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店を出る時に店内で接客中のメグリちゃんがこちらに気が付いて手を振っていた。私はちょっと恥ずかしいなと思いながらも、軽く手を振った。店の外に出ると、さすがにもう真っ暗だ。街の灯りはあるものの、夜の闇は辺りを包んでいる。
「こっちのほうね」
リコちゃんに連れられて歩き出す。特に会話はないが、リコちゃんは気にしていないようだ。正直、女の子と。その上、女子高生と会話するスキルなど持ち合わせていない。メグリちゃんとはようやくそれなりに会話が出来るようになったが。
10分ほど歩くと、高層マンションの前に着いた。メグリちゃんの住んでいるマンションに比べたらまだ頑張れば手に届きそうなマンションである。まあ、私には無理だが。世間一般の人はってことね。
30階建てなんだ。と、エレベーターの階数ボタンを見ながらそう思う。そして、女子高生の背中である。まあ、制服を着ていなければ、ただの若い女の子なのだがね。それに、私は高校生よりは大学生が好きだ。まあ、高校生に手を出したら結婚していない限りは逮捕なのだが。
リンコさんたちの部屋は15階にあるようだ。
「ただいま~。手代さん連れて来たよ~」
リコちゃんがそう言いながら部屋に入ると、奥のほうで何やらどたばた音がする。
「おかあさ~ん?何バタバタしてるの?・・・まさか!?また裸でリビングのソファーに寝てたんじゃないでしょうね!?」
そう言って、リコちゃんは靴を脱ぐとリビングがあると思われる廊下の奥へと走って行った。
今の話を聞いて、玄関を上がってリビングに行く勇気は無いので、玄関で待つことにする。一応、戸締りはしておいた。
しばらく待っていると、リコちゃんが戻ってきた。
「ごめんね。うちのバカ親がちょっとやらかしちゃってて。とりあえず、自分の部屋に強制連行しておいたから、入って入って」
「お、お邪魔します・・・」
リコちゃんに促されて廊下の奥に進むとリビングに着いた。メグリちゃんの部屋ほどではないが、私の住んでいるアパートの部屋よりも確実に広いであろうリビングだった。
「とりあえず。飲み物だすね。何飲む?ビール?」
「いえ。お酒じゃなくて、お茶か何かを」
「う~ん。コーラでも良い?」
「はい」
「それじゃあ。私の分と・・・」
リコちゃんが持ってきたのは2リットルのペットボトルとコップだった。
「え?2リットル?珍しいね。こんなのこの辺に売っていたっけ?」
「うん。これね。駅前の前田屋に売ってるの」
「へ~。あの店かぁ。たしか、この辺に昔からあるスーパーだよね?」
「う~ん。私が物心ついた頃からあるから、多分そうかな?」
そんな風に話していると、玄関に向かうドアとは違うドアからリンコさんが入って来た。
「いや~。ごめんね。完全に油断してました」
そう言いながら、なぜか私の隣に座り、体を密着させてくるリンコさん。ただ、歩き方がなんかぎこちなかった。
「つぅ~。まだお尻が痛いわ~」
「え?お尻?どうかしたんですか?」
「あ。痔じゃないわよ?ちょっと、ヒカルコにお仕置きされてね・・・」
「自業自得でしょ。あと、手代さんから離れなさい!近づき過ぎです!」
「え~!いいじゃ~ん!このぷにぷにの体をもてあそぶ前にヒカルコに見つかっちゃわけだし~」
「・・・どうやら、お仕置きが足りなかったようね?今度はお尻が割れるまで叩いてあげるね?」
「え?いや。あの・・・。ヒカルコちゃん?なんか、その笑顔が超怖いんですけど?なぜに激おこなの?なにか地雷踏んじゃった?ね。ユッキー。私何かした?ねえ?何かした?」
「いや。あの、胸がその。思いっきり当たってます。というか、当たり過ぎて原形をとどめていません」
恐怖のあまりなのか、これ幸いと私に抱きついているのかはわからないが、思いっきり私の手にしがみ付いて乳を当ててくるのは止めて頂きたい。女子高生の前で立ち上がれない事態にはなりたくないです。あ、とりあえず。ソファーから逃げればいいのか。そう思って、すっと立ち上がって、ソファーから離れようとするも、全体重をかけて腕にしがみ付いて放そうとしないリンコさん。それでも移動したら、ずるずるとリンコさんを引きずることになった。
「いや~!私を捨てないで~!」
「いや。拾った覚えはないです」
「むむ。ユッキーのツッコミが心地いい・・・。私はMに目覚めてしまったのだろうか・・・」
「遺言はそれでいいのかな?」
リコちゃんは素晴らしい笑顔でリンコさんを私の腕から引き剥がすとリンコさんがさっき入ってきたドアからリンコさんを引きずって出て行った。
「いや~!助けて~ユッキィィィィィィィィ!!」
「いや。無理です!」
「ああ。きっぱりと断るユッキーにゾクゾクする。これってもしかして恋?」
「さあ、こっちへ来い!」
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」
やっぱり来るべきじゃなかったような気がする。今のうちに帰るべきだろうか?と悩んでいると、リコちゃんが戻ってきた。早いな。
「ごめんね。ちょっと、お母さんは寝かせて来たから、二人で食事しよっか」
えっと・・・。寝かせて来たって・・・。何されたんだろうリンコさん・・・
「料理は作り置きしてあるから、暖めるだけで食べられるけど、何がいいかな?」
「特に好き嫌いは無いから、リコちゃんの食べたいのでいいよ?」
リンコさんの事は一旦忘れたほうが良さそうなので、リコちゃんとの食事を済ませて早めに帰る事を決意した。
晩御飯は夜も遅いので、軽めにしようとざるうどんになった。冷凍のうどんを流水で解凍してざるに盛るというシンプルなものだ。つゆに刻んだネギやわさびを入れて、つるっといただいた。
「やっぱり夏は冷やした麺類だよねぇ~」
「そうだねぇ。そうめんやそばに冷やし中華と麺類は良いよねぇ~」
「さて、私は明日も学校があるから、そろそろ寝ようと思うんだけど・・・」
「じゃあ。私は帰りますねぇ。今日はごちそうさまでした」
「いえいえ。明日がお休みだったら、泊まってもらっても良かったんだけどねぇ~。おそまつ様でした~。それじゃあ、また明日。よろしくお願い致します」
「はい。よろしくお願いします。それじゃあ、おやすみなさい」
なんだか、お泊りしても良いとか言っている気がしたが、リンコさんと同じ屋根の下に居たら、確実に襲われる気がするので無いな。
リンコさんたちのマンションはアパートから駅をはさんだところにあるので、アパートに帰る為に歩いていると、マーメイドの前を通ることになる。すると、ちょうど仕事が終わったと思われる女の子たちがぞろぞろとお店から出てきた。
「あれ~?なんかこの人見たことある~!」
「あー!ほんとだー!って、誰だっけ?」
「え?誰々?って、手代さんじゃない。いま社長のとこからの帰り?」
私のほうは全然顔を覚えていないが、恐らく事務所から店内を通って、店を出る時に見られていたのだろう。名前を呼んだのは田中と一緒に来た時に席についてた・・・誰だっけな?
