異色のクラスメート
「おーい、文月っ!」
僕を呼ぶ声が聞こえたのは、丁度ユキに約束事を言い渡した直後だった。
寸前までいないはずの幽霊と話していた僕はかなりドキッとした。見られてはいなかっただろうか。
振り返って曖昧な笑みを浮かべる。
「やあ、桑名。相変わらず朝から元気だね」
僕を呼んだのはクラスメートの男子、桑名利彦であった。彼とは中学校から一緒だったものの、そんなに話す仲ではなかった。ただ、高校に入ってから同じクラスに配属され、同郷のよしみとでも言うべきか、中学時代より会話を交わすようになった。
「お前は相変わらず朝からスカしてんなー」
スカしてる、とはひどい言い草だが、彼はいつも僕をこう形容するのだ。悪気はない……多分。
「いつも思うんだけど、それ、酷い言い方だね」
「ぴったりだろ」
ふん、と鼻を鳴らす。
ちなみにユキは、今のところは僕の隣にふわふわ浮きながら興味深そうに僕らの会話を聴いている。
「頭が良い奴って、何考えてるか分かんねーもん」
「突っ込みどころは二つ。それは僕の頭脳を褒めてるの?それと、だとしたら僕を変人扱いしてるってこと?」
ユキとは逆隣に位置する桑名は後ろ頭をかりかり掻いた。
「そう、その言い方とか。日常生活の会話まで論理的になるなよなー。てか、お前だったらもっと上の私立高校受かったんじゃないの。なんで地元の公立?」
またこの話題か。僕はうんざりしていた。
「家庭の事情、以上。また教室でね」
すたすたと歩調を上げる。何も連れだって教室まで行かなくてもいい。後ろで「あっ、おい!」と言う声が上がったが、追っては来なかった。
「なーんか、君ってやっぱり変人扱いされてたんだね」
桑名と離れた途端、我慢の糸が切れたかのようにユキがしゃべり出した。やっぱりって何だ。
「でも、あの子もなんか感じ悪い。もうちょっと穏やかな言葉使えばいいのに」
すたすたと学校付近の街路を歩く。街路樹が植えられたこの一本道は徒歩、電車通学、自転車通学のあらゆる人種が通ることとなり、この辺になると、視界は僕が通う高校の生徒だらけになる。
誰も僕に気を払っていないとは言え、大っぴらに独り言を言うことはできない。
ぼそぼそと隣に浮かぶ幽霊に言った。
「桑名はああ見えて悪い奴じゃない、……と僕は思ってる。多少の言葉遣いに目を瞑るくらいできるよ」
「ふーん……」
頭の後ろで両手を組んで浮かぶユキは、僕の言葉などあんまり聞いていない様子で、もの珍しそうに学校へ向かう生徒達の群れを見回していた。初めて見かけた時もこんな感じだったな。
校門をくぐり下駄箱近くの昇降口にたどり着いた所で、別のクラスメートにかち合った。
下駄箱で通学靴から上履きに履き替えている彼女と、目が合う。
「おはよう」
「おはよう」
それだけである。もともと無口な彼女、宵寺美波さんは無駄口を叩かないタイプだ。入学当初の学力調査では学年トップクラスであったと判明した彼女は、それだけでクラスの注目を集めたことがあったが、本人が控えめな性格であるせいかいつの間にか衆目は解散していた。ちなみに、僕も同じパターンを辿った。そのせいか、彼女には一方的に親近感を感じている。
「文月君、」
「ん?」
そんな彼女が僕に声をかけてきた。僕は彼女とそんなに親しい間柄ではないと自覚している。その彼女が声をかけてくるなんて珍しい。
彼女は僕の方を真っ直ぐに見つめながら問いかけた。
「戦争中の敵に同情してしまった兵士はどうなると思う?」
既に彼女は上履きに履き替えている。僕も靴を詰め込み、下駄箱から上履きを引っ張り出した。
「僕には想像つかないね。だって、僕だったらそもそも敵兵に同情なんかしないし」
「……そう。ならいいけど」
言って、さっさと先に行ってしまった。うーん……解答には自信があったんだけどなあ。
「なに今の」
たまらず、と言った調子でまたユキが隣で声をあげた。彼女は黙っていることができないらしい。僕の知り合いに会うたび律儀に感想を述べることもないのに。
上履きをはいた僕も校舎の中へ上がる。廊下にはちらほら人がいたが、僕のすぐ近くにはいない。さっさと答えてしまおう。
「僕にだって分からないよ。あれが彼女、宵寺美波さん」
「変なの」
まったくだ。桑名の、頭が良い奴は何考えてる分からない、と言うセリフも案外当たっているかもしれない。




