNPCが存在しないし見つかってない。お前らいい加減諦めろ」


 男はそう打つと匿名掲示板に投稿する。

 目的はサービス開始から一年間、存在こそあると言われていたが誰も手にしたことのない装備を『ない』と思わせること。

 そうすることで他の人間のやる気を削げれば御の字。探そうとする人間がいなくなれば最高だ。

 ともかくデマを流し続ければ間違いなく『ない』と思うやつが出てくるはずだ。

 リロードを数回繰り返すと、どこぞの暇人であろう、返信が帰ってきていた。


「バカかお前。トールダンジョンの最深部にNPCいるってもう割れてる。必死すぎんだろ」


「は? バカはお前だよカス。トールとか突破したやつ居ねえだろ。妄想も大概にしろよ。

 だいたいラグナロクなんてもんはないって公式でいってんじゃん。まじSSあげろよカス。下らねえこと言ってんだったら交易でもして金稼げゴミ」


 男が再びそのように投稿をするとスレッドを見ていた人々であろうか。

 リロードするたびに次々に返信が帰ってくる。


「ワロタ、公式そんなこと書いてねえわ。どんな歪曲すりゃそういう解釈になんだよ、キメェ。公式の言ってんのはあくまで予期せぬアイテムであるってことだろ。死ねよカス」


「NG推奨」


「またいつものラグナロクは存在しない論者か。このゲームまだ到達してないところもあるって言われてんのに、一年作られてないってだけでマジで浅はか杉んだろ」


「じゃあ逆にある理由見せろよ。出せないならないんだろ、はい論破」


「こいつアホ杉。到達してないフロアや地点があるだけでその可能性があるってことだろ」


「出せないんじゃん。だったらラグナロクなんてねえよ。夢見てねーでさっさとトールダンジョンでも攻略してくれよな。そこでラグナロク作成NPCがいたら信じてやるわ」


 最後に捨て台詞のごとく信じてやる、と書いて掲示板を最小化しアイリスの画面に戻った。

 今ごろパソコンの向こうでは必死になって弁明やら討論を繰り返していることだろう。

 まさに男の思うつぼで、思わず笑いがこみあげてくる。


 散々ラグナロクと言うアイテムはない、と書き込んでいたがこの男は知っている。見当違いなトールダンジョンにNPCがいるというデマも自分で流してやった事だ。


 もちろん実際は別のところにいることを知ってはいたが、それを知っているのは恐らくこの男と、そして数人のギルドメンバーのみであろう。

 公式からも異質な装備と言われるラグナロク、それがあと少しで完成するのだ。誰にも邪魔などさせない。


 掲示板の書き込みのためゲームキャラクターを放置していた間に、どうやら一緒にボスを倒していた一人が、落ちる、と言い出したらしい。

 男がそれを引き止める。


「ちょっと待て、俺の許可なしに寝るなよ。つーかあと少しでラグナロク完成なんだから付き合えよ。間違いなくサーバーの偉業になるんだぞ?」

「でもなあ……」

「良いからいろって、つーか大学だっけ? 授業中に寝ろよ」

「しょうがねえなあ……わかったよ。あと一回だけな」

「それとバイトは辞めような?」


 便乗したように他のメンバーがチャットを打つ。

 ここでは仕事をしようと言う人間のほうが少数派だったようで、男を肯定するチャット内容ばかりが流れてくる。


「はよ、やめろや。遊びじゃねーから」

「バイト辞めるとか一人暮らしだから無理だわ……つーか大学も単位やべえんだけど。明日起きれるかなあ」

「留年すればもっとゲームできるじゃん、留年するべきだろ」


 男が打つと怒涛のようにチャットが流れる。

 この調子で行けば恐らく目当てのモンスターがリポップするまでは、他のメンバーの寝落ちもなさそうだ。


「てかさ、すだれは仕事探せよ。やばいんじゃね―の?」


 不意に名指しで仕事を探せと言われ言葉に男は少し顔をしかめる。

 しかしすぐに切り返す。いつも言っていることだ。


「仕事? 今更リアルの生活に何の意味あるんだよ? だいたいアイリスは仕事と同じ。負け組にならんためにも、ラグナロクの情報は秘匿するし俺らで独占する。その辺ちゃんと弁えとけよ」

「あー、分かった分かった。そうだったな、それより時間的にそろそろじゃないか?」


 言われて時間を見ると確かにそろそろポップされる時間だった。

 時刻は既に夜中の四時を回っていたが、この程度でへこたれるメンバーは今組んでいるパーティーにはいないと男は思っている。

 世紀の瞬間を間際にしているのだから、当然だろう。


 ほどなくボスがポップし、戦闘が始まる。

 ルーチン化した作業で特定の行動を正確に行うも、ボスの体力はなかなか減っていかない。

 カチカチとマウスを動かしクリックし、キーボードを打ちながら男は思う。


 この世界こそが現実で、本当のリアルの世界などみな捨てればいいのだ。

 それだけの価値がこのアイリスと言うゲームにはある、と。


 そんなことを考えているうちに、徐々にボスの体力は減っていき、ついにはボスが倒れる。


「……終わった!!」


 深夜だというのにもかかわらず興奮してし声を上げる男。掠れた声のおかげか知らないが、興奮した声もそう大きくはなかった。

 男は思う。


 ――やっと揃った。


 恐らくサーバー内で初だろう。それほど過酷なクエストと、そして収集品をサーバー中から買い集め、足りない分は自分で集め、ついに目的の数が集まった。

 費やした時間は考えていない。


「さ、俺は寝るぞ。すだれ、装備完成させとけよ。金は明日でいいわ」

「おう、乙。ハトノキ、早くバイト辞めて留年しろよ」


 その言葉を見たのか、それとも見なかったのか、すぐにハトノキはログアウトした。


「で、レヴィンお前はどうすんだ? この世紀の瞬間を見届けんのか?」


 そうチャットで語りかけると、レヴィンと呼ばれたであろうキャラクターからチャットの返信が来る。


「そうだな。クエストも少しあっただろ。手伝ってやるよ」

「さすがギルマスだ」

「別に明日もやることねーし。それに公式がああいう風に書いてた理由も知りたいからな」


 そうして始めたクエストは思いのほか長く、カーテンの端から仄かに明かりがさしてくる頃、ようやくクエストが終わる。

 そのまま、ギルドマスター、レヴィンへ就寝の旨を伝えログアウトする。


 ――今日はもう寝よう。装備の効果は起きてから試せばいい。


 男はそう思い、ふらふらとした足取りで立ち上がる。

 そういえば最後に食事したのはいつぶりだろうか。寝たのは昨日、いや一昨日……もう少し前から起きていたかも知れない。


 そんな疲れ切った体をベッドへ預ける。腹も減っていたがまずは寝よう。

 起きたら完成したサービス開始して以来誰も手に入れたことのない、そして公式すらも異質と呼ぶ装備の効果を試す。

 ぱっと見たところ既存の武器よりも一回りも二回りも性能が高い。明らかにチート性能だと思う。下手をすればゲームのバランスをぶっ壊せるくらいの効果だ。

 これで他のギルドを完全に圧倒し、優位に立てることは間違いないだろう。


 そう考えると起きてからが楽しみでしょうがなかった。

 男は興奮していたが、眠気にあらがうことも出来ず、意識を手放した。

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