二、
守がもってきた情報と言うのはとある実験に関する資料だった。 なぜそんなものを持ってきたのかはわからない。
まだじっくりとは目を通していないため詳しいことはまだ理解できていない。よって説明はできないが、概要は分かった。
その実験と言うのは【世界シュミレート】。その科学者たちは一体何がしたいんだか。そもそも世界の事象を再現できるとは思えない。スパコンにだって無理だろう。コンピューターに関する知識は浅い僕だが少しは分かる。処理に必要なメモリが多すぎるのだ。そんな現代の技術では不可能に見える実験が今現在行われているという。そこまでだったらまだ信用してなかったかもしれない。
だが、その資料の後半からは何やら表のようになっていた。実験の結果らしきものだった。何千回と言う回数の結果が書かれている。僕はそのページをじっくりと見つめた。しかし理解は出来ない。意味の分からない言語で書かれているからだ。このページが結果について書かれていると分かったことが奇跡だと思えるくらいに理解しがたい、意味不明な言語だった。
もう解読することは諦め、先輩や守に相談してみようと思う。
「先輩。これに何が書かれているか分かりますか?」
そうやってあのページを手渡す。
それを見たその瞬間、先輩は何か思ったかのように少し動揺した様子を見せた。そして食い入るように紙面を見つめる。
「何か分かったんですか!」
先輩ははっと我に返ったように僕の方を向き、
「――いやだなー。君に分からないことが私に分かるわけないじゃないか」
「いや、でも・・・・・・」
そういうと、先輩は少し顔を膨らませて、
「私の方が年上だけど、君より学力低いのは知ってるでしょ。忘れたの!」
そう言ってまた実験結果について書かれた紙をまた見つめ始めた。
僕たちはなにかとんでもないものを見つけてしまったのではないだろうか。最初は例の事件、米軍基地襲撃事件について調べていたはずなのだが。
あの事件も気になるが、今はそれよりも意味不明のあの実験の方が興味がある。愛華先輩も同じようだ。
仮にあのシュミレーションが出来たとして、それに何か意味があるのだろうか。個人の趣味にしては大掛かりすぎるし、金銭的にも不可能な気がする。何かの研究機関が行っているとしたら、その目的は何だろうか。組織で行うものだとしたら何か大きなプロジェクトが動いているはずだ。それがどこかしらで話題にならないなんて思えない。もし何か隠したいことがあるとしたらそれも気になる。こちらの調査を優先しようか。
愛華先輩も三年前の事件よりもこっちの謎の実験の方が興味があるらしいので、結局こちらの調査になった。我がサークルの行動方針は全て愛華先輩の意思なので仕様がない。
「と言うことで、守君はあの実験はどこで行われているのか調べといてね」
もうすでに各人の目標は決まっていた。そこも全て先輩の意思で決定される。強い。
「君は守君がその実験施設の場所を突き止めてくれるからそこに向かってね」
明らかに言っていることがぶっ飛んでいる気がするがきっとなんてことはないのだろう。最近は疲れているからな。それに何かおかしな現象も起きているし。
そんな風に適当な具合で決まった調査だが、まず守はその研究施設の場所を特定できるのか。何よりも施設がこの近くにあるかどうかが心配だ。遠くにあったら行く気がしない。愛華先輩は危険を感じることは出来ないのか。
「君何か失礼なこと考えてないか。私はしっかりと考えたうえで君にこの大役を任せるのだぞ」
「じゃあ先輩は何をなさるんですか」
先輩は痛いところを突かれたかのように顔を少しゆがめ、
「私は私にしかできないことをするからね。ほら、これでも私年上だし」
少しいじめてしまったが僕自身やることはなんでもいいので異論はない。ただ命の保証だけはしてほしい。
まだ守は調査をしているのでその間に今までの出来事を振り返ることにした。
最近感じる違和感。それは既視感と言うのだろうか。ただしかし、それを感じたあとに起こる出来事はそれそのものが起こるわけではなく、似たような出来事が起こる。つまり同じ結果には至らない。そこがどうにも疑問に思う。いわゆるデジャヴと言うのは、夢に見たようなことがまさに起こる。そういうものだと思っていた。だから僕が感じるこれはデジャヴではないのかもしれない。だったら何なのだろう。気になるがまだ僕には理解できない。また同じようなことが起こるかもしれない。その時をまとう。