「あー!その顔。私の顔はわかるけど、名前が出て来ませんって顔だー!失礼な~!」
「え?ああ、いやまあ。思い出すのに時間がかかるだけだよ?なっちゃん?」
「ぶー!私はミキちゃんでーす!不正解のあなたは今からカラオケに連行だー!」
「ナツキ。店の前で何言ってるの?誰をカラオケに連行するって?」
「げっ!ミキ。なんで、このタイミングで出て来ちゃうかなぁ~。もう少しでてっしーのマシュマロを食べられたのに・・・」
「え?ああ。てっしー。いま帰り?リコちゃんに連れて行かれるようだったから、社長の家でご飯でもごちそうになってた?」
「はい。ざるうどんを頂いてきた帰りです」
「ざるうどんかぁ。いいね。私も帰ったらそれにしよう」
「まーしゅーまーろー」
「はいはい。ナツキ。明日は朝から講義入ってるんでしょ?さっさと帰るよ」
「あっ!そうだったー。ちくせう無念・・・しかし、てっしーがうちで働いてくれるなら、まだチャンスはある!」
「ないない。だって、てっしーはメグルちゃんのお気に入りでしょ?手を出しちゃダメよ~」
「ええい!ならばカニばさみだ!」
そういって、ナツキちゃんが私の足を足で挟み込む。いやいや。パンツ丸見えだからそれ。
「こらー!公衆の面前で何おパンツ丸出ししてるのよ!帰るよ!」
「うぇーい。それじゃあ。またね。てっしー・・・」
「はい。お疲れ様です」
「「「「お疲れ様でーす」」」」
ぞろぞろと女の子たち四人で駅のほうに歩いて行く。どうやら、終電前にはうちの店は閉めるようだ。ナツキちゃんがなぜか未練たらたらな感じでこちらに手を振っているので、見えなくなるまで手を振ってあげていたら、店からまた誰か出てきた。
「あれ?ユキオさん?何してるの?」
「ああ。メグリちゃん。いま帰り?」
「うん。ああ、ナツキちゃんたちを見送ってくれてたんだ」
「うん。なんか、ナツキちゃんがやけに絡んできたけど、ミキちゃんが連れて行ってくれたね」
「へ~。そうなんだ~。ナツキちゃんがねぇ~。あれ?ナツキちゃんって、彼氏いなかったっけな?」
おうふ。またこれか。なんか私がモテてるなって思った時は大概、相手に彼氏か旦那がいる。ということは、リンコさんにも旦那がいるのかな?
「いま帰り?じゃあ、一緒に帰ろうか」
そういって、メグリちゃんが私の横に来る。
「それで。リンコさんどうしてた?」
「ああ~。なんか、最初は裸でリビングに居たみたいで、ドタバタして。帰ってきたらと思ったら、やたら私に絡んできてリコちゃんに強制退場させられてたね」
「ぷっ!何それ~!すっごく見たかったんだけど!こんど、社長のところに誘われたら、私も連れて行ってね!」
「え?ああ、どうだろう?そんなに呼ばれる機会は無いと思うけど、呼ばれたら教えるね」
「リンコさん。本当にどうしたんだろうねぇ。昨日怒られたばかりなのにまた暴走しちゃうって・・・もしかして、ユキオさんに本気になってるんじゃ・・・」
「いやぁ~。それはないんじゃない?なんか、好きというより、子供が大人に甘えている感じがするんだけどなぁ~」
「それが珍しいのよねぇ。今までなかったパターンだよ」
「そうなんだ」
「うん。これはちょっとリンコ社長にしっかりと尋問しなければいけないな・・・」
「尋問って・・・」
「あ、ごめん間違えた。拷問しなきゃいけないな・・・」
「より凶悪になってるから!」
「へへへ~。ユキオさんと漫才するの楽しいね~」
「これって、漫才って言うのかな?」
「なんでもいいけど、楽しいね~」
「楽しいね~」
「ふふふ。本当に楽しいなぁ~」
そういって、メグリちゃんは駆けだす。それをなんとなく追いかける私。あれ?これっていま。青春しちゃっている?
大人になると青春みたいな。ちょっとした楽しみが減る気がします。