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なんか、調子が良くていつもよりも長めになったかも。
翌朝。
いつも通りバイト先に向かう。昨日の事は夢だったんじゃないだろうか。背中が幸せな事になっていたが、デブの汗っかきの私の背中におんぶされてきっと嫌だっただろうな。まあ、二度と会うこともないだろう。たとえ近所に住んでいても、住む世界の違う人間だ。
「ユキオちゃん。悪いね。ほんとすまない」
バイト終わりに社長に呼び出されたので、何事かと思っていたら、何のことはない。明日から来ないでも良いという解雇宣告だ。どうやら、大学出の若いやつを正社員に入れるためにアルバイトの私を解雇するようだ。本来なら、最低でも一ヶ月前に言わないといけない事なのだが、前に一ヶ月前に通達したら次の日から来なくなった奴がいたらしく。私も急に辞められても困るからと、解雇当日になって伝えてきたようだ。
「別にいいですよ。バイトですし。一年間お世話になりました」
「ほんとすまない」
しつこいな。どうせ、明日には私のことなんて忘れているくせに。まあ、三年間引き籠りだった私を履歴書も見ずに雇うことを決めてくれた社長である。感謝することはあっても、恨むことはない。そもそも、雇う時に小さい会社だからいつ辞めさせることになるかわからないと言われていたので、雇われる時にすでに覚悟は出来ていたことだ。とは言っても、明日からどうするかな・・・
「て・し・ろ・せ・ん・ぱ・い」
会社から出て、帰ろうとすると後ろから抱きついてくる奴がいた。特にビックリはしていないのだが、体がビクッと反応してしまう。そして、こいつはそれを面白がっていつも後ろから抱きついてくる。ホモなんじゃないかと疑ったこともあるが、私のようなタイプは好みではないらしい。
「田中。だから、後ろから抱きつくのは止めろ。って、言っているだろ!お前やっぱりそっちのけがあるんじゃないのか?」
「ないですよぉ。俺、細い子がタイプですし。それよりも聞きましたよ。先輩クビになっちゃんたんですね。なんか、すみません!」
「なんで田中が謝るんだ?」
「いや。実は大学出の友人がアルバイトから抜け出したいって言うから、うちを紹介してやったんですよ。でも、まさかそれで先輩がクビになるとは思ってなくて・・・」
「ああ。今度はいる正社員っていうのは田中の同期か。まあ、仕方がないだろ。会社は若くて優秀な奴が良いに決まっているし」
「何言ってるんすか!そりゃあ、先輩は若くは無いですけど、十分優秀じゃないですか!誰も仕事のことを教えてくれない中。先輩だけですよ?正社員の俺に色々教えてくれたのは」
「そりゃあ。隣の席だからな。わからないってあからさまに横で悩んでいるやつが居たら、教えるだろ」
「そんなことないですよ。俺の横の水口の奴。化粧しながらガン無視してましたからね。どうせ化粧しても変わらないくせに!」
「水口さんは3年先輩でお前よりも3つ上だろ。なんで呼び捨てするんだよ」
「だって、水口の奴。手代先輩の事、年上なのにバイトだからって馬鹿にしてたじゃないですか。手代先輩よりも2年も長くいる癖にして全然仕事出来ないし。ケバイし」
「そうか?仕事出来るほうだと思うけどな」
「それ絶対部長が居る時だけですよね?部長に奥さんと子供がいるのに飲み会の時、超色目使っているのがバレバレで気持ち悪いんですよね。あの女!」
「ああ。確かに部長が困っていたな。やたらくっついてくるせいで香水がうつっちゃって、奥さんに疑われたことがあるって」
「それ、絶対確信犯ですよ!まあ、水口のことはどうでもいいんで、それよりも先輩」
「何?なんかやけにニヤついているな。何かいい事でもあったのか?」
「キャバ。行きません?キャバ」
「は?キャバクラ?行くわけないだろ。てか、そもそもお前と行ったことないだろ?なんで今日になって誘うんだよ」
「いや。他の人たちには断れちゃって。それにほら、あれですよ。田代先輩の送別会。どうせ他の人たちはしてくれないんだし。ふたりで行きましょうよ。それに俺が奢りますから!」
「お前が奢るって、なんか怪しいな・・・」
「いやぁ。実は駅前の高級キャバでマーメイドってところ。今日は新規顧客開拓キャンペーンとかで、二人以上の来店客は3時間5千円で飲み放題なんですよ!あそこ、指名料だけで5千円取られるところなんで、めちゃくちゃお得で。一度行ってみたかったんです!それに、このキャンペーン。今週までだっていうし。今日を逃したら、絶対行けない感じなんで。お願いしますよ!先輩!」
田中が手を合わせてお願いしてくる。まあ、奢りだというし。今日は飲みたい気分でもあるので別に良いか。