考え込んでいると愛華先輩がどこから持ってきたのか分からない白板に何かを書いていた。
「まだ守君が住所を特定してる最中だけど、君がどういう行動をとるか伝えておこう」
愛華先輩は白板の近くに立ち、僕の方を向く。
「まずね、守君が住所を特定したら君はそこまで走っていく。そうしたら、なんとかしてコンピュータを見つけだして。見つけられなくてもいいんだけどね。でも運よく見つけることができたら、盛大にぶっ壊してきて」
何を言っているんだこの人は。なぜ破壊する必要があるのか。完璧な犯罪じゃないか。
「壊しちゃっていいんですか? それ犯罪じゃないですか? 大丈夫ですか?」
そうすると愛華先輩は何かを言いかけてそれをためらった。さっきまではあんなに威勢が良かったのに、どうしたのだろうか。
「まあ気にしなくていいよ。ここでの出来事なんて一種の可能性でしかないから……」
僕には愛華先輩の発言の意味が分からなかった。一種の可能性とはどういうことなのだろうか。
「愛華先輩。何か隠し事とかしてないですか? 何か最近様子がおかしい気がしますけど」
「ううん。気にしなくていいよ。別に大したことじゃないし、君を困らせるわけにはいかないよ。・・・・・・君だって大変な思いをしてるから」
最後に愛華先輩は少し悲しげな表情をして見せた。愛華先輩は僕を心配させないようにしてはいるが、どうしても顔に出てしまう。それにさっきから愛華先輩の言葉の意味を全く理解できない。僕が大変な思いをしているとはどういうことだろう。
翌日、どうやったかは知りたくもないが守が研究施設の住所を持ってきた。違法な手段を使っていないといいんだが。
「先輩方、やっと見つけることができましたよ。例の資料のあった場所は『次世代科学研究所』ですね。この近辺にありました」
名前がたいそうなものだ。次世代科学とは一体何なのか気になるので守に聞いてみた。
「次世代科学と言うのはですね、あくまで僕の推察なのですが、通常の科学では考えないような実験や調査を行い、新たな技術を生み出す。そんな感じのものではないでしょうか」
そういうものなのか? 少し理解に苦しむ。
「まあ、あくまで僕の推察なので気にしないでくれて結構ですよ」
まあ僕もなんとなくは理解出来たのだが、本質はつかめなかった。何しろ現実味がないので普通の日常を送っていた僕にとってはもうすでに理解の範疇ではないのだ。
深く考えても仕方がないので守の持ってきた研究施設についての資料を眺めた。用意の良い守が住所しかもってこないはずもなく、どこで手に入れたのか内部の地図までもってきていた。驚くことにきっとスパコンとかなんとかがありそうな中枢らしき部屋もそこには記してあった。
「守、お前良くここまでの情報入手できたな。方法は知りたくもないが」
「先輩がそこまで知りたいって言うんだったらこれをどうやって手に入れたか教えてあげてもいいんですよ?」
僕は首を横に振って断った。きっと危ない方法で手に入れたのだろう。深くはもう関わっているけれどもこれ以上はごめんだ。
「つまりここにあると思われるコンピューターを破壊してこればいいんですね」
「うんまあそうなるね。破壊方法は素手で」
愛華先輩は急に現実的ではない方法を持ちだした。
「先輩。それはさすがに無理です。先輩なら爆弾的な何かを作れないんですか?」
「さすがにそれはまずいでしょ」
変なところでまともになる。さすがに素手は冗談だと思うが。
「まあ素手とかは冗談で、実際はちょっとこのウィルスを流してから鉄パイプとかバールのようなものとかで物理的に破壊してもらうんだけどね」
そう、笑顔で言い放った。
なぜ愛華先輩はそこまで「破壊」にこだわるのだろうか。つい最近知ったことのはずなのに、まるで前々から破壊を実行しようとしていたみたいだ。僕には愛華先輩の人脈の良さをあまり知らないのでよく分からないが、愛華先輩にそんなことを知っていそうな人望はなかったはずだ。報道もされていないこのようなことを一体どこで仕入れたのだろうか。もしかして愛華先輩はこのことを初めから知っていたのではないか? そう仮定してもなぜ愛華先輩が知っていたのかはわからなかった。