二、
次の日、守は何やら許可証みたいなものを持ってきた。
「警察の資料を見せてもらえることになりました。なぜかアノ事件は日本の方で処理されたようなので」
そうなのか、知らなかった。
「しかし良くそんなものもらえたな。お前の知り合いにはどんな人がいるんだ」
少し存在を言えないような人とかもいるので、などと言っていたのでそれ以上は聞かなかったが。
ともかく今まで見つけることのできなかった情報が見つかりそうなので行かない手はない。愛華先輩は許可を得た経過なんて全く気にするそぶりもせず最初から行く気満々だったようだ。
「警察の資料を見せてもらえるなんてすごいじゃない。人脈だけはいいのが守だものね」
ほめているのか馬鹿にしているのか分かりにくいのが愛華先輩だ。
それで、どんなものを見せてもらえるのだろうか。前のようにまた何も成果がないなんて事がなければいいのだが。
「事故現場の写真や被害者、目撃者、加害者とされている自衛隊員の証言などが見せてもらえるようです。警察の方ももうその事件について調べる気もないようですし、国からの許可もあるようです」
つまり政府の方は白とみていいのだろうか。もしくはすでに重要な証拠は隠ぺいされているのだろうか。解釈によって結末が変わりそうだな。
そして約束の日となり、署内の保管庫から例の事件についての資料を持ってきたもらった。事件に関する全ての資料を持ってきてもらったのでかなりの量だ。事情の知らないものが見たら署内の全ての資料を持ってきたのかと思うほど、この部屋の面積を占拠した。こんなことで本当にほしい資料を見つけられるのかと思えてきた。
「タグとか着いていないんですかね。この資料の山」
あまりにも多い資料の整理で手間取っている。今日中に調べ終えることが出来るのだろうか。
「と言うよりこの量でなぜタグとかそういう類のものがついてないのよ! 警察は資料を見返そうなんて思わなかったのかしら」
そろそろ警察がおかしくなったのかしら、と愛華先輩はおかしそうに笑った。
「愛華先輩、笑いすぎです。警察の方に失礼ですよ。……確かに馬鹿だとは思いますが」
守は愛華先輩に注意しながらも笑いをこらえている。思うがそんなに笑えるような事なのか、これは。
結局、資料を整理することに三時間くらいを消費した。実はもっとかかると予想していたが、作業している時にタグを見つけたのだ。そのおかげでそれからはすぐに終わった。――馬鹿だったのは僕たちだった
そんなことに落ち込んでたのは僕しかいなかったものだから、やっと出来るようになった調査を始める事にした。
三時間の努力の成果はなかったことにはならず、三人で分担して調べることができた。部屋の大半を占めた資料の山だったが、種類分けしてみれば四種類くらいしかなく、簡単に仕事をわけることができた。愛華先輩は率先して数の少ないものを奪っていった。それは愛華先輩が愛華先輩である限り変わらないので誰も気にしない。隣で守は次に小さい山を見始めた。ひどいな、この人たちは。
残った資料の山はどちらもファイル五冊ほどあった。ちなみに愛華先輩や守は同じファイル二、三冊くらいだ。結局一番大変な仕事をすることになってしまった。いつものことだからもう耐えられるが、いい加減この二人は自ら進んで大変な仕事に身を投じてほしい。だからと言って僕が二人の将来を知ったことではないが。
愛華先輩はファイル二冊で苦戦しているわけだから、五冊もある僕が調査に苦戦しない訳もなく。案の定なかなか仮説を裏付ける事の出来る決定的な証拠を見つけることができない。いくら大まかな資料の種類が分かれているからと言って、調べることが簡単になるわけではない。報告書、調書、現場の様子がまとめてある文章一つ当たりが多すぎるのだ。それだけであったら良かったが、実際に目を通してみると内容がぐちゃぐちゃなのだ。一つ一つの文章につながりがなかったり、前に書いてある物と逆の事を事実として書いてあったりして一体どれが正しいのか分からなかった。きっと愛華先輩や守が苦戦しているのも同様の理由だろう。
資料の最初のうちはまだそのおかしな文章も多少違和感を感じたが、読めないものではなかった。しかし、だんだんと読み進めていくうちに、まるで『キョウジン』が書いたような文章になっていき、全身に冷たい何かが走った。
最後の方はもうすでにそこにあったのは文章などではなくただの『文字列』だけであった。一体この人物に何があったのか。精神疾患の持ち主だったのであろうか。だとしてもこの変化の仕方は異常だ。
そんな風に考えていると愛華先輩が、
「――何よこれ。人間が書いたとは思えない。いったいこいつは何だったのかしら……」
どうやら先輩も僕と同じことを思ったようだった。そう考えると守の読んだ資料もそうだったのだろう。
なんとか資料を解読しようと僕たちはがんばったが、結局ただの『文字列』の部分を解読することは出来なかった。
「先輩方は何かわかりましたか。僕は全然理解できませんでしたが」
守が僕たちにそう問う。
「いや。こっちも全然読めなかった」
愛華先輩も残念そうな顔をして答える。
結局、警察から借りた資料から得られたことは何もなかった。せっかくの機会だったのに残念だ。
「まあ仕様がないよ。たまたま私たちのした調査が外れただけだって。それにほら、また新たに怪しいことを見つけたじゃない。それについても調べましょうよ」
と、愛華先輩は必死に場の空気を明るくしようとしている。しかし、やはり愛華先輩もかなりショックだったらしく、すぐに落ち込んでしまう。
この世界とは卑劣で、定められた運命に逆らうことはできない。このことだって例外ではない。
――また、頭の中にドロドロとした何かが流れ込んでくる。
「うっ……」
僕は頭を押さえその場にうずくまってしまう。こんなことが前にもあった気がするが記憶にない。
「大丈夫!? 救急車呼ぼうか!?」
愛華先輩がそばに寄ってきて僕の体を揺さぶる。やはり既視感を感じる。前にも似たような事があったのではないか? そしてきっとこの後僕は何者かに『何か』を言わされるのだろう。
崩れかけた意識の中で僕はこうつぶやく。
「『神』だ。『神』を探せ……」
そして僕の意識は完全にとんだ。