「わかったよ。でも、しゃべりはお前に任せるからな?」
「ああ~。そういや、手代先輩って童貞でしたよね」
「ど、童貞じゃねーし!プロ相手に二回してるし!」
「いやいや。プロ相手はノーカンですって。ノーカン」
「そ、そうなのか?」
「そうです。ちゃんと交際して、そうなったらカウントするんです」
「そういや。田中。お前彼女いなかったっけ?キャバクラなんて行って大丈夫なのか?」
「・・・」
なんか、あからさまに落ち込んでいるポーズをする。頭をがっくしと垂れさせて、俺の肩に寄りかかってきた。重いな。
「もしかして、別れたのか?」
「逃げられちゃいました・・・。俺よりも好きな人が出来たって・・・」
「それは・・・どんまい」
「あざーす。なので、今日はかわいい女の子たちに慰めてもらいます」
田中の見た目はかなりイケメンの部類に入ると思うのだが、なぜだか彼女との関係が長続きしないようだ。会社では、田中は変質的な性癖でも持っているんじゃないか?とか、ホモなのがばれるんじゃないか?とかいろいろ言われている。まあ、単純にうちの仕事が残業多めで、休みも週に一回あれば良いほうだから、遊びたい盛りの若い子に逃げられやすいというだけなんじゃないかと思うんだけどね。うちは正直ブラック寄りだ。まあ、今日でクビになったのでもう知らんが。
駅前に近づくにつれて、テンションが上がり始める田中に引っ張られるようにキャバクラ・マーメイドに入った。
中は白と黒のタイルでかなりシックな感じといえばいいのだろうか?正直、デザインについては良く分からない。きっとおしゃれなんだろう。田中なんてヤバいを連呼しまくっているし。
田中とふたりで通された席は5人掛けくらいのゆったりとしたソファーに、机の向こう側には一人用の椅子が置かれている。田中と二人で席に着くと、すぐに女の子が三人来て自己紹介を始めるが、正直二度と来ないと思うので覚える気はない。二人が田中と私の横に座り、一人用の椅子に一人が座り、水割りを作り始める。どうやら、二人が話し相手をして、一人は水割りやら、食べ物やらの準備をする係りのようだ。
「それでは、俺の新しい出会いにかんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
「はぁ。乾杯。お前の新しい出会いってこの店の子か?絶対、客と付き合うのは禁止だろ」
私は一人小さくつぶやく。女の子三人と田中は楽しそうにワイワイしている。まあ、私は飲めればいいや。飲もう飲もう。
「手代さん。お酒強いんですねぇ」
お酒を作る子が話しかけてくる。まあ、他の二人はいつのまにか田中を挟んで座る位置に移動しているので、自然と私と話すしかなかったのだろう。
「どうだろう?限界まで飲んだことが無いから、強いのかどうかわからないですね」
「それじゃあ。今日は酔わせちゃおうかなぁ~」
「3時間で酔えるかな?」
「まあ、そんなにお強いの?なんだか、個人的に一緒に飲みたいわ~」
「えっと・・・」
胸の名札を見るとサクラと書かれている。
「サクラさんはお酒好きなんですか?」
「はい。私、お酒好きだからこのバイト始めたくらいなんですよ~」
「へ~。それじゃあ、お酒の種類とか詳しいの?」
「う~ん。ビールと日本酒と焼酎くらいしかわからないです。お酒好きとか言ってダメですよね~」
手を口にやって、笑う仕草が何だか上品だ。女性と話すのは得意じゃないけど、やはり話すのを仕事にしているだけあって、話の持って行き方が上手いようだ。サクラさんと楽しく会話をしていると、バーテンが寄って来てサクラさんに耳打ちをしてきた。
「ごめんなさい。指名が入っちゃったみたい。代わりの子がすぐに来ますんで失礼しますね。それじゃあ、またね」
そう言って、サクラさんは席を離れていってしまった。そんなに話していない田中は「いっちゃうの~?」と甘えた声を出して、二人の女の子に「私たちじゃ不満?」とコントみたいなことをしていた。
「失礼します。ヘルプに入るメグルです。よろしくおねが・・・」
サクラさんの代わりに来た子を見ると昨日の美人さんだった。
「あれ?どこかで会いましたっけ?なんだか見覚えがあるんですけど・・・」
「何々?メグルちゃん。手代さんに古典的な口説き文句使ってぇ~。一目惚れ?実はデブ専なんですか!?まあ、確かに先輩は抱き心地が丁度いいというか・・・」
「たなかっち実はそっち系?やだぁ~!私。実は腐女子なの。詳しく聴かせてぇ~!」
「え?え?腐女子って何?」
なんか、三人で盛り上がっている。まあいいや。それよりもメグルさんか。昨日の事覚えていないのかな?
