初恋薊《はつこいあざみ》
短編「帰ってきちゃった子」の過去のお話になります。
読んでいなくても内容的に問題はありません。
短編としてお読みいただけます。
放課後、図書館の片隅で一人静かに魔法書を読むのが自分の日常だ。オウルフォートレス魔導学院の図書館は貴重な蔵書も多く、時間が取れる学生の身分の今の内に少しでも多く知識を蓄えるつもりで自分はいる。それが特待生として入学した義務だと考えるからだ。また、知識を吸収する事は自分の唯一の趣味だとも言える。
パタパタと図書館ではあるまじき走る足音が聴こえ、その音は段々とこちらに近づいて来る。
「ねぇねぇクライヴ! 質問!」
座っている椅子の背後から現れた腕が、自分の両肩にドンとぶつかる。その拍子に読んでいた本が閉じられてしまった。
「・・・トーリ。静かにしろ、ここは図書館だ」
じろりと同級生のトーリを睨み、小さくため息をつく。魔導学院に入学してから3ヶ月程、静かに本を読むのが自分の日課であったはずなのだが、ここ半年は破天荒で傍迷惑な同級生に邪魔されることが多い。トーリと出会ってから自分の日常のリズムは崩されてばかりな気がする。
このトーリという名の少女は、性格は破天荒というかその場のノリで動く楽天家、そして規格外の魔力を保有する異世界人という奇妙な存在で、関係ないと無関心を通していた自分すら彼女の起こす数々の騒動に巻き込まれている。彼女の別名は≪魔導学院の破壊姫≫。入学してから1年未満であるのにこのあだ名が浸透している時点で色々察してもらいたい。トーリを制止するのがいつの間にやら自分の役割になり(冷静沈着な策士タイプのお前にしか出来ない!と教師や同級生に泣きつかれ)、気が付けばトーリは関わり合いになりたくない同級生から破天荒な友人になっていた。
「まあまあ、さくっと1個だけ質問に答えてよ! ねっ?」
飛びついて来たこともおかまいなく、トーリは背後から覗き込みせがむように話し掛けてくる。柔らかなトーリの薄茶色の髪が頬に触れてきて、少しだけドキリとした。それをごまかすように再び大きく息を吐く。
「回答したところで俺に利益は一つもないな。読書の邪魔だ帰れ」
「ぇー。こんな天気のいい日に部屋に篭って読書なんて不健康すぎ!」
「俺の勝手だ」
「んじゃあたしも勝手にしちゃう。さぁクライヴ質問に答えてよ!」
「・・・・お前という奴は・・・」
どんな理論だか知らないが、自分の読書の邪魔をするのは確実のようだ。押し問答をするよりもあっさりと質問に答えてやった方が得策だ。トーリへ視線を向ける。
「質問はね、クライヴの初恋はいつだったのか教えてもらいたいの」
予想外の質問にぐっと一瞬息を止めてしまう。暫くの沈黙。ニコニコと屈託なく笑うトーリ。
「・・・お前何を言っているんだ」
一気に疲れ、またもや大きなため息が零れた。
「ちょーっと諸事情で今みんなの初恋話を集めてるの!」
フフフフフフ・・・とワザとらしく含み笑いを零すトーリ。
「で、一つクライヴの初恋話も教えてよ、ね?」
俺の肩に顎を乗せて、楽しそうに笑う。その表情が間近に目に飛び込んできて。
「・・・・っ!」
ガタガタッっと座っていた椅子から立ち上がり、思わずトーリから距離を取る。周りにいた学生や一般客が不思議そうにこちらに視線を寄越すのが視界に入る。落ち着け。ここは図書館だ。
「クライヴ?」
不思議そうにトーリが首をかしげる。
「・・・俺は、そんな事に現を抜かしている場合ではない」
思い切り怒鳴りつけたい衝動を堪えて、努めて冷静に答えた。若干威嚇しているように声が低く掠れたのは仕方がない。
「えーと、それはあれか、まだ誰も好きになったことがないって事?」
くふふとトーリが目を輝かせながら食いついてくる。
「そうだな・・・それでいい。話は終わったな」
椅子に再び座り直して読みかけの本のページをめくる。
「ぇーなにその投げやり感。クライヴのケチー。いいじゃん減るわけじゃないしさー」
ぶぅぶぅと口をとがらせて抗議してくるトーリを睨み付ける。
「お前に話せば減る。確実に何か大事な物が減る」
「何それ! 超ムカツク!」
「とにかくだ、そんな質問はもうするな」
その後、声を抑えながらも自分の悪口を言ってくるトーリを黙殺する。
「うー。いつか絶対聞き出してみせるかんねっっ!」
「絶対言わん」
不毛な会話を繰り返しつつ、絶対トーリにだけは話さないと心に誓うのだった。
トーリにだけは絶対話さない。この心焦がす胸の痛みも、素直になれない感情も、簡単に話せるような軽い気持ちではないと自覚しているから。
----それからさらに半年後、「なんか、帰れるみたい」と言った彼女は突然とこの世界から姿を消した。現れた時も突然だったらしいが、消えるときも突然だった。
やり場のない悲しみや怒り、焦燥感、それを全て見ないふりで心の奥底に押し込めて、ひたすら魔術の勉強に没頭した。もしかしたらトーリを呼び戻せる術があるかもしれないという何かに縋りたい気持ちもあった。
『クライブの目の色ってさ、夏の空みたいな色だよね。あたしは好きだな!』
何気ない日常で呟かれたトーリの言葉が浮かんでは消えていく。
もし、もしもまたトーリに会えるならば、今度は素直に言えるだろう。
俺の初恋はお前だった、と。
クライヴが学院を卒業してから数年後にトーリは再びこの世界に異世界トリップして来るのですが、クライブの積極的なアプローチと変わりようにドン引いて大変な事になるのはまた別の機会に(笑)