「えっと、昨日みどり公園で・・・」
「ああ。もしかして、メグリがお世話になった人?ありがと~!昨日は飲みすぎちゃって、私の意識が飛んじゃったから、メグリがどうなったのか心配してたんだけど、朝起きたら無事にベッドに寝てて安心したんだけど、メグリはなんかはっきり言わないから気になってたの。たぶん、メグリの事だからお礼もしないで帰したんでしょ!って言ったら・・・」
あれ?メグリ?この子はメグルさんで・・・なんか、話している感じだと昨日会ったのは妹さんなのかな?でも、昨日の美人さんだよな?ああ、でもなんか目元が違うかな?
「ねえ。手代さん!」
「は、はい?あれ?名前教えましたっけ?」
サクラさん達には自己紹介した覚えはあるが、後から来たメグルさんには名乗った覚えがない。
「ああ。サクラさんからちゃんと引き継いでいますので、それより手代さん。このあと時間大丈夫です?」
急に近づいてきて、耳打ちをする。耳にメグルさんの吐息がかかって、体がゾクッとした。そうか、サクラさんが席を離れた後に客の名前をちゃんと教えていったのかぁ。なんかしっかりしているところだなぁ。
「おお。手代先輩感じてるー!メグルちゃん。手代先輩は敏感だから優しくしてあげてー!」
「ええ?何々?てっしー敏感なの?超かわいいんですけど!」
「見た目マシュマロマンみたいなのに敏感・・・。薄い本が厚くなるわ・・・」
「ちょっとぉ~。からかわないで下さいよ~。単にアフターのお誘いしているだけですから~!」
アフターって何だろう?
「え~!何々!メグルちゃん!てっしーをお持ち帰りしちゃうの?ずるい!私も敏感なてっしーをいじりたい!」
「おっと。まさかの3Pですか?ますます薄い本が厚くなるわ・・・」
「モテモテですね~。先輩。今日バイトをクビになって最悪な日だったはずなのに良い日になりそうですね~」
「え?てっしー無職になっちゃったの?それは・・・ごめん。私にはあなたを養うだけの甲斐性は・・・」
「なんで、あんたが養おうとしているのよ!まあ、本的にはありな設定だけど・・・」
「へ~。じゃあ、明日を気にしないでも大丈夫そうだねぇ。それじゃあ、私。今日は23時に終わりだから、それまでどこかで時間潰して待っていて。ああ、メルアド交換しとこ」
メグルさんが小さなバッグから取り出したのは、昨日公園で見たやつと同じタイプのスマホだった。姉妹で揃えているのだろうか?まあ、美人と・・・アフターが何をするのかはわからないが、メルアド交換できるのなら、しといたほうが良いに違いない。そう思って携帯を取り出す。
「え?てっしー。まだガラケーなの?すご~い!私久しぶりに見た~!」
「しかも、折り畳みタイプ・・・。なかなか渋いわね」
「驚くところはそれだけじゃないよ~。先輩はなんと!月の使用料が2000円行かないんです!」
「えっ?それって・・・」
「全然電話使ってないって事?」
「いいなぁ~。私もほんとは全然使わないからガラケーのままで良いって言ってたのに、メグリが新しいもの好きだから、いつの間にか機種変しちゃってて、一気に8千円になっちゃんたんだよねぇ~」
「メグルちゃん。ちゃんと営業メールとか、来て来てコールしないとダメだよ~」
「え~。だって、それしなくてもノルマならギリギリ達成できちゃんだもん」
「チッ!美人さんめ。その何もしないでも大丈夫な美貌がにーくーいーーー!」
「きゃー!」
「ハウス!みっちゃんハウス!」
「止めてくれるな。なっちゃんよ!」
「助けて手代さん」
なんかコントが始まっている。みんな顔が笑っているので、まあ大丈夫だろうが。ミキちゃんがやや本気だ。というか、メグルさんの乳が背中に当たるんですけど!
「ちょ!たなかっち!どさくさに紛れて乳を揉むな!ノータッチ!!」
「はい!レッドカード!たなかっち。退場!」
「堪忍や~。目の前に良い乳があったんで飛びついてしまっただけなんや~」
「ノータッチ!退場!」
「わかった。代わりに手代先輩の乳を揉むことを許可します!」
「は?なんで?」
なんで、私のほうに話を振って来た?そして、ミキちゃんだけでなく。ナツキちゃんもなぜかこちらを見ている。
「なるほど。マシュマロマンの敏感な乳か・・・ごくり」
「それじゃあ。私はそろそろ帰りますね」
「えー!まだ30分も時間残ってるー!揉ませ・・・もとい帰らないでー!」
「そうだ!揉むまで帰さないぞ!」
「なっちゃん。よだれ出てる。あと、本音だだ漏れ」
結局。残り30分間。ミキちゃんとナツキちゃんと田中に後ろから乳を揉まれるというわけのわからない状況になり。メグルさんがツボったのか笑い転げるという状況になっていた。
「は~。なんか今日で一生分笑った気がする。今日はありがとうございました」
「「「またのご来店をお待ちしております」」」
最後はきっちり三人で見送ってくれた。そして、メグルさんがあとでね。と口パクをしてウインクをしてきた。とりあえず。フラフラになっている田中を家まで送ってから、駅前まで戻ってくると。丁度、約束の時間になっていた。
携帯が震えるので見てみると、メグルさんからメールが来ていた。というか、なんで、さん付けしているんだろ・・・。ミキちゃんとナツキちゃんは普通にちゃん付け出来ているんだけどなぁ・・・
【駅前のファミレスで待っています。メグリ】
あれ?メグリ?なんで、妹さんからメールが来たんだ?ああ、昨日の美人さんはメグリさんで、メグルさんがメルアドを教えて連絡させたのかな?でも、アフターとやらの誘いはメグルさんだったよな?まあ、いいや。とりあえず行ってみるか。
ファミレスの店内に入ると、すぐにわかった。店員に「おひとり様ですか?」と聞かれたが、「待ち合わせです」と言って、その席に向かう。お店と服は違うがメグルさん?
「お待たせしました。あの、メグリさん?それともメグルさん?」
「私も今さっき来たところ。ああ、メグルはお店での名前。源氏名って言うんだっけかな?」
「ああ。源氏名ね。テレビか何かで見たな。じゃあ、メグリさんでいいのかな?」
「メグリでいいよ~。手代さんめっちゃ年上なんでしょ?」
「めっちゃ年上って・・・まあ、今年35歳ですけど」
「うわっ。15歳も上だ。私は今年二十歳でーす。5月生まれだから、お酒解禁して昨日は調子に乗って飲み過ぎちゃいました」
「ああ~。15歳じゃ。めっちゃ年上だね・・・」
「まあ、恋愛に歳は関係ないって言うよね」
「え?ああ、言うね」
なんか、ニコニコしながらテーブルに肘をついて手で頬を支えて見つめてくる。二十歳というが、まだ十代でも十分通用しそうだ。
「それじゃあ。好きな物を何でも頼んで。昨日のお礼だから」
「え?ああ、昨日送ってあげたやつね・・・。夢かと思っていたよ」
「え?夢?なんで?私なんて、手代さんの汗のにおいと背中の大きさが忘れられそうにないよ?」
「あ。ごめん。汗臭かったでしょ?ほら、見ての通り太ってるからさ、汗っかきで・・・」
「確かに汗臭かった。でも、嫌いじゃない匂いだった。お父さんの匂いがした」
「はは。お父さんか・・・」
本当にお父さんと歳が近そうなので、ちょっとへこむ。
「お父さんとお姉ちゃん。私とお母さんを残して、先に逝っちゃってさ・・・」
「へ?」
「中学二年の時の夏休みに家族でドライブに出かけてね。すっごく楽しい夏休みだったのに、帰りに事故にあって・・・」
なんだか急にすっごく重い話をしてきた。どういうことだろう?
「運転席とその後部座席がぺしゃんこ・・・」
そこにお父さんとお姉さんが乗っていたのか・・・
「目が覚めたら病院でさ。訳が分からなかったよ」
「そうだよね・・・」
「メグルってのは、お姉ちゃんの名前なんだ。お店にいる時はなんだか、本当にお姉ちゃんになった気がして、自分の事なのに妹がって言っちゃったりしてさ」
「そ、そうなんだ・・・」
「ごめんね。急にこんな話して、変だよね・・・」
「い、いや・・・まあ、変かな?」
「ぷっ!そこ!正直に言う?普通は変じゃないよ!って、否定するところじゃない?」
「いや。変だし」
「もう!まあ、そういうところ。嫌いじゃないけど。まあいいや。それじゃ何食べる?」
結局メニューを見るも決められずにメグリちゃんにステーキ定食とビールを注文された。そして、メグリちゃんも同じものを頼んで楽しくおしゃべりをしながら食事をした。
女性と二人きりで食事。はじめての体験だったけど、なぜか全然緊張はしなかった。
帰りをまたマンションまで送ってあげた。今度はマンション前でお別れしたけど。「私のお礼はこれでは終わらないのだ」とか言って、次の約束をさせられて私はアパートに帰った。
なんだろう。このドラマ的展開は・・・私はもうすぐ死んじゃうのだろうか?少し不安になった。
ユキオ。死んじゃうん?